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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第二十七話 魔界の銀行が住宅ローンを売り始めたら、城まで担保に入った

「社長、魔王城が売りに出されています」

吉岡の朝の挨拶は、とうとう挨拶でなくなった。

「売ってないぞ」

「正確には、差し押さえ予告です。暗黒銀行の掲示板に、城の見取り図が貼られています」

「見取り図を貼るな!」

掲示板には、玉座の間、地下牢、社員食堂まで丁寧に色分けされていた。

社員食堂だけ『厨房設備良好』と赤字で書かれている。

「どこを褒めてるんだ、銀行は」

「担保価値の査定です」

エリナは笑わなかった。

彼女が笑わない日は、剣で倒せない敵が来た日だ。

暗黒銀行の窓口には、新婚のオーク夫婦が座っていた。

夫のグロムは工事現場で働き、妻のミアは魔界の小学校で給食を作っている。

二人は小さな家を買うため、住宅ローンの契約書を持ってきた。

「最初の一年は月々銀貨三枚。払えます」

ミアが言った。

「二年目からは?」

「金利は市場の状況に応じて変動すると……」

「上限は?」

夫婦は顔を見合わせた。

契約書の文字は小さく、紙の端までびっしり詰まっている。

俺は目を細めた。

魔王軍の暗号文より読みにくい。

「上限なし、か」

「でも、頭取は今ならお得だと」

「お得という言葉で、屋根が手に入るなら苦労しない」

奥から暗黒銀行頭取バルガスが現れた。

黒いマント、黒い杖、黒い帳簿。

銀行員というより、呪いを売る魔術師だった。

「勇者社長。変動金利は違法ではありません」

「違法かどうかだけを聞いているんじゃない」

「当行にも資金調達の事情があります。固定金利にすれば、その危険は銀行が背負う」

「危険を誰かに押しつければ、消えるわけじゃないだろ」

バルガスは口を閉じた。

さらに厄介なことが判明した。

魔王軍株式会社は、住宅建設事業の初期資金を暗黒銀行から借りる際、魔王城の一部を担保に入れていた。

契約したのは前経営陣。

しかも返済が遅れた場合、城の施設全体に担保権が及ぶ条項まである。

「城の一部って、どこだ?」

「旧拷問室です」

「買い手がつくのか?」

「『防音完備の音楽練習室』として人気があるそうです」

「物件の使い方が平和になりすぎている!」

エリナは契約書を机に広げた。

「社長。返済は滞っていません。ただ、来月の建設資金の支払いと重なれば危険です」

「借金を返すために、新しい借金をするのは?」

「金利次第です。ですが、数字を隠したまま借り換えるのが一番危険です」

俺は初めて、銀行が金を貸す場所であると同時に、返す約束を数える場所なのだと実感した。

「住宅ローンの説明会を開く」

俺の提案にバルガスは顔をしかめた。

「銀行の秘密が漏れます」

「秘密にしていいのは客の財布の中身だ。契約の危険じゃない」

翌日、社員食堂に机を並べた。

オーク、ゴブリン、サキュバス、人間の職人まで集まってきた。

エリナが黒板に三本の線を引く。

「こちらが毎月の返済額です。金利が上がった場合、この線も上がります」

「上がりすぎじゃないか!」

「だから上限が必要なんです」

聖剣が鞘から口を挟んだ。

『私の使用料にも上限を設定してください』

「お前は黙ってろ。先月、磨き粉を三箱使っただろ」

『光沢は信用の証です』

会場が笑った。

笑いが収まったころ、ミアが手を挙げた。

「家を買わなければ、ずっと借家です。買えば借金です。どちらを選んでも怖いんです」

その一言で、俺の用意した威勢のいい演説は消えた。

「……怖さを減らす方法から考えよう」

融資が通った家族の笑顔の横で、返済表を読めずにいる客がいた。

俺は契約の説明を短く、何度でも行うよう頼んだ。

決めたのは三つだった。

