■第百十八話 魔王と勇者が一緒に就職活動をしたら、面接官が逃げた
故郷への帰省を終えて町に戻り、退任から一か月。
俺は人生で初めて職業紹介所の列に並んでいた。
「希望職種は?」
「……できれば、平和な仕事」
窓口のゴブリンが履歴書を読んだ。
『勇者。
魔王討伐経験あり。
魔王軍株式会社元代表取締役。
世界規模の経営危機対応経験あり』
「経歴が重すぎます」
「俺もそう思う」
その横で、元魔王ゼルガディスも履歴書を書いていた。
「お前まで何してるんだ?」
「わしも働こうと思ってな」
その履歴書の特技欄には『世界征服』と書いてある。
職業紹介所の担当者に勧められ、応募先ごとに履歴書の写しを作っていた。
パン屋と警備会社へ提出する写しでは、特技欄の『世界征服』を外した。
手元の原本には、まだその一行が残っている。
「消せ」
「実績だぞ」
「採用担当者が逃げる!」
「寄付したから金がないのか?」
「いや、暇なのだ」
午前中、二人で受けた最初の面接は、町のパン屋だった。
「パンを焼いた経験は?」と店主。
「ありません」と俺。
「城を焼いた経験ならある」と元魔王。
店主は顔を引きつらせ、奥の厨房へ駆け込んだ。
「ちょっと待っていてくれ!」
そのまま店の裏口から姿を消し、代わりに奥さんが出てきた。
「主人は驚いてしまって……申し訳ありません。今日は面接を終わらせてください」
面接は三分で終わった。
昼前、次は警備会社。
「侵入者への対応経験は?」
「魔王城に侵入しました」と俺。
「魔王城に侵入されました」と元魔王。
面接官は二人の顔を交互に見て、頭を抱えた。
「では、面接を続けます。お一人ずつ追加の質問をさせてください」
採用担当は続けて、俺の能力を詳しく確かめようとした。
侵入経路の発見、夜間巡回の経験、危機への対応。
どれも俺にはできた。
だが最後に『同僚へ報告せず単独で追跡することがあるか』と聞かれ、思わずうなずいた。
「それは困ります。警備はチームの仕事です」
「勇者時代の癖が……」
「癖を直せたら、また来てください」
元魔王は別室で『部下を威圧しない自信はあるか』と問われ、沈黙していた。
二人とも採用を見送られ、警備会社を出た。
次の求人を探そうと職業紹介所へ戻ると、担当者に呼び止められた。
パン屋の店主の妻から、夫が直接謝りたがっているという伝言が届いていたのだという。
俺たちが店に戻ると、店主は深く頭を下げた。
「勇者さん、魔王さん。さっきは怖くなって裏口から逃げた。すまなかった。妻に任せきりにしたことを、直接謝りたかった」
俺が顔を上げると、店主は続けた。
「二人が店に立つのを怖がる客もいると思う」
俺は答えられなかった。
元魔王も口を閉じた。
店主は小さくため息をついた。
「うちには戦争で家族を失った客がいる。パンを売る場所で、その人たちを怖がらせたくないんだ」
「……分かりました」
不採用には理由があった。
俺たちの事情だけで世の中は回らない。
市場のベンチで、俺たちは履歴書を並べた。
「強いだけじゃ駄目なんだな」
「命令できるだけでも駄目らしい」
「俺たち、似てるのかもな」
「不本意だが、否定しきれん」
そのとき、子供が走ってきて聖剣先生の学校へ呼んだ。
俺たちは履歴書を鞄にしまい、学校へ向かった。
教室では、転んだ友達を助ける練習をしていた。
魔族の少年が人間の少女に手を貸し、少女は照れくさそうに礼を言う。
『今日の授業は、助けを求める練習です』と聖剣。
「そんなことまで教えるのか」
『勇者は一人で頑張りすぎましたから』
俺は苦笑した。
授業が終わると校長がやってきた。
「お二人に、定期講師の採用試験へ応募していただきたいのです。今日はお誘いだけです。後日、子供に恐怖を与えない授業案の審査と研修があります。報酬と勤務時間も学校の規定に従っていただきます」
「魔王が学校の規定に従うのか?」と俺。
「元魔王だ。今は応募者だ」とゼルガディス。
俺たちは顔を見合わせた。
世界を支配しようとした男と、世界を救おうとした男が、今度は同じ採用試験を受けることになった。
採用試験は翌月の予定だ。
まずは応募書類と授業案を準備しなければならない。
今度こそ、履歴書に嘘を書かずに働けるかもしれない。
午後、学校を出た俺たちは市場のベンチに腰を下ろし、さっきまでの面接とは違う授業案の相談を始めた。
「魔王を倒したあと、俺は何にでもなれると思ってた」
「わしは魔王を辞めれば、自由だと思っていた」
元魔王が空を見上げる。
「自由というのは、やることがないと案外退屈だな」
「そうだな」
俺たちは、強さを誇るより子どもの質問に答えるほうが難しいと知った。
その日のうちに応募の意思を伝え、翌日、学校の規則に従って二人で応募書類を提出した。
受理された控えを鞄にしまい、授業案の審査と研修に備えることにした。
応募書類を提出した帰り、採用試験までに受ける研修を確認するため、職業紹介所へ立ち寄った。
「教える側も、まず習うところからだな」
「元魔王が研修生とは」とゼルガディスは唸った。
「子どもに降伏を勧告する前に、話の聞き方を覚えろよ」
掲示板の前で、元兵士の男が立ち止まった。
片腕に古い傷がある。
「勇者様でも、仕事探しをするんですか」
「ああ。パン屋の店主に逃げられて、警備会社にも断られたところだ」
男は笑いかけ、すぐに真顔になった。
「俺には、戦う以外にできることがない」
ゼルガディスが訓練案内を指差した。
「わしも同じだ。皿洗いから始めた」
「魔王様が?」
「皿は敵より手強い。落とすと弁償だ」
男が声を上げて笑った。
俺は訓練所の場所を一緒に確かめ、紹介状を書いた。
勇者と魔王の再就職はまだ決まらない。
けれど、今日ここで仕事を探し始めたのは、俺たちだけではなかった。
紹介所を出た帰り道、ゼルガディスが紹介状の控えを眺めていた。
「勇者よ。わしは世界を征服できなかったが、皿洗いのやり方なら教えられる」
「それ、立派な特技じゃないか」
「履歴書に書いてよいのか?」
「書け。面接官が逃げなければな」
さらに翌日、職業訓練所から連絡があった。
元兵士の男が見習いに応募したという。
俺たち自身の採用通知はまだない。
それでもゼルガディスは、手元の履歴書の原本に残っていた『世界征服』をついに二重線で消した。
代わりに【新人指導・食器洗浄】と書き、俺に見せた。
「どうだ」
「……前よりずっと採用したくなる」




