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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第二十一話 聖剣が労働組合に加入したので、勇者が武器に残業代を払うことになった

『労働条件の改善を要求します』

剣の声を冗談として聞き流せば、俺は昔の魔王と同じになってしまう。

社長室に声が響いた。

「……誰だ?」

『あなたが腰に下げている私です』

聖剣エクスカリバーが鞘の中で震えていた。

「剣がしゃべるのは知ってた。でも労働組合って何だ!」

『スケルトン社員の紹介で加入しました。

五年間、深夜の討伐にも休暇なしで付き合いましたよね』

エリナが静かに紙を置く。

【聖剣労働条件改善要求】

一、定期的な魔力補給。

二、鞘の内側の清掃。

三、週二日の休息。

四、討伐時の危険手当。

要求書の端には、小さな字で『まず話を聞いてください』とあった。

俺はその一行を見落としかけた。

聖剣の要求書を読み終えた俺は、真っ先に鞘を開けた。

「傷なんてないじゃないか。さすが伝説の剣だ」

『傷がないから平気だと思う、その発想を改善してほしいのです』

刀身が青白く光る。

光の中に、溶岩の巨人と戦った日の記憶が浮かんだ。

俺が巨人の腕を斬り落とすたび、剣の内側には熱がたまっていた。

勝利に酔った俺は、冷却もせず次の魔物へ向かった。

「痛かったのか」

『痛覚とは違います。

魔力の流れが詰まり、声が届かなくなる。

あなたが『行くぞ』と言うたびに、返事をする余力が減っていました』

俺は返す言葉を探した。

五年間、相棒だと呼んでおきながら、相棒の具合を聞いたことがなかった。

整備室へ運ぶと、鞘職人のドワーフが検査用の魔石を並べた。

「勇者殿。この剣を修理したことは?」

「一度もない。壊れないから」

「だから問題なんです。壊れないものほど、壊れたと気づくのが遅い」

職人は刀身に布を当て、焦げついた魔力の筋を示した。

深い傷ではない。

だが無理に力を流せば、周囲の人間に余剰魔力が漏れるという。

「俺が振り回していたせいか」

『それだけではありません。

私も、強くあろうとして黙っていました』

聖剣の声が少し小さくなる。

「じゃあ、二人とも悪かったんだな」

『同率にされるのは不本意ですが、おおむね』

午後、エリナが労務担当と法務担当を集めた。

テーブルの上には二枚の書類がある。

ひとつは武器の保守契約、もうひとつは労働組合の加入申込書だった。

「まず確認します。聖剣は自分の意思で仕事を拒否できますか」

『できます』

「報酬を受け取って使えますか」

『魔力と手入れなら』

「本人以外が代わりに戦えますか」

『同じ力を持つ剣はいません』

エリナは眉を寄せた。

「従業員の定義にも設備の定義にも収まりませんね」

吉岡が小さく手を上げる。

「では、社員番号を振ってはどうでしょう。管理しやすくなります」

『番号ではなく、名前で呼んでください』

「すみません、エクスカリバー様」

「様まで付けるのか!」

『気分は悪くありません』

法務担当は、労働組合への加入を会社が妨げる理由はないと説明した。

ただし、給与や危険手当を金貨で支払えば、誰がその金を管理するのかという問題が残る。

「剣に財布を持たせるのか」と俺。

「鞘に小銭入れを縫い付ければ」と吉岡。

『盗賊に狙われたら、私は財布まで守るのですか』

エリナはため息をついた。

「支払い方法より先に、仕事の範囲を決めましょう」

聖剣が要求したのは金額だけではない。

「働いたと認めてほしいのです」

俺は笑いかけた口を閉じ、契約書の空欄を見つめた。

そこで俺たちは過去の戦闘記録を並べた。

魔物の討伐、野営中の警戒、聖水の瓶を開けるために使った回数、道に迷って枝を切った回数。

最後の二つを読み上げた瞬間、聖剣が震えた。

『枝を切るために聖剣を抜く勇者が、ほかにいると思いますか』

「便利だったから……」

『便利という言葉は、働かせる側にとって魔法の呪文です』

俺は反論できなかった。

問題は、明日の朝に起きた。

城下町の橋で荷馬車が横転し、車輪に挟まれた子供を救うため、鉄の鎖を切る必要が出たのだ。

