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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第百六話 次期社長候補が、勇者の給料を公開した

俺の給料が社員食堂の壁に貼り出された。

朝食のパンを齧った瞬間、百人近い視線が一斉にこちらへ向いた。

張り紙の一番上には、大きくこう書かれていた。

【代表取締役ジーク 報酬明細・公開版】

「誰だ、俺の給料を献立表の横に貼った奴は!」

「私です」

エリナが湯気の立つスープを運んできた。

「次期社長候補として、経営の透明性を確認しています。役員報酬の開示は株主総会で承認されています」

「承認した覚えがない!」

「社長も賛成票を投じています」

「過去の俺を訴えたい」

社員たちは笑ったが、張り紙を見た工房長だけは眉を寄せた。

「戦時特別手当、まだ付いてるんですか」

「何?」

明細には確かに、月額の報酬とは別に《勇者危険任務加算》と書かれていた。

魔王城へ乗り込んだ頃の制度だ。

今は戦争が終わり、俺が危険任務に出ることもほとんどない。

「これ、誰が更新してる?」

吉岡が帳簿を持ってきた。

「自動継続です。旧軍の規程が会社化の際に残りました」

「止めろ」

「止めるだけでは済みません」とエリナ。

「同じ規程で支給された他の役員手当も調査が必要です」

会議室には、元魔王ゼルガディスと労働組合の代表、監査担当者が集まった。

「不正受給と断定するのは早い」と監査担当者。

「じゃあ正しいのか?」

「規程上は適法です。しかし制度の目的と現在の業務が一致していません」

エリナが黒板に二つの数字を書いた。

一つは俺の報酬。

もう一つは夜間清掃員の平均給与だった。

「差があること自体が問題とは限りません。責任や労働時間も違います。ただ、なぜその差が必要なのか、説明できなければいけません」

労働組合の代表が手を挙げた。

「社長の報酬を下げれば、うちの給料が上がるんですか?」

俺は口を開きかけたが、エリナに止められた。

「計算します。社長一人の手当を廃止しても、全社員の給与を大幅に上げる原資にはなりません。だからこそ、制度全体を見直します」

安易な美談で終わらせない。

エリナはそう決めているらしい。

「じゃあ俺の手当は返す。それと、他の役員の分も調べる。必要な手当は残すが、理由のないものは廃止する」

「社長の返還額は、過去の支給根拠を監査してから決めます」とエリナ。

「自分の給料を返すのにも手続きがいるのか!」

「勝手に返すと帳簿が合わなくなります」

その日の午後、エリナは報酬の監査を社長室だけで終わらせなかった。

工房、港、清掃班を回り、制度が実際にどう使われているか確かめると言い出した。

「俺も行く」

「資料は読みましたか?」

「今から読む」

「では歩きながら質問します」

最初に訪ねた工房では、炉の前で働く職人が厚い手袋を外していた。

「危険手当は付いていますか?」

エリナが尋ねると、職人は首を横に振った。

「昔は付いてた。でも設備が新しくなって危険が減ったから、手当もなくなったんだ」

「設備は本当に安全になったのか?」

俺が聞くと、職人は新しい排気装置を指した。

「前よりずっと安全だ。そこは文句ない。ただ、点検で炉を止める時間が給料に入らないのが困る」

エリナは手帳に書き留めた。

「危険手当を戻すより、点検を正式な勤務時間にした方がよさそうですね」

次に港へ行くと、荷役の監督が波止場の時計を示した。

「夜勤手当はある。でも船が遅れた日は、待機時間の扱いが曖昧だ。働いていないから払わないという上司もいる」

「待機を命じたなら仕事だろ」

俺が言うと、監督は困った顔をした。

「社長がそう言ってくれるのは助かるが、次の上司が同じことを言うとは限らない」

その一言が刺さった。

