■第十二話 魔王軍の経費を調べたら、魔王の私物が国家予算を超えていた
社長就任、二週間目。
俺は経理部から届いた決算資料を見ていた。
「……エリナ」
「はい」
「この『魔王専用経費』って何だ?」
「前社長の個人的な支出です」
「……いくら?」
「年間金貨三百万枚です」
「…………」
俺は目を疑った。
「……三百万?」
「はい」
「何に使ったんだ!?」
エリナは資料を読み上げた。
【前社長関連経費】
魔王専用玉座:金貨五十万枚。
魔王専用マント:金貨三十万枚。
魔王専用入浴施設:金貨八十万枚。
魔王専用食器:金貨二十万枚。
魔王専用寝室改装:金貨七十万枚。
その他:金貨五十万枚。
合計:金貨三百万枚。
「…………」
俺は頭を抱えた。
「……玉座が五十万枚?」
「純金製でございます」
「……マントが三十万枚?」
「伝説級の魔獣の毛皮を使用しております」
「……風呂が八十万枚?」
「溶岩温泉でございます」
「…………」
俺は震えた。
「……あいつ、会社の金で何やってたんだ!」
吉岡が静かに答えた。
「魔王らしい生活でございます」
「会社の金でやるな!」
俺は立ち上がった。
「全部売却だ!」
吉岡が驚いた。
「……玉座もですか?」
「当然だ!」
「魔王様の象徴でございますが」
「もう魔王はいない!」
「……承知いたしました」
こうして魔王軍株式会社は、前社長の私物と会社資産の調査を開始した。
そして、さらに驚くべき事実が判明した。
魔王城の地下には、巨大な宝物庫があった。
金貨。
宝石。
魔剣。
魔道具。
伝説級の装備。
「……何だ、これ」
俺は呆然とした。
エリナが資料を確認する。
「魔王軍が数百年間にわたって集めた財宝のようです」
「……いくらある?」
「現在、鑑定中です」
三日後。
鑑定結果が出た。
【魔王城地下宝物庫】
推定資産価値:金貨三億枚。
「…………」
俺は固まった。
「……三億?」
「はい」
「借金二億枚より多いじゃないか!」
「そうですね」
「何で売らなかったんだ!?」
吉岡が静かに答えた。
「魔王様が、宝物を眺めるのを趣味にされておりましたので」
「趣味で三億枚も寝かせるな!」
俺はすぐに売却を指示しようとした。
だが、エリナが止めた。
「お待ちください」
「……何だ?」
「すべて売却すると、魔界の宝石市場が暴落します」
「……あ」
「さらに、伝説級の魔道具は危険物です。無制限に売るべきではありません」
「……確かに」
エリナは続けた。
「まず所有権を確認し、会社資産と前社長の私物を区別します」
「そうだな」
「そのうえで、不要資産を段階的に売却しましょう」
その言葉を、俺は簡単には否定できなかった。
「……分かった」
こうして魔王軍株式会社は、資産整理を開始した。
地下宝物庫の調査は、思った以上に厄介だった。
鑑定士が純金の玉座に値を付けようとすると、吉岡が横から口を挟む。
「その玉座は歴代魔王の戴冠式に使用されております。売却すれば古参社員が反発します」
「会社の備品なのか、前社長の私物なのか、まず決めよう」
エリナは台帳の所有者欄を指した。
そこには「魔王様」とだけ書かれている。
「役職名であって個人名ではありません。会社資産と考える余地がありますが、契約書を探さないと断定できません」
「じゃあ売るのは保留だな」
「はい。あと、溶岩風呂は設備として使えます」
「誰が入るんだ?」
「耐熱性の魔族社員です。今は休憩施設が不足していますから」
俺は豪華な浴槽を見直した。
無駄遣いの象徴だと思っていたものが、使い方次第で福利厚生に変わるらしい。
領収書に押された魔王の印は本物だった。
俺は怒鳴る前に、支払った金がどこから来たのかを調べさせた。
倉庫で見つかった豪華な食器には、製作者の刻印があった。
工房の親方を呼ぶと、彼は俯いた。
「兵士の鎧を作る金がないと言われた月に、これを納めました」
俺は怒鳴る代わりに、未払いの工賃がないか調べさせた。
魔王の浪費を笑うだけでは、帳簿の外で苦しんだ職人は救われない。
エリナは支出の承認者と受益者を分けて記録する仕組みを提案した。
一方、宝物庫の端では、古い軍旗を抱えたオークの老兵が動こうとしなかった。
「それだけは売らないでくれ」
「何の旗だ?」
「戦場から帰れなかった仲間の名前が縫ってある」
