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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第二十八話 元魔王が旅行先から絵葉書を送ってきた。

裏には請求書があった

南の海は青かった。

少なくとも、元魔王ゼルガディスから届いた絵葉書には、そう描かれていた。

『勇者へ。

魔王を辞めたら世界が広くなった。

ところで旅費を会社経費で処理してくれ』

俺は絵葉書を裏返した。

宿泊費、食費、馬車代、温泉代、謎の『皇帝級くつろぎ手当』。

「最後の何だ!」

吉岡が真顔で答える。

「当社の旅費規程に該当する項目はありません」

「当たり前だ!」

エリナは請求書を眺め、赤いペンで丸をつけた。

「社長。金額より先に確認したいことがあります。ゼルガディス様は、誰の指示で出張したのでしょう?」

「誰の指示でもない。追放されたんだから」

「では出張ではありません」

会議は三十秒で終わった。

終わったはずだった。

翌朝、魔界の新聞に大きな見出しが載った。

『元魔王、南国で平和の使節を名乗る』

その下には、現地の町長と握手するゼルガディスの写真。

背後には『魔王軍株式会社・特別宣伝大使』という横断幕があった。

「誰が任命した!」

「ご本人です」

「勝手に役職を作るな!」

しかも町長は、魔界産の石鹸と保存食の仕入れを希望しているという。

エリナは新聞を指で叩いた。

「成果があるからといって、無断の支出を認めれば、誰も規程を守らなくなります」

「じゃあ成果を捨てるのか?」

「それも違います。取引は取引として審査し、旅行は旅行として扱いましょう」

正しい。

だが、面倒くさい。

俺は勇者時代、悪者を倒すだけで済む世界にいた。

今は、悪者でない相手に『駄目です』と言う方が難しい。

数日後、ゼルガディスが帰ってきた。

日焼けした元魔王は、やけに爽やかな笑顔だった。

頭に花の輪を載せ、手には南国の果実を抱えている。

「勇者よ。海を見たか」

「請求書なら見た」

「小さい男だな。世界は広いぞ」

「会社の財布は広くない!」

「わしは魔界の魅力を伝えてきた。外交である」

「温泉で三日寝たのも外交か?」

「湯加減の国際比較だ」

「比較対象は?」

「昨日の湯」

「研究になってない!」

聖剣が嬉しそうに震えた。

『社長、元魔王を斬れば請求が消えるのでは?』

「お前、最近物騒な解決策を提案するな」

『昔の業務内容を思い出しただけです』

ゼルガディスは俺の横に腰を下ろし、果実を一つ転がした。

「しかしな、勇者。あの町には戦争で故郷を失った者が多かった」

急に声が低くなった。

「わしが元魔王だと名乗ると、最初は石を投げられた」

「……それで?」

「謝った。初めて、王座に座らずに」

俺は返す言葉を失った。

ゼルガディスが持ち帰ったのは、商談の書類だけではなかった。

港町の商人が書いた手紙には、戦争中に壊れた橋の修復資材を買いたいとある。

孤児院の院長は、魔界の安い石鹸を使いたいと言っていた。

「わしが謝っても、失われたものは戻らん」

ゼルガディスは花の輪を外した。

「だが、何もせずに帰るのも違うと思った」

エリナが手紙を一枚ずつ確かめる。

「正式な発注書ではありません。ですが、相手先の住所と必要量は書かれています」

「それなら商談として進められるな」

「はい。ただし旅行代は別です」

「エリナ殿は容赦がないのう」

「帳簿は王様に敬語を使いませんので」

吉岡が小さく頷いた。

俺たちは旅費規程を作り直した。

出張には事前承認が必要。

目的、予算、帰国後の報告を明記する。

成果が出た場合の報奨は別途審査。

個人的な観光や温泉代は自腹。

ゼルガディスは最後の行で顔をしかめた。

「温泉は文化交流ではないのか」

「文化交流はしていい。自分の金でな」

「魔王を辞めると世知辛い」

「辞めたからこそ、自由なんだろ」

彼は少し考え、それから笑った。

「そうだな。誰の許可もなく、海に行ける」

「会社の名前を使わなければな」

「細かい男だ」