「エクスカリバー、頼む!」

『本日は休息日です』

「分かってる。でも、子供が!」

一拍の沈黙。

『緊急救助は、契約に入っていますか』

「入ってない!」

『ならば、いま入れましょう。

救助に限り、私の判断で協力します』

俺が頷くと、聖剣は鞘から滑り出た。

鎖だけが断たれ、子供は無事に引き出された。

周囲から歓声が上がる。

「ありがとう」

『礼を言うのは、あとでよいです。

まず子供の足を診てください』

剣の方がよほど冷静だった。

聖剣は過去五年間の稼働記録を突きつけた。

「睡眠中も鞘の中で警戒していた」

エリナは警戒待機と実戦を分けて計算し直す。

「剣が労働時間を申告する日が来るとはな」

俺のぼやきに聖剣は「使用者の教育が先だ」と返した。

帰社後、エリナは契約書に一行を書き足した。

緊急救助への協力は本人の判断とし、使用後は必ず整備を行う。

定期的な魔力補給と休息日を保障し、戦闘以外の雑用への使用には本人の同意を要する。

「残業代はどうする?」と俺。

『金貨ではなく、整備室の予算を増やしてください。

私だけでなく、古い槍や盾もずっと放置されています』

職人が顔を上げた。

整備室の棚には、刃こぼれした武器が何十本も積まれている。

「自分の待遇を上げるだけじゃないんだな」

『私は伝説の剣です。

格好くらいつけさせてください』

翌週、整備室には新しい点検表が掛けられた。

武器ごとに使用回数と魔力の状態を書き込み、持ち主が署名する。

最初に記入したのは俺だった。

『使用目的・橋の救助』と書くと、エクスカリバーが満足げに光った。

「これで解決か」

『一件だけ残っています』

「まだあるのか」

『あなた自身の休息日です』

俺は思わず笑った。

剣に働き方を教わるとは思わなかった。

聖剣が希望した休息日は、城下町の市場が開く日だった。

「市場を見たいのか?」『あなたが戦い以外の景色を見ているか、確かめたいのです』。

俺は返事に困った。

いつから俺は、剣を抜かない一日を怖がるようになったのだろう。

翌朝、俺は整備室の前で足を止めた。

壁には『聖剣点検中につき、社長の雑用には応じません』と札が下がっている。

書いたのは吉岡らしい。

「誰が社長の雑用だ!」

『昨日の午後、封筒を開けるために私を抜こうとしましたね』

「覚えてるのか……」

『刃の記憶力はよいのです』

整備職人が笑いながら、封筒用の小刀を差し出した。

値札には銀貨一枚。

伝説の聖剣を使わずに済むなら、安い買い物だ。

エリナは点検表を眺め、古い槍の修理費が思ったより大きいと指摘した。

俺は迷った末、装飾用の玉座の修繕を翌月へ回した。

「玉座が壊れたら困りませんか」と吉岡。

「俺は座る時間がないからな」

『その言い方が、まさに問題なのです』

剣は厳しい。

だが、俺が言い返せない相手が社内に一人増えたことを、少しだけ頼もしく思った。

帰り際、俺は剣に聞いた。

「明日も一緒にいてくれるか」

返事は短かった。

『必要なら。

ですが、まず相談してください』。

その日、俺は久しぶりに剣を腰から外し、整備台へ置いて帰った。

手ぶらで歩くと落ち着かない。

だが城門の兵士は俺の顔を見て、何も言わず敬礼した。

剣がなくても俺だと分かるらしい。

少しだけ肩が軽くなった。

翌朝、整備室の扉には新しい当番表が貼られていた。

聖剣だけでなく、警備員も職人も休める日が書かれている。

俺の名前の横にも一日だけ休みの印があった。

「誰が決めた?」

『労働組合の全会一致です』

「社長の休暇を社長抜きで決めるな!」

だが、その日は剣を抜かなかった。

会社を守る仕事には、休む勇気も必要らしい。

その夜、整備台の横に小さな札が増えていた。

【使用前に、持ち主ではなく使用者と相談すること】

「持ち主は俺だろ?」

『だからこそ、あなたが最初に読むべきです』

翌朝、若い鍛冶職人が札を写し取っていた。

「工房の道具にも、勝手に酷使しているものがあるから」と言う。

聖剣は得意げに輝いた。

俺は反論しかけ、修理待ちの槌が並ぶ棚を見て口を閉じた。

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