■第二話 勇者、魔王軍の株価を上げるために魔物を応援する
俺は人生で初めて、魔王軍の勝利を祈っていた。
「行け! そこだ! オーク部隊、押し込め!」
冒険者ギルドの酒場。
壁に設置された魔導映像板には、魔王軍と王国軍の戦闘が映し出されていた。
周囲の冒険者たちは、王国軍を応援している。
「頑張れ、王国軍!」
「魔物どもを追い返せ!」
当然だ。
人類の敵は魔王軍なのだから。
だが、俺は違った。
「オーク! 右だ! 右から回り込め!」
隣の戦士が俺を見た。
「……おい、ジーク」
「何だ?」
「お前、勇者だよな?」
「そうだ」
「何で魔王軍を応援してるんだ?」
「株を持ってるからだ」
「…………」
戦士は黙った。
しばらくして、静かに言った。
「勇者を辞めろ」
その一言に、俺は笑って返せなかった。
戦士は杯を置いた。
怒鳴られるより、その音の方が胸に響いた。
「嫌だ!」
そのとき、魔導映像板に速報が流れた。
【魔王軍株式会社、北方鉱山の制圧に成功】
【魔石採掘権の取得により、業績拡大の見通し】
【株価、前日比二十パーセント上昇】
「よっしゃあああ!」
俺は椅子から腰を上げた。
酒場が静まり返った。
「……ジーク」
「何だ?」
「北方鉱山には、人間の村が三つあったんだぞ」
「…………」
俺は座った。
そうだった。
魔王軍が勝つということは、人間が負けるということだ。
「……駄目だ」
俺は頭を抱えた。
「これじゃ勇者失格だ」
隣の戦士がうなずく。
「ようやく分かったか」
「ああ」
俺は拳を握った。
「魔王軍を、戦争で儲けなくても生き残れる会社に変えなければならない!」
「……は?」
「戦争で儲ける会社だから問題なんだ!」
俺は立ち上がった。
「なら、戦争以外で儲かる会社にすればいい!」
戦士は呆れた顔をした。
「どうやって?」
「株主になって経営方針を変える!」
「二株で?」
「……今は二株だ」
「発行済み株式は何株あるんだ?」
俺は証券取引所の資料を開いた。
【魔王軍株式会社】
発行済み株式総数:八百万株。
俺の保有株式数:二株。
持株比率:〇・〇〇〇〇二五パーセント。
「…………」
戦士が肩を叩いた。
「頑張れよ」
「その言い方やめろ!」
その夜。
俺は一つの決断をした。
「……金を稼ごう」
勇者として魔物を倒すだけでは、いつまでたっても魔王軍を買収できない。
もっと大きな金が必要だ。
そこで俺は、冒険者ギルドの依頼掲示板を見た。
【ドラゴン討伐 報酬金貨五千枚】
「……これだ!」
翌朝。
俺はドラゴンの巣へ向かった。
世界最強の聖剣を持つ勇者にとって、ドラゴン討伐はそれほど難しくない。
三時間後。
ドラゴンは地面に墜ち、翼を折って動けなくなった。
俺はとどめを刺さず、撃退の証拠として鱗を一枚持ち帰った。
依頼書には「討伐」とあったが、ギルドでは撃退でも報酬が出る場合があると聞いていた。
「よし! 金貨五千枚!」
俺は意気揚々とギルドへ戻った。
ところが、「申し訳ありません、ジーク様」
受付嬢が頭を下げた。
「ドラゴン討伐の報酬は、お支払いできません」
「何で!?」
「撃退されたドラゴンは、魔王軍株式会社の輸送業務に従事するドラゴンだったそうです。依頼自体が誤認に基づくものと判明しました」
「……業務用?」
「はい。魔界物流部門で輸送業務に従事していたそうで」
「ドラゴンが物流!?」
受付嬢は書類を差し出した。
【魔王軍株式会社 損害賠償請求書】
業務用ドラゴンの治療・修繕費:金貨三万枚。
輸送遅延損害:金貨五千枚。
合計:金貨三万五千枚。
「…………」
俺は震える手で請求書を見た。
北方鉱山から届いた報告には「占領成功」とあった。
添付の小さな地図には、薬を運ぶ橋が赤線で消されている。
