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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第一話 魔王を倒しに来たら、株主総会の案内状を渡された

魔界の空を突き刺すように、黒い塔がそびえていた。

魔王城。

その最上階に、俺は立っていた。

勇者ジーク。

二十三歳。

勇者歴五年。

これまで倒した魔物は三万匹以上。

討伐した魔族の幹部は十二人。

そして今日、ついに魔王との最終決戦を迎えた。

「魔王! 覚悟しろ!」

俺は聖剣エクスカリバーを構えた。

玉座に座る魔王が、ゆっくりと顔を上げる。

巨大な角。

漆黒の鎧。

背中から広がる六枚の翼。

魔王ゼルガディス。

世界を恐怖に陥れた、最強の存在だ。

「よく来たな、勇者よ」

低い声が響く。

「貴様との決着をつけるときが来たようだ」

「望むところだ!」

俺は聖剣を振り上げた。

その瞬間だった。

「少々お待ちください」

横から声がした。

見ると、眼鏡をかけた小柄な魔族が立っていた。

手には大量の書類。

「勇者ジーク様でいらっしゃいますね?」

「……誰だ、お前」

「魔王軍株式会社、総務部長のゴブリン吉岡と申します」

「……は?」

「本日は弊社までお越しいただき、誠にありがとうございます」

ゴブリンなのに知性的で美しい容貌をした吉岡は深々と頭を下げた。

「……弊社?」

「はい」

吉岡は名刺を差し出した。

そこには、こう書かれていた。

【魔王軍株式会社】

【総務部長 ゴブリン吉岡】

「……株式会社?」

「はい。昨年、組織改革を実施いたしました」

「組織改革?」

「従来の魔王軍は、魔王様の独裁経営でした。しかし、それでは持続的な成長が望めません」

「……何の話だ?」

「そこで、株式会社へ移行したのです」

吉岡は胸を張った。

「現在、弊社は魔界証券取引所に上場しております」

「上場!?」

思わず叫んだ。

魔王が咳払いする。

「勇者よ。時代は変わったのだ」

「お前まで何を言ってるんだ!」

「もはや力だけで世界を支配する時代ではない」

魔王はゆっくり立ち上がった。

「これからは、資本の時代だ」

「魔王が資本主義を語るな!」

魔王は無視した。

「我が魔王軍株式会社の時価総額は、金貨八千万枚」

「……八千万?」

「魔界最大の企業だ」

「だから何だ!」

「つまりだ、勇者よ」

魔王は不敵に笑った。

「貴様が倒そうとしているのは、魔王ではない」

一拍。

「巨大企業の代表取締役社長なのだ!」

「同じだろうが!」

俺は聖剣を振り下ろした。

だが、その瞬間、吉岡が叫んだ。

「お待ちください!」

「今度は何だ!」

「弊社代表取締役への攻撃は、業務妨害に該当する可能性がございます!」

「魔王討伐だぞ!」

「弊社法務部の見解では、正当な企業活動への武力介入です」

「企業活動!?」

「なお、弊社では勇者様による襲撃に備え、勇者対応保険にも加入しております」

「そんな保険があるのか!?」

「ございます」

吉岡は書類をめくった。

「勇者一名につき、最大金貨五十万枚まで補償されます」

「俺の討伐が保険金の対象になってる!」

魔王が笑った。

「残念だったな、勇者よ」

「くそっ!」

俺は再び聖剣を構えた。

だが、吉岡が静かに言った。

「ちなみに、魔王様を合法的に追放する方法はございます」

「……何?」

俺の手が止まった。

「どういうことだ?」

「株主総会です」

「……株主総会?」

「はい。株主の議決権を集めれば、魔王様を取締役から解任できます」

沈黙。

俺は魔王を見た。

魔王も俺を見た。

「……つまり?」

吉岡は眼鏡を押し上げた。

「剣で倒せないのであれば、株式を取得して解任すればよろしいかと」

