■第二十話 魔王軍株式会社、ついに黒字化。
しかし株主たちが戦争再開を要求してきた
社長就任、一年目。
ついに、決算の日がやってきた。
俺は社長室で、エリナから報告を受けていた。
「ジーク様」
「……どうだった?」
エリナは微笑んだ。
「おめでとうございます」
「……え?」
「黒字化しました」
沈黙。
俺はゆっくり立ち上がった。
「……本当か?」
「はい」
エリナは決算資料を差し出した。
【魔王軍株式会社 年間決算】
売上高:金貨四千万枚。
営業費用:金貨三千八百万枚。
営業利益:金貨二百万枚。
営業利益率:五パーセント。
「…………」
俺は資料を見つめた。
「……黒字だ」
「はい」
「……本当に黒字だ!」
喜びかけた俺の横で、エリナはまだ決算書を閉じていなかった。
俺は叫んだ。
「やったああああ!」
社長室に歓声が響いた。
吉岡が涙を流した。
「社長……!」
「吉岡!」
「弊社が黒字になる日が来るとは……!」
「……そんなに長かったのか?」
「八年ぶりでございます!」
「八年!?」
エリナが微笑んだ。
「軍事事業から民間事業への転換が、ようやく損益に表れ始めました。ただし、利益が出たことと、返済に使える現金があることは別です」
俺は拳を握った。
「……よかった」
魔王軍株式会社。
十二万人の従業員。
金貨二億枚の借金。
膨大な未払い残業代。
そして、数々の問題。
その会社が、ようやく黒字化した。
俺は窓の外を見た。
魔王城の城下町。
新しい住宅。
商業施設。
工場。
学校。
病院。
かつて戦争のために存在した街が、少しずつ平和な街へ変わっていた。
「……やってよかったな」
エリナがうなずいた。
「はい」
そのとき、吉岡が一通の書類を持ってきた。
「社長。株主総会の準備が整いました」
「……株主総会?」
「はい。年次株主総会でございます」
「……もうそんな時期か」
俺は笑った。
「今回は黒字だから、安心だな」
エリナは少しだけ表情を曇らせた。
「……そうとも限りません」
「……何?」
総会前夜、工場の守衛が俺に封筒を渡した。
中には廃業した武器職人たちの再就職先が書かれ、空欄がまだ七つあった。
「黒字でも、全員が助かったわけじゃありません」
俺は祝いの杯を置いた。
エリナは決算書と未払いの戦争補償費を並べた。
「株主には、黒字になった事実も、まだ支払うべきものがある事実も伝えましょう」
「分かった。再訓練費と補償の予算も提案する」
総会当日の朝、入口では元兵士と農家が言い争っていた。
「軍を戻せば仕事が増える!」「戦争になれば畑が焼ける!」
俺は二人に、会場で順番に意見を話してほしいと頼んだ。
その日の午前。
魔王軍株式会社。
年次株主総会。
会場には、数千人の株主が集まっていた。
俺は壇上に立った。
「皆さん。本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
拍手が起きた。
「魔王軍株式会社は、八年ぶりに黒字化しました!」
大きな歓声。
「軍事事業を縮小し、農業、医療、物流、不動産、飲食事業へ転換した成果です!」
拍手が続いた。
俺は少しだけ胸を張った。
「今後も、戦争に頼らない経営を続けていきます!」
その瞬間。
一人の株主が手を挙げた。
「社長!」
「……はい?」
「質問があります!」
「どうぞ」
その株主は、巨大なミノタウロスだった。
「黒字化は素晴らしい!」
「ありがとうございます!」
「だが、利益が少なすぎる!」
「……え?」
ミノタウロスは資料を掲げた。
「営業利益二百万枚では、借金二億枚の返済に時間がかかりすぎる!」
「……確かに」
「もっと利益を増やすべきだ!」
「……そのとおりです」
「そこで提案がある!」
俺はうなずいた。
「……何でしょう?」
ミノタウロスは拳を振り上げた。
「戦争を再開しろ!」
沈黙。
俺は固まった。
「……は?」
「戦争だ!」
「……何で!?」
「戦争をすれば、武器が売れる!」
「…………」
「領土も増える!」
「…………」
「資源も手に入る!」
俺は額を押さえた。
「……いやいやいや!」
だが、会場の一部から声が上がった。
「そうだ!」
「軍事事業を再開しろ!」
「利益を増やせ!」
