■第二十五話 スライムが包装材になったら、荷物が全部生きていた
魔王軍株式会社の倉庫で、木箱が逃げた。
いや、正確には木箱が走った。
「止まれ! 王国向けのガラス瓶だぞ!」
追いかける配送係の足元を、箱がぴょんぴょん跳ねる。
俺は反射的に聖剣へ手を伸ばした。
『斬ったら中身が割れます』
「分かってる!」
箱は俺の足に飛びつき、ぷるん、と震えた。
吉岡が息を切らして到着する。
「新しい梱包材の試作品です」
「梱包材って、荷物を包むものだろ?」
「はい。今回のは、荷物と一緒に散歩もします」
「その機能、誰が頼んだ!」
逃げた木箱を捕まえた少年は、包装スライムを掌に載せた。
「この子、怖かったんじゃない?」運搬係は笑いかけて、箱の中の割れ物を見て黙った。
生きた素材を使うなら、衝撃を吸収する能力だけでなく、嫌がる条件も調べるべきだ。
エリナは商品台帳に新しい欄を設けた。
『包装材の健康状態』。
書類が一枚増えたことを、俺は初めて歓迎した。
研究所では、スライム技師ぷるるが透明な生き物を両手に載せていた。
「落としても割れない包装材を作ったんです!」
彼女はガラス瓶をスライムで包み、二階の窓から落とした。
「おい、待て!」
地面に落ちた瓶は無傷だった。
スライムが衝撃を吸収したのだ。
「すごいじゃないか!」
「ただし、餌がないと自分で探しに行きます」
「箱ごと?」
「箱ごとです」
「商品として致命的だろ!」
ぷるるは肩を落とした。
「藁や布の緩衝材は不足しています。スライムなら繰り返し使えるし、魔界の廃棄物も減らせるんです」
彼女が示した帳簿には、輸送中に割れた薬瓶の損失が並んでいた。
ドラゴン便を改善しても、荷物が割れれば意味がない。
「逃げない方法を考えよう。生き物を道具扱いする前に、まず性質を教えてくれ」
ぷるるの顔が上がった。
試験室に箱を十個並べた。
温度、湿度、光、音を変え、どの条件で動き出すかを調べる。
一番目は静かだった。
二番目も動かない。
三番目が突然、俺の靴を飲み込んだ。
「うわっ!」
『社長の靴は食品ではありません』
「俺に言うな!」
ぷるるが記録を取る。
「塩分に反応していますね。靴の汗です」
「その説明、必要か?」
「大事な実験結果です」
四番目は音楽を流すと揺れた。
五番目は暗闇で眠った。
六番目は吉岡の印鑑に貼りつき、契約書に巨大な丸印を残した。
「これは社長印として使えませんか」
「使うな!」
夕方までに分かったことは三つ。
スライムは乾燥に弱い。
温かい場所へ移動する。
空腹だと箱から出る。
「だったら休眠させてから梱包すれば?」
俺の提案に、ぷるるは首を振った。
「眠らせる薬はあります。でも、使い捨ての眠り薬を毎回買うと、普通の布より高くなります」
エリナが計算書を置いた。
「しかも薬が商品の中に混ざれば危険です」
「じゃあ、餌を入れておくのは?」
「中身の薬草を食べるかもしれません」
「包装材が商品を食べるのか……」
『革新的な物流ですね』
「皮肉が冴えてるな、聖剣!」
研究所を訪れた配送係の少女は、包帯を巻いた手を隠していた。
「どうした?」
「割れた瓶を拾って切りました。でも、私が悪いんです。荷物を落としたので」
「落とした理由は?」
「箱が重くて、持ち手がなかったから」
俺は試作品を見直した。
スライムの性能ばかり考えて、人が持つことを忘れていた。
「箱そのものも変えよう。重さの上限を決めて、持ち手をつける」
少女が小さく笑った。
「そんなことまでしてくれるんですか」
「そんなこと、じゃない。仕事で怪我をする人を減らすのが先だ」
ぷるるが勢いよく頷いた。
「じゃあ、スライムの健康も調べてください。繰り返し衝撃を受けると弱る子がいます」
「……梱包材の健康診断?」
「はい」
俺は第十話のスケルトン健康診断を思い出した。
魔王軍株式会社の健康管理部門は、今日も仕事が増えるらしい。
