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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第二十四話 魔界の物流を任せたドラゴンが、配達先で昼寝を始めた

国境の診療所から届いたのは、苦情の手紙ではなかった。

『薬は届きました。

患者は間に合いませんでした』

俺はその二行を三度読んだ。

「配達員は?」

「ドラゴン便のグラディオスです」

吉岡の声が小さい。

「昨日、峠で眠ってしまったそうです」

「薬を積んだまま?」

「はい。ただし、出発前の勤務記録を見てください」

紙には、七日間で飛行九十八時間と書いてあった。

俺は椅子から立ち上がった。

「寝坊した社員を叱る前に、こんな予定を作った奴に会う」

医師からの手紙を懐にしまった。

遅れた理由を聞くだけでは、失った時間は戻らない。

次の便をどう守るかまで決める必要があった。

国境の配送所には、翼を畳んだドラゴンが十頭並んでいた。

荷物を背負う革具が鱗に食い込み、赤い跡を残している。

「グラディオスは?」

「奥です。社長が来ると聞いて、逃げようとして転びました」

「逃げる元気があるならいい」

倉庫の裏で見つけたグラディオスは、俺の姿を見るなり地面に頭を擦りつけた。

「申し訳ありません! 処分は覚悟しています!」

「先に聞く。最後にまともに寝たのはいつだ?」

「……四日前です」

「四日前?」

「休憩所は満杯で、峠の岩場で仮眠を取ろうとしたら、風が気持ちよくて」

「寝過ごしたのか」

「六時間ほど」

『それは仮眠ではなく本眠ですね』

聖剣の指摘に、グラディオスの尻尾がさらに縮んだ。

だが、診療所の薬箱に貼られた伝票を見て、俺は別の違和感を覚えた。

「この便、薬のほかに石材二十箱を積んでいるな」

「上客の建設商会です。契約で最優先になっています」

「患者の薬より石材が優先?」

「違反すると違約金です。配達員の給料から引かれます」

石材の契約書には、魔王軍株式会社の古い印が押されていた。

魔王を追放したとき、俺はこんな契約まで引き継いだのだ。

診療所の女医は、俺を歓迎しなかった。

「勇者様なら、死んだ患者を生き返らせられるんですか」

「……できない。遅配の原因を調べ、会社として遺族に説明し、補償も相談させてほしい」

「それは遺族に直接言ってください。今は、次の患者を間に合わせてください」

診療台には、まだ熱を出している少年がいた。

薬は届いた。

だが別の山村には、今日も薬が足りない。

「配達を増やします」

俺が言うと、女医は首を振った。

「倒れるドラゴンを増やしても同じです。急ぐ薬がどれか、私たちが知らせる方法がないんです」

俺は荷札を見た。

石材も薬も同じ赤い『至急』の札。

「誰でも至急を貼れるのか」

「高い料金を払えば」

金額で命の順番が決まっていた。

俺は胸の中で湧いた怒りを、いったん飲み込んだ。

怒鳴っても、山道は短くならない。

「優先順位を医療側に決めてもらう。搬送が必要な人は別便にする」

女医は疑わしそうに眉を寄せた。

「費用は?」

「会社の予備費から出す。ただし永遠には続けられない。次は仕組みを変える」

「その次を、待っています」

診療所の二行の手紙を、俺は会議の机に置いた。

配達時間を縮める話だけではない。

遅れた荷物の先に誰がいるか、全員に知ってほしかった。

エリナが配送所に来たのは夕方だった。

「問題は三つあります。休憩所不足、料金による優先順位の逆転、そして荷物を積みすぎること」

「金をかければ直るか?」

「一部は。ですが、全部を一度に直す予算はありません」

彼女は運行表を地面に広げた。

「石材は地上便に回せます。ドラゴン便は医薬品や傷みやすい品を優先する。空いた時間を休憩に充てれば、新しいドラゴンを雇わずに済みます」

「地上便は遅いぞ」

「石材は腐りません」

「……確かに」

『社長がついに石と薬の違いを理解しました』

