■第十七話 魔王軍の農業機械が売れすぎて、人間王国の農家が大騒ぎになった
新規事業の一つ、農業機械部門。
その売上が急増していた。
「……エリナ」
「はい」
「この数字、本当か?」
「はい」
【農業機械部門】
月間売上:金貨二十万枚。
前年同月比:新規事業のため比較なし。
受注残:金貨百五十万枚。
「……すごいな」
「人間界からの注文が急増しています」
「……人間界?」
「はい。王国の農家たちです」
俺は少し考えた。
「……魔王軍の商品を買ってくれるのか?」
「はい」
「……敵だったのに?」
「農家にとって重要なのは、便利で安い農具です」
「……なるほど」
俺はしばらく黙って、その意味を考えた。
「……いいことだな」
だが、その頃。
人間王国では大騒ぎになっていた。
王都。
農業ギルド本部。
「大変です!」
若い職員が駆け込んできた。
「魔王軍製の農業機械が、王国中で売れています!」
ギルド長が立ち上がった。
「何だと!?」
「従来の農具の十倍の作業効率です!」
「十倍!?」
「しかも価格は、従来品の半分!」
「…………」
ギルド長は震えた。
「……そんなものが普及したら」
職員が答えた。
「王国の農具職人たちが、仕事を失います」
沈黙。
ギルド長は拳を握った。
「……魔王軍め」
そして、王国政府へ陳情書を提出した。
【魔王軍製農業機械の輸入規制を求める】
数日後。
王国政府は、魔王軍製農業機械に高額の関税を課した。
その結果。
魔王軍株式会社の受注が急減した。
「……何でだよ!」
俺は机を叩いた。
エリナが説明した。
「王国の国内産業を保護するためです」
「……でも、農家は困るだろ?」
「はい」
「……じゃあ、どうすればいい?」
エリナは微笑んだ。
「現地生産です」
「……現地生産?」
「王国の職人たちと協力して、農業機械を製造します」
「……なるほど!」
こうして魔王軍株式会社は、人間王国の農具職人たちに技術提携を提案した。
最初は反発された。
「魔王軍の技術なんか使えるか!」
「俺たちの仕事を奪うつもりだろ!」
だが、俺は説明した。
「仕事を奪うんじゃない。一緒に作るんだ」
「……一緒に?」
「ああ。魔界の技術と、人間の職人技術を組み合わせる」
職人たちは顔を見合わせた。
「……本当に?」
「もちろんだ」
こうして、魔族と人間の共同工場が誕生した。
最初は喧嘩ばかりだった。
ドワーフが怒鳴る。
「そんな鍛え方じゃ駄目だ!」
人間の職人が怒鳴り返す。
「そっちこそ、力任せすぎる!」
だが、少しずつ互いの技術を認め合うようになった。
そして三か月後。
新型農業機械が完成した。
【魔界・人間共同開発型耕運機】
価格は従来品より安く、性能も向上。
王国政府も、国内生産品として販売を認めた。
農家たちは大喜びした。
「……よかった」
俺は工場を見渡した。
国境の村で、魔王軍製の耕運機が動かなくなった。
農夫が何度も始動石を叩いている。
「壊れたのか?」
「燃料の魔石がない。関税が上がってから交換部品も届かないんだ」
隣の畑では、王国の鍛冶師が作った旧式の鋤が動いていた。
農夫たちは便利な機械を欲しがる一方で、地元の職人が店を閉めるのも望んでいなかった。
王国のギルド長と会うと、彼は真っ先に言った。
「魔王軍が安売りすれば、こちらの職人は食えなくなる」
「でも機械を止めたら、農家が困る」
「それは分かっている。だからこそ腹が立つんだ」
俺は思わず口を閉じた。
悪役だと思っていた相手にも、守るべき暮らしがあった。
エリナが図面を机に広げる。
「主要な駆動装置はこちらで製造し、刃と車輪は王国の工房で作れませんか。修理資格も現地で取得できるようにします」
ギルド長は眉を寄せた。
「技術を盗まれたらどうする」
「共同開発分の権利は共有にします。価格も一方的には決めません」
交渉は夕方まで続いた。
地元職人の一人が試作品を持ち込むと、ガンドルが黙って刃先を触った。
「ここの角度、いいな」
「魔族に褒められても嬉しくない」
「じゃあ訂正する。俺には作れない角度だ」
職人は赤くなった。
試験運転の日、村の子供たちが畑の周囲に集まった。
新しい耕運機は旧型より遅かったが、修理用の部品を村の工房で作れた。
「速さだけなら前の方がいい」
農夫が言う。
「でも収穫前に壊れても、翌朝には直せる。そっちの方が助かるよ」
売れた台数の報告の後ろに、修理を待つ農家の手紙があった。
俺は販売会議を止め、部品供給の担当者を呼んだ。
試験農場で、農夫が機械を止めた。
「速すぎる。畝の端に残した苗まで掘り返す」
