■第十六話 魔王軍が戦争をやめたら、武器職人たちが失業し始めた
社長就任、三か月目。
俺は経営会議に出席していた。
エリナが資料を配る。
「ジーク様。重大な問題が発生しています」
「……何だ?」
「軍事事業の縮小によって、武器製造部門の受注が激減しています」
「……武器?」
「はい」
資料には、こう書かれていた。
【軍事事業売上】
前年同月比、七十パーセント減少。
【武器製造部門】
従業員二万人。
【新規受注】
ほぼ停止。
「…………」
俺は頭を抱えた。
「……戦争をやめたからか」
「はい」
「……いいことのはずなのにな」
エリナは静かに答えた。
「戦争が終われば、戦争で生活していた人々の仕事がなくなります」
「…………」
俺は考え込んだ。
「……どうすればいい?」
「新しい仕事を作る必要があります」
「……新しい仕事?」
「はい。武器職人たちの技術を、民間製品に転用します」
俺は顔を上げた。
「……なるほど!」
こうして俺たちは、武器製造工場を訪れた。
巨大な炉。
鋼鉄を打つ音。
火花が飛び散る工房。
そこには、数百人のドワーフ職人が働いていた。
「……社長?」
一人の老ドワーフが近づいてきた。
「俺は工場長のガンドルだ」
「よろしく」
ガンドルは腕を組んだ。
「聞いたぞ。武器の生産を減らすそうだな」
「ああ」
「……俺たちを失業させるつもりか?」
「違う」
俺はゆっくり首を振った。
「新しいものを作ってほしい」
「……何を?」
「農具だ」
沈黙。
ガンドルの顔が引きつった。
「……農具?」
「ああ」
「俺たちは伝説の魔剣を作ってきた職人だぞ!」
「知ってる」
「その俺たちに、鍬を作れと!?」
「そうだ」
ガンドルは怒鳴った。
「ふざけるな!」
工房が静まり返った。
俺は一歩前に出た。
「……じゃあ聞くけど」
「何だ!」
「その伝説の魔剣で、畑を耕せるか?」
「…………」
ガンドルは黙った。
「魔剣は人を殺すためのものだ」
「……そうだ」
「でも、農具は人を生かすためのものだ」
沈黙。
俺は続けた。
「お前たちの技術なら、世界一の農具が作れるんじゃないか?」
ガンドルはしばらく考えた。
そして、ゆっくり笑った。
「……面白い」
「……やってくれるか?」
「ただし、条件がある」
「何だ?」
「世界一の鍬を作らせろ」
俺は笑った。
「もちろんだ!」
こうして魔王軍株式会社は、農業機械事業へ参入した。
魔剣製造技術を応用した、超高耐久の鍬。
魔力を利用した自動耕運機。
ドラゴンの火炎を利用した乾燥設備。
ゴーレムによる農作業支援。
製品は大ヒットした。
魔界の農業生産性は、大幅に向上した。
そして、人間界からも注文が入るようになった。
「……すごいな」
俺は売上報告書を見つめた。
エリナがうなずいた。
ガンドルが最初に持ってきた鍬は、土を一撃で粉にした。
「どうだ。切れ味は魔剣級だ」
「畑まで消えてる!」
試験場の農夫は腕を組んでいた。
「これじゃ種が植えられない。土は砕けばいいってもんじゃないんだ」
ガンドルの髭がぴくりと動いた。
魔王軍で何百年も刃を鍛えた職人に、初めて『切れすぎる』という苦情が届いたのだ。
「じゃあ、どんな刃が欲しい」
「石には負けない。でも土の中の根は引っかけず、腕を痛めない重さだ」
「注文が細かいな!」
「毎日使う道具だからな」
翌朝から、鍛冶場に農夫たちが通うようになった。
ガンドルは彼らの手の豆を見て、柄の角度を変えた。
魔石の出力を下げるために、あえて安い部品を採用した。
「高級品にするなら宝石を埋めたいんだが」
「農家は宝石より替え刃を買いたいそうだ」
「職人泣かせの客だな」
それでもガンドルは楽しそうだった。
一方、工場では反発も起きた。
若い鍛冶師が、作りかけの槍を床に置く。
「農具を作れと言われても、俺たちは武器しか教わっていない。失敗したら給料はどうなるんですか」
エリナは訓練期間中の賃金を保証する制度を提示した。
希望者には医療器具や建築金具の部署も選ばせる。
転職を命令するのではなく、技術を選び直せるようにするためだ。
「全員が鍬職人になる必要はない」
俺が言うと、若い鍛冶師はようやく槍を拾い上げた。
「じゃあ俺、手術用の刃を試したいです。父が戦場で腕を失ったので」
ガンドルはしばらく黙っていた。
「細い刃なら、俺が教えられる。人を傷つける刃と、人を救う刃の違いは使い手だけじゃない」