「お前は本当に口が悪いな!」

吉岡が控えめに手を挙げた。

「既存の優先契約を変えるには、相手の承諾が必要です」

「建設商会に会おう」

「社長自らですか?」

「契約した会社の責任者は俺だ」

建設商会の会長は、薬の話を聞いても表情を変えなかった。

「違約金を払うなら好きにしろ。うちの石材が遅れれば、橋の工事が止まる」

「その橋は、どこに架けるんだ?」

「国境の北谷だ。冬になる前に完成させたい」

「北谷には診療所もあるな」

会長は黙った。

「薬を遅らせた契約で、薬を運ぶための橋を作る。笑えない話だ」

「商売に情を持ち込むな」

「情じゃない。配送の用途を分ける提案だ。石材には到着日を保証する。その代わり、時間指定の優先枠を返してくれ」

エリナが数字を示した。

地上便と中継倉庫を組み合わせれば、石材は二日遅れで届くが、工事全体の予定は変わらない。

会長は紙を指で叩いた。

「遅れたら?」

「違約金は会社が払う。配達員の給料からは引かない」

「……なら試してやる」

運行表の担当者は、休憩時間を入れると赤字になると訴えた。

エリナは荷物ごとの原価を示し、石材の特急扱いがむしろ赤字を増やしていたと説明した。

「眠らせたほうが儲かるのか」と俺が言うと、聖剣が呆れた。

『社長、ようやくそこに気づきましたか』。

グラディオスは初めて、自分で休憩時刻を記入した。

新しい運行表には、奇妙な欄が増えた。

『睡眠時間』『休憩場所』『緊急医療便の引き継ぎ先』。

グラディオスが目を丸くした。

「眠った時間を書いたら、給料を減らされませんか?」

「減らさない。休憩を取らなかったら出発を止める」

「えっ」

「寝不足のまま飛ぶ方が危ない」

『勇者がドラゴンに寝ろと命令する日が来るとは』

「俺も驚いてるよ」

最初の三日間は失敗続きだった。

中継倉庫で荷札が入れ替わり、薬草が建築現場に届いた。

職人たちは薬草を見て首をかしげたが、建設用の接着剤よりいい匂いがすると喜んだ。

「喜ぶな! 返してくれ!」

俺は走り回った。

四日目、女医から伝書鳥が届いた。

『熱の薬、予定より半日早く到着。

患者は回復に向かっています』

俺はその紙をグラディオスに見せた。

巨大な竜の目から、涙が一滴落ちた。

「次は、寝ないで運びます」

「違う。寝てから運べ」

「……はい!」

翌週、診療所から二通目の手紙が来た。

『今度は薬が間に合いました。

ただ、前に亡くなった患者の家族はまだ悲しんでいます』

俺は手紙をグラディオスに見せた。

彼は翼を伏せた。

「謝りに行ってもいいでしょうか」

「相手が望むならな。許してもらうためじゃない。起きたことを忘れないために」

新しい運行表の一番上には、配送速度ではなく休息時間が書かれた。

一週間後、ドラゴン便の遅配は大幅に減った。

ただし、配送所の裏庭には新しい問題が生まれていた。

「社長、休憩所の利用者が多すぎます」

吉岡が指した先には、昼寝中のドラゴンがびっしり並んでいる。

一頭が寝返りを打つと、隣のドラゴンが転がり、その隣も転がる。

巨大なドミノ倒しだ。

「建物が潰れる!」

『寝返り禁止の就業規則を作りますか』

「それは労働組合に怒られる!」

グラディオスが大きなあくびをした。

「社長。広い休憩所が必要です」

俺はエリナを見た。

エリナは、すでに見積書を取り出していた。

「旧兵器倉庫の改装なら安く済みます」

「さすがだな」

「ただし社長、改装中は屋外で寝てください」

「俺が?」

「現場の寝心地を確認するとおっしゃいましたよね」

言った。

確かに言った。

その夜、俺はドラゴンたちの間で毛布をかぶった。

地面が揺れた。

いびきで毛布が飛んだ。

『よく眠れますか、社長』

「……物流改革って、命懸けだな」

それでも翌朝、薬の配達記録に遅延の文字はなかった。

俺は寝不足の目をこすりながら、少しだけ笑った。

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