ガンドルは顔をしかめたが、俺は農夫に操作を任せた。
何度も止め、速度を落とし、土を確かめる。
夕方、農夫はようやくうなずいた。
「これなら来年も使える」
売れた台数より、来年も使いたいと言われたことが嬉しかった。
ガンドルは帰り道、初めて武器以外の設計図を胸に抱えていた。
俺はその言葉を議事録に書いた。
売上の数字には出ない価値がある。
王国政府は共同生産品について関税を見直すと発表した。
全面撤廃ではない。
両国の職人を守る条件付きの試行だ。
帰り際、ギルド長が手を差し出した。
「次に会うときは、商売の敵としてだぞ」
「それでいい。戦争の敵じゃなければ」
握手をした瞬間、遠くで爆音がした。
ガンドルが青ざめて走ってくる。
「社長! 試験用の耕運機が、王城の方角へ!」
「安全装置は!?」
売れすぎた農業機械の部品が欠品し、収穫期の農家から苦情が来た。
俺は新規販売を一時止め、修理用部品を優先した。
「売る約束より、使える約束を守るんですね」と農夫が言った。
エリナは保証費用を翌月の予算に載せた。
王国の農具職人が、魔界製の耕運機を分解していた。
「これを売られたら俺の店は終わる」
俺は謝ることしかできなかった。
だが職人は歯車を指した。
「ここの軸受けなら、俺が直せる」
エリナが修理契約書を差し出す。
「売る会社と直す職人を分けましょう」
職人はしばらく黙り、工具を握り直した。
便利な機械が増えるほど、仕事を奪うだけではない仕組みが必要だった。
「農夫が止めたが、方向転換だけできん!」
「一番困る壊れ方だろ!」
農家の老人が、増えた収穫を前に笑えずにいた。
「値が下がれば、種を買う金が残らん」
俺は増産の成功を祝う言葉を飲み込み、エリナと翌年の買い取り価格の下限を相談した。
畑を豊かにすることと、農家を豊かにすることは同じではなかった。
試験場では、人間の農夫が機械の前にしゃがみ込んだ。
「収穫期に壊れたら、誰が直す?」
営業担当は売上の話を始めかけたが、俺は止めた。
「修理人を育てる費用も見積もりに入れよう」
農夫はすぐには笑わなかった。
それでも翌週、自分の村の鍛冶屋を連れて戻ってきた。
売れた台数より、その一人が頼もしかった。
農家は機械の性能より、故障したとき誰が直すのかを心配していた。
「売って終わりではありません」とエリナ。
俺たちは村の鍛冶屋に修理講習を頼んだ。
魔界の製品が王国へ届くなら、直せる技術も一緒に渡すべきだった。
エリナが微笑んだ。
「これが、経済による平和です」
「……ああ」
共同工場の契約書には、俺が見落としていた一行があった。
【修理部品の販売価格は、双方協議のうえ決定する】
「協議って、誰と誰が?」
エリナがペンを止めた。
「魔王軍と王国ギルドです」
「農家は入らないのか?」
会議室が静かになった。
俺たちは作る側の利益ばかり考えて、使う側の声を契約から落としていた。
翌日、国境の農家三人を招いた。
彼らは豪華な会議室より、機械の試験場で話したいと言った。
「収穫期に部品が一週間届かないだけで、値段が半分になる」
「冬は機械を使わない。でも春先の修理予約は混む」
「うちの村では魔石より水車が安い。水車でも動くようにできないか」
ガンドルは最初、無理だと答えた。
だが、王国の職人が歯車を一枚描き直すと、顔色が変わった。
「これなら回転数を落とせる」
「じゃあ試そう」
俺たちは価格表に部品の上限額を加え、農繁期の修理優先枠を設けた。
試験場には水車式の試作機が並んだ。
「社長、これでは儲けが減りますよ」
吉岡が耳打ちする。
「壊れた機械が畑に放置されたら、来年は一台も売れないだろ」
「では修理班の費用は?」
「販売手数料から先に確保する。売り上げを全部、利益だと思うな」
吉岡は黙って修理担当の人員表を開き、赤字で一人増やした。
そのとき、工場長のガンドルが走ってきた。
「社長!」
「何だ?」
「新型耕運機の試運転で問題が起きた!」
「……何だ?」
「耕運機が、勝手に走り出した!」
「……は?」
「魔力制御装置が暴走した!」
「止めろよ!」
「止まらん!」
「どこへ向かった!?」
ガンドルは震える声で答えた。
「……王城だ」
「何で王城なんだよ!」
数時間後。
王城の庭園が、見事な畑になっていた。
国王は呆然と立ち尽くしていた。
「……我が美しい庭園が」
俺は深々と頭を下げた。
「申し訳ありません!」
国王は地面を見つめた。
そして、静かに言った。
「……ところで、この土は何を植えるのに向いておる?」
「気に入ったのかよ!」