俺の一声で片づく制度では、俺がいなくなった瞬間に元へ戻る。

エリナは港湾規程の改定案を作り、現場代表と監査役の確認を経てから施行すると約束した。

最後に清掃班を訪ねた。

夜間清掃員の女性は、報酬明細を見ても怒ってはいなかった。

「社長が高い給料をもらうのは、別にいいんです。何かあったら最後に責任を取る人でしょう」

「そう言ってもらえると助かる」

「でも、私たちの仕事は見えないから、何も起きなければ評価されません。廊下が滑らなかったことを、誰も数えないんです」

俺は言葉に詰まった。

清掃の失敗は事故になるが、成功は当たり前として見過ごされる。

「何を変えればいい?」

「事故件数だけじゃなく、予防のためにやったことも見てほしい。滑りやすい床を見つけて報告した回数とか」

エリナは頷いた。

「評価項目にできます。ただし報告数だけを競わせると、不要な報告が増えます。現場と一緒に基準を決めましょう」

社長室に戻る頃には、俺の靴は港の泥で汚れていた。

エリナの手帳は書き込みで真っ黒だ。

「今日の調査、給料の話だけじゃなくなったな」

現場調査を終えた夕方の給与公開説明会で、若いゴブリンが俺に尋ねた。

「社長の給料より、夜勤手当の計算方法を知りたいです」

俺は答えられず、エリナに目を向けた。

彼女は説明書を一緒に作ろうと提案した。

公開とは壁に数字を貼ることではなく、読んだ人が質問できる状態を作ることだ。

公開から三日後、食堂の掲示板には社員からの質問が並んだ。

【社長が休んだ日に事故が起きたら、誰が決めますか】

俺は答えられなかった。

エリナが代理決裁の手順書を持ってくる。

「休暇予定だけでは改革になりません。社長不在でも判断できる仕組みが必要です」

俺たちは現場責任者と一緒に緊急時の連絡順を決めた。

翌週、食堂の掲示板には質問と回答が並んだ。

「役員報酬は会社全体の制度とつながっていますから」

監査役から連絡が入った。

旧軍の手当を廃止するには、規程の改定だけでなく、過去の受給者全員への説明が必要だという。

「面倒だなあ」

「面倒な手続きを、次の社長に押しつけずに済ませるのも引き継ぎです」

俺はようやく資料を読み始めた。

自分の給料のことなのに、知らない制度がいくつもあった。

昼休み、俺は社員食堂へ戻った。

壁の明細には、新しい紙が一枚追加されていた。

【役員報酬に関する質問受付】

その下に、子供のような字で書き込みがあった。

《社長の休暇は何日ですか?》

吉岡が勤務記録を確認する。

「昨年度の取得実績は零日です」

「そこまで公開する必要ある?」

「社員に休めと言いながら、社長が休んでいないのは問題です」と工房長。

俺は反論できなかった。

病気で倒れた社員に休暇を取らせたことはある。

なのに自分だけは、いつも仕事を理由に休まなかった。

エリナは壁の前で、次期社長候補としての条件を宣言した。

「私は社長になっても、休日を取ります。代理決裁者を育て、私がいなくても会社が動くようにします」

ゼルガディスが大きく頷く。

「勇者よ。お前が一日休んだ程度で崩れる会社なら、今のうちに作り直すべきだ」

「元魔王に働き方を説教される日が来るとはな」

「私も昔は、部下が寝ていると不安だった。結果として皆が疲弊した」

俺は食堂の壁に、もう一枚だけ紙を貼った。

【社長休暇予定 来月三日】

拍手が起きた。

俺の給料が下がるときより、大きな拍手だった。

「なんでそこが一番盛り上がるんだよ!」

エリナは笑って答えた。

「会社が社長一人のものではなくなった証拠ですよ」

翌朝、吉岡が休暇申請を正式に受理し、掲示板の俺の名前の下に、小さく【代理者あり】と書き足した。

給料の数字より、その四文字の方がずっと頼もしかった。

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