↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
109/120

■第百九話 元敵商会長が魔王軍の監査役になり、社長室が静かになった

既存の監査役に加え、株主総会で新たに監査役に選任された元敵商会長グレゴール。

その就任初日の朝、社長室の扉には新しい札が掛かっていた。

【監査対象資料保全中につき、資料保管区画への関係者以外の立入禁止】

「ここ、俺の部屋なんだけど! 仕事はどこでするんだ!」

扉の向こうから、聞き慣れた嫌味な声が返ってきた。

「会社の部屋だ。社長個人の城ではない。監査資料のある一角だけを封印して保全する。資料の搬出を避けるため、通常の決裁は一時的に隣の会議室へ移してもらう」

「それを元敵に言われると腹立つな!」

グレゴールはかつて、人間王国の商会を率いて魔王軍との取引を妨害した男だ。

戦争の時代には俺を裏切り者と呼び、商業会議所で散々罵った。

そんな男を監査役に迎えたのは、ほかでもない俺だった。

「味方だけで監査したら、見落とすものがあるだろ」

エリナは監査役への就任に先立ち、三つの確認事項を提示していた。

監査報告を経営陣が書き換えないこと。

監査役が過去に関わった取引は別の担当者が調べること。

監査結果は社員代表にも示すこと。

グレゴールは一つずつ確認して署名した。

「私は君が嫌いだ。だが数字はもっと嫌いになれない」

「数字が好きって言い方、ほかにないのか」

就任初日の午後、彼は港の契約書に赤い印を付けた。

「この倉庫賃料は高すぎる。しかも貸主は、私が昔出資した会社だ」

「自分の取引を告発するのか?」

「だから私が結論を出してはいけないと言っている。既存の監査役と外部監査人に調査と判断を任せ、私はこの案件から外れる」

俺は思わず目を見開いた。

敵だった男の口から、真っ先に自分の利益を疑う言葉が出るとは思わなかった。

外部監査人が来るまで、倉庫契約の更新は保留になった。

港湾組合から抗議が届く。

《倉庫が使えなければ、魚が腐る》

「監査のために現場を止めるわけにはいかない」と俺。

グレゴールは机を叩いた。

「業務を止めないための暫定契約を、執行側で検討すべきだ。私は契約案を決める立場ではない」

「それなら、エリナと港湾担当者に案を作ってもらおう」

「商売をしていれば普通に考える。君はすぐ剣を抜くから知らんだけだ」

「最近は抜いてないだろ!」

「抜かない剣を持って歩くのも、なかなか奇妙だ」

聖剣が鞘の中から抗議した。

『私にも監査を受ける権利がある!』

「お前は何を監査してほしいんだ」

『研磨費だ。

昨年から予算が減っている』

「また経費の話かよ!」

笑いが起きたのは、その一度きりだった。

短期契約の可否を判断するため、エリナと港湾担当者が現地調査を行い、俺も同行した。

グレゴールは審査担当ではなく、過去の取引の経緯を説明する証言者として現場に立ち会った。

質問も当時の契約内容を確認するためのもので、監査報告の作成や判断には加わらない。

監査上の判断は、既存の監査役と外部監査人に任せる。

帳簿では広大な保管施設になっているが、実際には半分の建物が空だった。

「魚が腐ると言っていたのに、使ってない倉庫があるじゃないか」

港湾組合長は苦い顔をした。

「雨漏りするんだ。修繕費が出ず、閉めている」

「なのに賃料は全棟分?」

グレゴールが尋ねると、組合長は古い契約書を差し出した。

倉庫を借りる会社には、修繕費の負担義務がなかった。

貸主は契約更新のたびに賃料を上げ、修理は先延ばしにしていた。

「昔の私は、この条項で儲けた」

グレゴールが静かに言った。

「お前が書いたのか?」

「直接ではない。だが、この契約方式を商会に広めたのは私だ」

組合長は怒りを隠さなかった。

「なら、今すぐ金を返してくれ。魚を守るために借金したんだ」

俺はグレゴールを見た。

彼は目を逸らさず答えた。

「私個人が負うべき債務か、会社が負うべき債務か、まず確かめる。逃げるつもりはないが、約束できない金額を口にするのも無責任だ」

「監査役のくせに、言い訳が上手いな」

「商人だったからな」

俺たちは空の倉庫を一つずつ見て回った。

屋根の穴から光が落ち、床には古い麻袋が散らばっていた。

隣の棟では、職人が腐りかけた木材を取り除いている。

エリナが修繕の見積もりを取り、吉岡が代替倉庫の空きを調べた。