包装材が生きているなら、壊れた荷物だけでなく、スライム自身の疲労も数えなければならない。
俺は試験表に新しい欄を足した。
包装用スライムが荷物を守ろうと勝手に動き、受取人の家の中までついていった。
苦情を受けた吉岡は、返却用の笛と識別札を考案した。
「便利なものほど、止め方を決める」
俺は配送規約にその一文を加えた。
ぷるるが新しい方式を考えた。
箱の内側に薄い網を張り、スライムが出られない代わりに、一定時間ごとに水分を与える。
配送先ではスライムを回収し、休ませてから再利用する。
「閉じ込めるだけじゃ駄目だぞ」
「分かっています。水分が足りないと色が変わる印もつけます」
「回収し忘れたら?」
吉岡が手を挙げた。
「返却用の伝票をつけましょう。回収できない場合は保証金から補填します」
エリナが計算した。
「二十回使えれば布より安いです。ただし、回収率が八割を切ると赤字になります」
「八割か。厳しいな」
「生き物を預かる以上、むしろ九割以上を目指すべきです」
ぷるるは胸を張った。
「スライムの里に戻す便も作ります!」
「里があるのか」
「もちろんです。繁殖期は故郷に帰りたい子もいます」
包装材に帰省制度ができた。
俺の会社は、どこへ向かっているのだろう。
試験配送の日、王国の薬局へ箱が届いた。
薬瓶は一本も割れていない。
薬局の主人は感心したように箱を撫でた。
「こんな便利なものがあるとは。返却はどうする?」
「箱の底の札を外して、翌週の便で……」
言い終わる前に、スライムが主人の腕へ巻きついた。
「ひゃあっ!」
「落ち着いてください。水分が足りない合図です!」
ぷるるが霧吹きをかけると、スライムは満足そうに震えた。
主人は笑い出した。
「手間はかかるが、かわいいな」
「売り物じゃありませんよ。貸し出しです」
「分かった。必ず返す」
箱から飛び出したスライムを、子どもが嬉しそうに追いかけた。
「かわいい!」
俺は笑いかけて、配送票の注意欄が空白だと気づいた。
生き物を包装に使うなら、受け取る人にも選ぶ権利がある。
一か月後、破損率は大きく下がった。
だが返却率は七割に届かなかった。
返却されないスライムを単なる紛失品として扱うことにも、ぷるるは反対した。
「赤字ですね」
エリナの一言が刺さる。
「どうして返ってこない?」
吉岡が苦情を読み上げた。
「『子供が名前をつけてしまった』『猫と仲良くなった』『箱から出して庭で飼っている』」
「ペットになってるじゃないか!」
『かわいいものを貸すと返却されない、という市場調査結果です』
「お前、そんな調査してたのか」
ぷるるは少し考えた。
「包装用は模様のない子にしましょう。かわいい顔の子は、飼育許可を出して別契約に」
「顔のあるスライムとないスライムの違いは?」
「私には分かります」
「俺には分からん!」
エリナが笑いをこらえながら書類を作る。
包装材の返却契約と、飼育希望者向けの適正な譲渡契約。
いずれも生き物の扱いについて、ぷるるの承認を必要とする。
俺は最後に、怪我をした配送係の少女へ新しい箱を渡した。
持ち手があり、軽く、底には滑り止めがある。
「どうだ?」
「持ちやすいです。これなら走らなくても運べます」
「走らなくていい。安全に届けてくれ」
少女は笑って頷いた。
その横で、スライムが俺の靴にすり寄った。
『社長、懐かれていますね』
「返却先はどこだ?」
『おそらく社長の自宅です』
「勝手に決めるな!」
こうして魔王軍株式会社には、世界初の生きた包装材と、世界初の包装材迷子係が誕生した。
翌日の検品では、ぷるるが箱の前で耳を澄ませていた。
「この子は運搬に向きません。振動が苦手です」
「包装材にも適性検査があるのか」
「生きていますから」
結局、そのスライムは研究所の水槽に戻された。
配送係の少女が「返品じゃなくて配置転換ですね」と笑う。
俺は伝票の欄を一つ増やした。
【輸送前の適性確認】。
荷物を守るために、包装材を傷つけては意味がない。