「株価が上がれば村も豊かになる」と口にしかけ、俺は飲み込んだ。
橋の向こうで待つ子供に、そんな理屈は届かない。
俺は二株分の配当予想を消し、輸送路の修復費を調べた。
戦況を眺めて叫ぶのは簡単だ。
自分が歓声を上げた結果を引き受けるのは、こんなにも難しい。
受付嬢は請求書の末尾を指さした。
「ギルドの調査では、輸送竜だと知らずに依頼を受けた点は考慮されます。ただ、運航記録には商会の標識が残っていました。損害の責任はこれから協議することになります」
「依頼を出した側には責任がないのか?」
「依頼主の誤認も調査中です。ギルドも仲裁に入ります」
俺は請求書を握りしめた。
「払う額はまだ決まってない。でも、俺が翼を折った事実は消えないんだな」
「はい。まずは治療と、止まった荷物の手配が先です」
金貨三万五千枚。
まだ確定した借金ではない。
それでも、無視していい数字ではなかった。
翌日。
魔王軍株式会社の株価は、物流部門の損失発表を受けて暴落した。
俺の二株も値下がりした。
魔王軍の輸送竜を傷つけた結果、魔王軍の株価が下がった。
酒場の映像板に、戦場の脇を走る避難馬車が映った。
車輪が泥にはまり、兵士も魔物も互いを警戒して近寄れない。
俺は応援の声を飲み込んだ。
株価が上がっても、あの馬車は動かない。
翌朝、戦闘地域の輸送許可を両軍へ申請した。
エリナは申請書の『目的』欄を指した。
「投資のため、とは書かないでくださいね」
「分かってる。薬を届けるためだ」
書類の一行が、昨日の自分より少しだけましに思えた。
俺は自分の行動で、自分の資産を減らしたのだ。
「……勇者って、何だっけ?」
その疑問に答えてくれる者はいなかった。
北方鉱山の村長から返信が届いた。
薬は着いたが、橋を渡れない妊婦が一人いるという。
俺は両軍に同じ文面で休戦を求めた。
片方だけに頼めば、相手の罠だと疑われる。
「交渉に勝つな。橋を通せ」とエリナが言った。
だが、俺が向き合うべきなのは損得だけではなかった。
酒場の外で、俺は北方鉱山の地図を広げた。
鉱山を囲む三つの村には、いずれも避難路が一本しかない。
鉱石を運ぶ街道を軍が押さえれば、食料も薬も届かなくなる。
「株価が上がった理由は、村が閉じ込められたからか」
隣にいた戦士は答えなかった。
代わりに、使い込まれた革の腕当てを外した。
内側に子どもの字で名前が書いてある。
「妹があの村にいる。勝利の知らせが届いた夜、家から手紙が来なくなった」
「……すまない」
「俺に謝っても、街道は開かない」
その言葉は剣より重かった。
俺は証券取引所の窓口へ走った。
「魔王軍の株主として、鉱山の状況を問い合わせたい!」
受付のインプは驚いた顔をした。
「二株の株主様ですね。情報開示請求は可能ですが、回答まで十営業日かかります」
「村の人間は十日も待てない!」
「では、緊急人道輸送の申請書を。こちらは会社の物流部門へ即日転送できます」
俺は慣れない書類に名前を書いた。
聖剣の柄より羽根ペンのほうが滑った。
翌朝、村へ向かう荷馬車が一本だけ通された。
魔王軍の紋章を掲げた馬車には薬箱が積まれていた。
「二株でも、何もできないわけじゃないんだな」
だが、それで村が救われたわけではない。
通行許可は一日限り。
戦争は続く。
俺は自分の持つ二株を見つめた。
儲けるためではなく、止めるために使う。
そう決めた。
翌日の街道で、荷車を待っていた村の薬師が俺の顔を見た。
「勇者様、昨日の戦いではどちらが勝ったのですか」
「……勝った側の株を持っている」
言ってから、胸が冷えた。
薬師は薬箱を受け取り、静かに答えた。
「ここでは、薬が届いた方が勝ちです」
俺は株価を書き留めていた手帳を閉じた。
数字を追うなら、その先で何が起きるかまで見届けなければならない。