旗の裏には、細い糸で何百もの名が刻まれていた。
俺は剣を握りしめたくなった。
かつて敵として戦った相手にも、失った仲間がいる。
「売らない。展示するなら、遺族に相談してからだ」
老兵は深く頭を下げた。
宝石の値段を数えるだけでは、資産整理にはならないのだ。
魔王の私物とされた絨毯には、避難民の寝床に使われた記録も混ざっていた。
「全部横領だと決めつければ、必要な支出まで消える」とエリナが言う。
俺たちは領収書を一枚ずつ調べ、魔王本人にも説明の機会を与えた。
玉座を運び出そうとした時、古参のゴブリンが荷車を塞いだ。
「この椅子の下で、私の息子は雨宿りをしたんです」
俺は売却札を外した。
会社の金で買ったものでも、すべてがただの換金品ではない。
エリナは鑑定額と保存費を別々に書き出した。
「残す理由を公開しましょう」
俺はうなずいた。
思い出を口実に浪費を続けるのも、金になるからと何でも売るのも違う。
魔王の私物を一つずつ数えていると、吉岡が古い請求書を見つけた。
そこには『国境警備用』とあるが、納品先は魔王の寝室だった。
「これも軍事費なのか」
ゼルガディスは目をそらした。
笑い話で済ませれば、明日も同じ金が消える。
俺は用途を公開することにした。
だが、宝物庫の奥から、とんでもないものが発見された。
巨大な黒い箱。
そこには、古代魔族文字でこう書かれていた。
【絶対に開けるな】
俺は吉岡を見た。
「……これ、何だ?」
吉岡の顔色が変わった。
「社長。それだけは開けてはいけません」
「……何で?」
「先代魔王様が、厳重に封印されたものです」
「……何が入ってる?」
吉岡は震える声で答えた。
「……分かりません」
「分からない?」
「はい。ただ、封印の際にこう言われたそうです」
吉岡は一拍置いた。
「これを開ければ、魔界そのものが崩壊すると」
沈黙。
俺は箱を見つめた。
「……そんな危険なもの、会社に置くなよ」
その日の夕方、経理部からもう一つ報告が届いた。
「宴会費の一部が、兵士の食料代として処理されています」
「前社長が飯を奢っていたのか?」
「記録上はそう見えます。でも、実際の配給記録と数量が合いません」
エリナは領収書の裏に押された倉庫印を見せた。
倉庫は十年前に閉鎖されている。
「架空の支出かもしれません。売却代金で穴を埋める前に、何が起きたか調べる必要があります」
「会社の金を取り戻すだけじゃ、終わらないんだな」
「はい。誰が損をしたのかも確かめましょう」
俺たちは翌日の調査担当を決め、黒い箱の前へ戻った。
吉岡が封印石の文字を読み上げる。
「開封禁止。理由は……記載がありません」
「『絶対に開けるな』だけで二千年も保管してたのか?」
「先代からの引き継ぎ事項でございます」
「引き継ぐなら理由も書け!」
俺が箱を叩こうとすると、エリナが腕をつかんだ。
「危険物の調査手順を先に決めます。封印を壊すのは、その後です」
「分かったよ。俺だって学んでる」
そのとき、箱の内側から、こつりと音がした。
吉岡が調査票の「危険物」の欄に丸をつけた。
俺は剣を抜かず、扉の外へ一歩下がった。
エリナは金貨三百万枚の一覧に赤線を引いた。
「社長、これは年間の支出として計上されていますが、玉座や浴場は資産です。全部を今年の費用にしていいとは限りません」
「じゃあ、売れば三百万枚戻るのか?」
「戻りません。買った値段と売れる値段は違います。しかも社員が使う浴場なら、売却する前に代替設備が必要です」
俺は『全部売却』と書いた命令書を破いた。
「先に、誰が何を使っているか調べよう」
「それが調査です。怒鳴るより少し時間がかかります」
「俺の剣、帳簿を切るのには使えないんだな……」
その瞬間。
箱の中から声がした。
『……ようやく、誰か来たか』
俺たちは凍りついた。
『待っていたぞ』
低い声。
恐ろしい魔力。
俺は聖剣に手をかけた。
『我を解放せよ』
「……誰だ?」
箱の中の存在が答えた。
『我こそは……』
一拍。
『魔王軍株式会社、創業者である』
「…………」
俺は固まった。
「……創業者?」
『そうだ』
「……何で封印されてるんだ?」
『現経営陣による、不当な追放だ』
「…………」
『我は、会社を取り戻しに来た』
俺はエリナを見た。
エリナも俺を見た。
そして、同時に呟いた。
「……また株主総会か?」