請求書を握ったまま、俺は絵葉書の裏を見た。

元魔王が見た景色は、戦場の地図とはずいぶん違っていた。

元魔王の報告会には、なぜか百人の社員が集まった。

「では、南国の市場について説明する」

ゼルガディスが広げた地図には、海岸線より温泉の位置が詳しく描かれていた。

「市場調査だろう!」

「市場には湯治客が多い。石鹸の需要がある」

「それは確かにそうだが!」

エリナは真剣な顔で質問した。

「輸送に何日かかりますか。現地の通貨は。返品時の費用は?」

ゼルガディスの顔から笑みが消えた。

「……そこまでは聞いておらん」

「なら商談はまだ始まっていません。今から調べましょう」

俺は呆れながらも、彼女の言葉に救われた。

失敗を叱るだけでは、持ち帰った縁まで消えてしまう。

港町から返事が届くまでの間、ゼルガディスは倉庫で梱包を手伝った。

「王であったわしに箱詰めをさせるか」

「今は元王だろ」

「そうであったな」

彼は不器用な手つきで紐を結び、三度失敗した。

四度目に成功すると、隣のゴブリンの若者が拍手した。

「上手いですよ、おじさん」

「おじさん……」

元魔王はしばらく固まっていたが、やがて笑った。

「王と呼ばれぬのも、悪くないものだ」

翌日、俺の机には社員からの出張申請が積まれていた。

温泉調査、菓子の試食、海辺の宿泊施設の視察。

「ゼルガディスのせいで増えたな……」エリナは申請書を仕分けながら言った。

「全部却下する必要はありません。仕事になるものを見極めればいいんです」

「じゃあ俺も温泉へ」

「社長の申請理由は?」

「疲労回復」

「有給休暇でどうぞ」

吉岡は新しい旅費規程を掲示板に貼った。

翌日、その下に誰かが小さな紙を足していた。

『猿から買い物をした場合は、猿の署名をもらうこと』。

筆跡はゼルガディスだった。

社員たちは一日中、その注意書きの前で笑っていた。

元魔王から届いた絵葉書には、温泉の絵と高額な請求書が同封されていた。

「慰安旅行は会社の義務だろう」

俺はため息をついた。

だが明細には、同行した元兵士の治療費もあった。

全部を一括で笑い飛ばさず、費用の意味を確かめることにした。

旅先から届いた二枚目の絵葉書には、観光地の写真ではなく、小さな食堂の主人が描かれていた。

『戦争が終わって客が増えた。

礼を言われた』ゼルガディスの筆跡は妙に小さかった。

俺は経費の請求を却下し、絵葉書だけ掲示板に貼った。

翌日、社員が足を止めて眺めていた。

元魔王の旅にも、会社の数字では測れない意味があった。

絵葉書の裏に書かれた宿代は、元魔王の豪遊ではなく、同行した負傷兵の療養費だった。

俺は請求書を破りかけて手を止めた。

「先に説明しろよ」と返信すると、「元魔王に説明責任を求めるな」と返ってきた。

やっぱり請求書は精査することにした。

数日後、港町から小さな木箱が届いた。

中には果実と、現地の子供たちが描いた橋の絵。

絵の隅に、角のある大男が荷車を押す姿があった。

「ゼルガディス、働いてたのか」

「余は荷車など押しておらぬ。少し道を空けただけだ」

絵の下には『おじさん、ありがとう』と書いてあった。

元魔王は請求書より先に、その絵を額に入れた。

一週間後、港町との試験取引が決まった。

石鹸百箱、保存食五十箱。

代金の一部は橋の補修工事に使われる。

ゼルガディスは現地に送る手紙を書いた。

筆圧が強すぎて、机に跡がついた。

『今度は元魔王としてではなく、ゼルガディス個人として伺いたい』

俺はその文を見て、何も言わなかった。

夕方、吉岡が新しい請求書を持ってきた。

「社長。元魔王様から『土産の果実代』が申請されています」

「またか!」

「ただし、社員全員に配った分だけです」

エリナはしばらく考えた。

「福利厚生費として認められる可能性はあります」

「やったぞ、勇者!」

「ただし、領収書が必要です」

ゼルガディスは沈黙した。

「……南国の猿から買った」

「猿に領収書をもらってこい!」

翌朝、元魔王は再び旅立った。

今度の旅費は、自分で払って。

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