「…………」

俺は聖剣を下ろした。

「株って、どこで買える?」

魔王の笑顔が消えた。

「……待て」

吉岡が答える。

「魔界証券取引所でございます」

「いくらだ?」

「現在、一株につき金貨十枚です」

「よし」

俺は財布を開いた。

中には金貨が二十三枚。

勇者歴五年。

世界を救うために旅を続けた結果、貯金はほとんどなかった。

「……二株しか買えない」

「正確には二株でございます」

魔王が大笑いした。

「フハハハハ! 勇者よ! 貴様に我が会社を買収できるものか!」

俺は拳を握った。

俺は玉座を振り返った。

魔王を斬れば今日の戦いは終わる。

だが、城門の夜勤表は明日も変わらない。

剣を鞘に戻す音が、妙に大きく響いた。

俺は吉岡に案内され、魔王城の最上階から城門へ下りた。

門番のオークが、通行証の裏に小さな印を押した。

「これが勤務終了の印です。押されなかった日は、家族に帰る時間を約束できません」

俺は剣の柄から手を離した。

魔王を倒せばすべてが終わると思っていた。

だが城の外には、倒した後にも続く暮らしがある。

「この印、会社の帳簿にも残っているか」

「いいえ。門番の私物です」

吉岡がその紙を覗き込み、初めて名刺より大切そうに扱った。

門の脇で、夜勤明けのオークが片方の手袋を探していた。

指先には古い火傷がある。

「勇者が来た日は、いつも残業なんです」と彼は笑った。

五年前に討伐した砦でも、こんなふうに誰かが朝を待っていたのだろうか。

勝利の記録には敵の数しか書いてこなかった。

名前を尋ねると、オークは驚いた顔で「バルクです」と答えた。

俺はその名を覚えた。

吉岡が差し出した株主名簿の余白には、戦死した社員の遺族へ未払いの手当があると記されていた。

「魔王を解任したら、この借金も消えるのか」

「消えません。会社の債務です」

俺は購入予定の二株を思い浮かべた。

王座を奪うだけでは、終わらない戦いがある。

「……やってやる」

「何?」

「絶対に、お前を社長から引きずり下ろしてやる!」

こうして俺の新たな戦いが始まった。

聖剣ではない。

魔法でもない。

株式による、魔王討伐だった。

ちなみに、翌日。

俺は冒険者ギルドで全財産を投資した。

【魔王軍株式会社 株式二株取得】

その日の夕方。

魔王軍が隣国へ侵攻したというニュースが流れた。

株価が急騰した。

俺の持つ二株の評価額は、買値の二倍になった。

「……魔王軍が勝つと、俺が儲かる?」

世界を救う勇者として、何か大切なものを失った気がした。

さらに翌日、王都の商業ギルドで会計士エリナに相談すると、彼女は証書より先に隣国の地図を広げた。

「株価が上がった理由を忘れないでください。国境の村では、また家を失った人がいます」

俺は証書を机に伏せた。

儲けた金貨の重さが、さっきまでとは違って感じられた。

「なら、この二株を使って戦争を止める。絶対に」

エリナは窓の外を見た。

街道には国境から戻った避難民の馬車が続いている。

俺は証書を折り畳まず、机の中央に置いた。

利益が出た日のことも、誰が傷ついたのかも、忘れないために。

「約束ですよ。次に株価が上がったときも、同じことを言ってくださいね」

その夜、王国軍から新しい出撃命令が届いた。

俺の名は、もう討伐隊の先頭にはなかった。

代わりに書かれていたのは、魔王軍の株主としての監視対象という文字だった。

「剣を抜かないだけで、こんなに疑われるのか」

「勇者様が何を守るか、まだ誰にも分からないからです」

俺は命令書を火にくべず、証書の隣に置いた。

次に戦場へ行くときは、命令を遂行するためではなく、命令を止める理由を探すためだ。

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