「配当を出せ!」
俺は震えた。
「……ちょっと待て!」
しかし、声は大きくなる。
「戦争!」
「戦争!」
「戦争!」
俺は壇上で叫んだ。
「お前ら、平和になりたかったんじゃないのか!」
すると、別の株主が立ち上がった。
暗黒銀行頭取、バルガスだった。
「勇者社長よ」
「……頭取」
「我々は、会社の成長を期待している」
「……分かっています」
「だが、戦争以外で利益を増やす方法があるのか?」
俺は答えた。
「ある!」
会場が静まり返った。
「農業も、医療も、物流も、まだ成長できる!」
「……ほう?」
「人間界との交易も拡大できる!」
「……なるほど」
「戦争をしなくても、会社は成長できる!」
バルガスは腕を組んだ。
「……ならば、証明してもらおう」
「……何?」
「次の一年で、営業利益を五倍にできるか?」
沈黙。
俺はエリナを見た。
エリナは真剣な表情だった。
「……五倍?」
「そうだ」
バルガスは続けた。
「営業利益、金貨一千万枚」
「…………」
「それを達成できなければ、軍事事業の再開を求める株主提案を行う」
会場がざわめいた。
俺は拳を握った。
「……分かった」
エリナが驚いた。
「ジーク様!?」
俺は壇上から株主たちを見渡した。
「次の一年で、営業利益一千万枚を目標にする! ただし、達成のために戦争を再開したり、補償を削ったりはしない!」
会場が静まり返った。
エリナが小声で釘を刺した。
「具体的な収支計画はこれからです。目標と確約を混同しないでください」
「分かってる。四半期ごとに進捗を報告する」
「工場も物流も、まだ伸ばせる。暮らしを支える仕事で、その数字を証明する!」
エリナは戦争再開を求める株主に問いかけた。
「当時の利益には、焼けた村の復旧費や遺族への補償も計上されていましたか?」
株主は答えなかった。
「数字を比べるなら、隠されていた費用も含めて比較すべきです」
俺は、設備の安全対策、退役兵の再訓練、戦争被害の調査と補償に、利益の一部を充てる予算案を示した。
「利益だけでなく、失われた仕事と壊れた村の費用も数字に入れます」
反発する株主もいたが、採決の結果、予算案は僅差で可決された。
拍手より先にため息が聞こえた。
賛成した株主にも不安は残っている。
だからこそ、事業ごとの収支と補償の進捗を次回も公開すると約束した。
そして、俺は宣言した。
「俺が証明してやる!」
大きな拍手が起きた。
総会が終わると、吉岡が空になった議場を見回した。
「勇者様。剣で勝つより時間がかかりましたね」
「剣なら一回振れば済むのにな」
「次回も総会はございます」
「一年に一度の魔王討伐かよ!」
エリナが笑った。
だが、議場を出る社員たちの顔には、まだ不安が残っていた。
決算報告に添えた資料には、戦争で失われた仕事と、平和になって生まれた仕事が並んでいる。
数字はまだ釣り合わない。
俺はその資料を鞄にしまった。
黒字化は終点ではなく、ようやく始まった責任の数字だった。
その夜、社長室でエリナが静かに言った。
「ジーク様。営業利益を五倍にするのは、簡単ではありません。しかも、軍事事業を再開せずにです」
「……分かってる。だからこそ、交易も新しい仕事も育てる」
俺は窓の外を見た。
平和になり始めた魔界を、もう戦場には戻したくなかった。
「……絶対にやってやる」
そのとき、吉岡が一通の封筒を持ってきた。
「社長。人間王国から、重要な書簡が届いております」
「……何だ?」
俺は封筒を開いた。
そこには、こう書かれていた。
【人間王国政府より】
【魔王軍株式会社との正式な経済協定締結について】
俺は目を見開いた。
「……経済協定?」
エリナが微笑んだ。
「ジーク様」
「……何だ?」
「次の戦場が決まりましたね」
「……戦場?」
「はい」
エリナは地図を広げた。
そこには、人間王国と魔界の広大な交易路が描かれていた。
「今度は、剣ではありません」
俺は笑った。
「……ああ」
「経済です」
地図の端には、かつて俺が剣で越えた国境があった。
今度は荷車が、そこを安全に通れるようにしたい。
俺は聖剣を壁に立てかけ、交易路の輸送費を計算し始めた。
最初の欄には利益ではなく、橋を渡る荷車の安全確認費と書いた。