エリナと港湾担当者が、短期契約の対象を使用可能な棟だけに限定し、修繕の責任を貸主に戻す案をまとめた。

貸主との条件確認を終えた後、エリナが執行側の決裁権限に基づいて暫定契約を承認し、港湾担当者が締結を進めた。

グレゴールは利害関係を申告し、この判断には加わらなかった。

「これなら今夜の荷は守れる」

組合長は少しだけ表情を緩めた。

だが、外部監査人が到着すると新たな問題が見つかった。

グレゴールの旧商会は、倉庫の貸主に出資しているだけではない。

修繕を請け負う工務店にも資金を貸していたのだ。

「つまり修繕が必要になれば、あんたの昔の仲間が儲かる?」

俺の問いに、グレゴールは頷いた。

「その可能性がある。だから入札の選定にも私は加わらない」

監査人は関係者一覧を作り、入札参加企業の実質的な出資者を公開するよう求めた。

「そこまで調べるのか」と俺。

「社長が信頼しているかどうかではなく、他人が検証できるかどうかです」と監査人。

帰り道、グレゴールは港を眺めていた。

「敵の会社へ入るより、自分の昔の商売を調べる方が怖いものだな」

「辞めるか?」

「いや。私が辞めても契約は残る。だったら、最後まで見届ける」

翌週、修繕工事の入札は三社で行われた。

最も安い会社ではなく、雨季までに屋根を直せる工程を示した会社が選ばれた。

価格だけで決めない理由も、議事録に残された。

組合長は完成した屋根を見上げて言った。

「今度は、誰が得をしたかより、魚が濡れないかを見ればいいんだな」

グレゴールは苦笑した。

「それが本来の倉庫の仕事だ」

監査の途中、グレゴールは退任予定を祝う食事会の予算申請を差し戻した。

「祝うなとは言わん。だが、社員全員の昼食代より高い飾り花はいらん」

ボルドは献立を見直し、余った予算を食堂の椅子の修理に回した。

俺は監査役に礼を言おうとして、彼の赤ペンが次の書類に向かうのを見た。

敵だった男に仕事を任せられる。

それが何よりの変化だった。

夕方、グレゴールは俺に古い請求書を差し出した。

戦争中、彼の商会が魔王軍へ食糧を売った記録だった。

「これは私の汚点だ。取引で利益を得た一方、王国では魔王軍と商売した者を非難した。私は他人を責める資格があるのか、ずっと考えていた」

「だから監査役を引き受けた?」

「資格があるかは分からん。ただ、私の過去を隠したまま監査する方が悪い」

エリナは請求書を受け取り、利益相反の事実を既存の監査役と外部監査人に報告した。

監査報告への記載内容は、経営陣ではなく監査担当者自身が判断する。

「隠さないことが、信頼の始まりです。信用してもらえるかどうかは、これからの仕事で決まります」

グレゴールは苦笑した。

「厳しいな、次の社長は」

「まだ候補です」とエリナ。

「なら候補のうちから厳しくしておくといい。社長になってからでは、誰も注意してくれなくなる」

俺はその言葉を覚えておこうと思った。

監査報告の公開日、港の労働者たちが会議室へ来た。

監査報告の結論は、担当した既存の監査役と外部監査人が説明した。

グレゴールは判断には加わらず、求められて過去の契約経緯を証言し、雨漏りした屋根の写真を机に並べた。

契約の欠陥が現場で何を起こしたか、全員が見られるようにするためだ。

組合長は補償の交渉を続けると宣言したが、監査報告の公表には賛成した。

グレゴールは「私の名も削らないでくれ」と言った。

エリナは頷き、経営側の再発防止計画に実施期限と担当者を明記した。

監査報告書そのものには手を加えなかった。

責任を認めることと、責任を果たすことは違う。

俺はようやく、その差を理解し始めた。

翌朝、社長室の扉から札が外れていた。

代わりに小さな箱が置かれている。

【監査役への匿名意見箱】

最初の投書は吉岡だった。

《社長が会議の資料を読まずに出席します》

「吉岡、お前な!」

グレゴールは嬉しそうに赤ペンを握った。

匿名意見箱の投書を受け、グレゴールは次の監査項目として会議資料の事前配布と閲覧記録を挙げた。

「社長にも、読んだかどうかを確認するぞ」

「そこまで監査するのか!」

「現場の失敗だけを調べて、経営者の怠慢を見逃すわけにはいかん」

「……最初の改善指摘は俺か」

俺はこの男を監査役に推薦したことを、ほんの少し後悔した。

だが、その後悔こそ必要なのだとも思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。