変動金利には上限を設け、契約前に最悪の場合の返済額を示す。

返済が苦しくなった家庭には、すぐ退去を迫らず、収入の回復に応じた相談期間を用意する。

銀行が無理な融資をした場合、その損失を借り手だけに負わせない。

「それでは貸し倒れが増えます」

バルガスが抗議した。

「無理な契約を減らせば、最初から貸し倒れも減る」

「審査が厳しくなれば、家を買えない者も出ます」

「なら賃貸住宅も増やそう。持ち家だけが幸せじゃない」

エリナが数字をまとめる。

会社の住宅事業は一部を延期し、余った資材を賃貸住宅に回す。

城の担保は段階的に解除する条件で、返済日程を組み直す。

バルガスは最後まで渋い顔だったが、契約書に署名した。

「銀行が損をしない保証はありませんぞ」

「会社にもない。だから、分かる形で危険を分けるんだ」

銀行の審査室には、古い住宅ローンの書類が山積みだった。

バルガスは一冊を開いてみせる。

「この契約者は病気で仕事を休み、三か月返済が遅れています。銀行が待てば、預金者の金が危険にさらされる」

「なら、預金者にも事情を説明する必要があるな」

「不安を広げるだけです」

「隠した損失が後で見つかる方が怖い」

俺たちは返済猶予の条件を一件ずつ確認した。

収入が戻る見込みのある世帯と、そもそも返済額が無理な世帯は同じ扱いにできない。

エリナは計算を止めずに言った。

「銀行の経営を守ることと、住民を守ることは敵同士ではありません。返せる契約を作るのが共通の利益です」

バルガスはその言葉だけは、帳簿の余白に書き留めた。

説明会の帰り、ミアが小さな家の前で足を止めた。

「この窓が好きだったんです。朝、台所に光が入るから」

「買わないのが残念か?」

「残念です。でも、無理して買って、毎日お金のことで喧嘩するのはもっと嫌です」

グロムが照れくさそうに頷く。

「頭金が貯まったら、また見に来ます」

俺は初めて、住宅政策の成果を『売れた家の数』だけで数えてはいけないと知った。

銀行を出たあと、吉岡が聞いた。

「社長、城の担保が外れたら、何に使いますか」

「まず食堂を守る」

「玉座ではなく?」

「腹が減っては経営できない」吉岡は初めて声を出して笑った。

城を守る理由が王の権威ではなく、働く人の昼食になった。

それを俺は、悪くない変化だと思った。

城の担保条件を住民にも説明する席で、門番の老人が手を挙げた。

「城には私の家もあります。返せなかったら、私も売られるんですか」銀行員は慌てて否定したが、条文には居住者の扱いがなかった。

エリナは融資額の議論を止め、住民の退去を勝手に決められない条項を書き込んだ。

城は建物でも、そこに暮らす者には故郷だった。

その後、暗黒銀行の窓口に新しい説明書が置かれた。

『金利が上がった場合の返済例』という、たった一枚の紙だ。

グロムとミアは、その紙を持って家計簿をつけ始めた。

「怖い数字ですね」とミア。

「怖い数字を見ないで契約する方が、もっと怖い」と俺は答えた。

銀行員は苦笑したが、紙を引っ込めなかった。

一週間後。

グロムとミアは住宅ローンの申込書を持って戻ってきた。

「まだ家は買わないことにしました」

「そうか」

「まず一年、頭金を貯めます。その間は新しい賃貸住宅に入れるそうなので」

俺は頷いた。

契約が成立しないことが、悪い結果とは限らない。

帰り際、二人が手をつないで歩くのを見送った。

「社長。城の担保解除について、追加書類が届きました」

吉岡が差し出した紙には『玉座の間の資産価値を上げるため、王冠の常設展示を推奨』とある。

「王冠なんかないぞ」

「元魔王に問い合わせますか」

「やめろ。展示料を請求される」

そのとき、南国から絵葉書が届いた。

差出人はゼルガディス。

嫌な予感しかしなかった。

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