職人は剣を捨てたくないのではない。
技術が無価値だと言われるのを恐れていた。
俺は試作品を机に置き、値段より先に使い道を聞いた。
ガンドルの工房では、使われなくなった剣が壁に並んでいた。
刃の一本には戦死した弟子の名前が刻まれている。
「こいつに、もう剣を打たずに済む日が来ると言った」
ガンドルは笑おうとして失敗した。
俺は農具の注文書を差し出す前に、黙ってその名を読んだ。
戦争を終わらせることと、戦争で身につけた誇りを捨てさせることは違う。
数週間後、試作品の鍬が畑に入った。
農夫は一列耕し、土を握って確かめた。
「これなら来年も使える」
ガンドルはその言葉を聞いて、魔剣を褒められた時より嬉しそうな顔をした。
「十年使ったら、また持ってこい。直してやる」
「売りっぱなしじゃないのか?」
武器職人ガンドルは農具の試作品を床に投げた。
「刃が鈍い」
農夫は拾い上げ、畑の土を削った。
「人を斬れないくらいがいい」
ガンドルは黙って柄の角度を直した。
戦争で培った腕が、別の場所で必要とされ始めた。
ガンドルは新しい鍬を手にしたまま、炉の前から動かなかった。
「俺は人を傷つける剣を、誰より上手に作ってきた」
その声には誇りと後悔が混じっていた。
俺は試作品を畑へ持ち出し、農夫に渡した。
農夫は一度振り、首をかしげる。
「軽くしてくれ。毎日使うんだ」
ガンドルは怒りかけて、やがて笑った。
「毎日使われる武器か。悪くない」
その日、工房の図面から刃の飾りが消えた。
「武器は折れたら終わりだ。農具は直しながら働く。そういう仕事も悪くない」
俺は工場の看板を見上げた。
そこにはまだ『魔王軍兵器廠』とある。
「名前も変えようか」
ガンドルは慌てた。
「待て。看板は俺の祖父が鍛えた鉄だ」
「じゃあ裏返して新しい名前を彫るか」
「……それならいい」
工房の隅で、見習い職人が曲がった鍬を握りしめていた。
「剣なら真っ直ぐに打てます。でも土の中で折れない形が分からない」
ガンドルは叱らず、畑から持ち帰った泥だらけの試作品を見せた。
「俺も同じだ。だから明日、農家に教わりに行く」
親方が初めて頭を下げると、若者たちの顔が少し明るくなった。
ガンドルは新しい農具の刃を見て、鼻を鳴らした。
「こんなもの、魔剣より簡単だ」
だが試作を握った農夫の手には豆ができていた。
「一日使う道具なんだ。軽くしてくれ」
ガンドルは黙って柄を削り直した。
誰かを傷つける刃から、誰かの暮らしを支える刃へ。
その仕事は思ったより難しかった。
「軍事技術の民間転用は、大きな可能性があります」
「……ああ」
そのとき、ガンドルが社長室に駆け込んできた。
「社長!」
「どうした?」
「世界一の鍬が完成したぞ!」
「……本当か!?」
ガンドルは巨大な鍬を取り出した。
漆黒の刃。
赤く輝く魔石。
圧倒的な魔力。
「……何だ、これ」
ガンドルは胸を張った。
「伝説級農具!」
【魔神鍬・デストロイヤー】
「……名前が物騒だな」
「一振りで山を砕く!」
「山!?」
「畑を耕すなら、山ごと砕けばいい!」
「駄目だろ!」
「しかも、魔力を込めれば半径十キロメートルの地面を一瞬で掘り返せる!」
「それ、災害だろ!」
ガンドルは不思議そうな顔をした。
「……農業には使えんのか?」
俺は叫んだ。
「畑ごと消し飛ぶわ!」
その頃、旧兵器廠の倉庫には完成した槍が山積みになっていた。
「これ、全部売れ残りか?」
「納品先の部隊が解散した」
ガンドルは一本を抜き、刃先を布で拭った。
「俺の弟子が初めて打った槍だ。良い出来だった」
「溶かすのは嫌か」
「嫌だな。でも、倉庫に積んでいても弟子の給料にはならん」
俺たちは使える金属を再加工し、記念に残す武具は展示室へ移すことにした。
職人が自分の仕事を恥じずに済むよう、展示には製作者の名前を添える。
「魔王軍の歴史を美化するつもりか?」
ガンドルが問う。
「違う。作ったものと、使われた結果の両方を残す」
ガンドルは頷き、槍を鞘に戻した。
翌週、病院から注文が届いた。
手術用の鋏と、患者のベッドを固定する金具だった。
若い鍛冶師は震える手で最初の品を納めた。
「刃が鋭すぎたら、また誰かを傷つけるかもしれない」
「だから医師に試してもらおう。作っただけで終わりにしない」
試験に合格した日の夕方、工場の煙突から久しぶりに明るい煙が上がった。
武器を作らない炉も、ちゃんと熱かった。




