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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第百五話 魔王に感謝状が届いた日、勇者は社長を辞めたくなった

感謝状を渡す日、学校の廊下には給食の匂いが漂っていた。

子どもたちはゼルガディスの名前を大きく書いた紙を抱え、本人は角を磨いて待っている。

「式典は得意だ。昔は国民が三時間ひざまずいておった」

「今日は三分で終わらせろ。午後の配送がある」

元魔王は不満そうだったが、壇上で子どもたちの顔を見た途端、妙に静かになった。

ところが式が終わりかけたとき、一人の母親が手を挙げた。

「今日の給食には感謝しています。でも、うちの夫は昔の魔王軍に連れて行かれたままです」

拍手が止まった。

ゼルガディスは感謝状を持つ手を下ろした。

「名前を教えてくれ」と彼は言った。

「名前だけ聞いて、何になるんです?」

「今は、何にもならぬかもしれん。だが、聞かぬまま感謝状だけ持ち帰ることはできぬ」

母親は夫の名前と最後に見た日を告げた。

吉岡が記録用紙を差し出すと、彼女は首を振った。

「まず、あなたが覚えてください」

元魔王は何度も口の中でその名を繰り返した。

子どもたちは黙って待った。

礼を言われる日が、過去の責任を消してくれる日ではないことを、誰も説明する必要がなかった。

式典が終わり、学校の帰り道でリリという少女が俺の袖を引いた。

「社長さん、感謝状って、誰に渡せばいいの?」

「書いてある相手に渡せばいいんじゃないか」

「でも、名前を書いたのは先生なの。給食を運んだのはボルドさんと、荷車を押したおじいちゃんたちだよ」

俺は返事に詰まった。

ゼルガディスの名前は目立つ位置に大きく書かれている。

彼が食料庫を開放したのは事実だ。

だが、空腹の子供へ温かい皿を運んだ手は何十本もあった。

ボルドを呼ぶと、彼は感謝状を見て顔を赤くした。

「俺は料理しただけだ。荷車を直したガンドルがいなけりゃ、全部冷めてた」

「俺は車輪を直しただけだ。材料を集めた村の人間がいなきゃ、車輪だけ運ぶところだった」

誰も功績を独り占めしない。

その光景を見ながら、俺はずっと自分が恐れていたことに気づいた。

俺が退任した途端、会社が止まることではない。

止まらずに動いてしまうことだった。

エリナに辞表を見せると、彼女は破らずに机へ置いた。

「退任を考えるのは構いません。でも、次の人に何を渡せるか書いてからにしてください」

「社長の仕事って、山ほどあるぞ」

「山を一人で抱えていたことが問題なんです」

俺たちは部署ごとの決裁権限を洗い出した。

最初の一件は給食の配達経路。

俺の印鑑を待たず、現場の担当者が橋の通行止めを避けて変更できるようにした。

翌朝、ゼルガディスは感謝状を給食室へ運んだ。

表には彼の名、裏には配達係と調理員、農家と車輪を直した職人の名が書き加えられている。

「玉座に飾らないのか?」と俺。

「玉座に飾るつもりはない。ここなら皆が見られる」

給食係のボルドは、汚れた手を拭いてから紙に触れた。

「おれの名前なんか、初めて賞状に載ったよ」

元魔王は胸を張りかけ、すぐにやめた。

俺はエリナに退任の相談を続けた。

彼女は辞表を引き出しにしまわず、机の上へ置いた。

「社長が辞めても止まらない会社にする。それが引き継ぎの条件です」

「条件が厳しいな」

「戦争をやめるよりは簡単です」

「比較対象がおかしい!」

その日、給食の配送先から橋の通行止めの知らせが来た。

俺が指示を出すより早く、現場責任者が別の道を選び、学校に五分早く届けた。

「社長の決裁は?」

「不要です。昨日、通常配送の経路変更は現場責任者が決められるよう、決裁権限を委譲しましたから」とエリナ。

俺は何もしていない。

少し寂しくて、驚くほど嬉しかった。

夕方、母親から追加の手紙が届いた。

夫の行方を調べるため、古い軍の記録を閲覧したいという。

ゼルガディスは返事を書く前に俺を見た。

「この件は、わしが引き受ける」

「一人で決めるなよ。調査する人と、本人の希望を確かめろ」

「……そうであったな」

元魔王は感謝状の裏に並ぶ名前を見た。

感謝されたのは自分一人ではない。

それを知ったからこそ、俺も辞表を机に置く勇気が湧いた。

俺も机の辞表を見た。

誰か一人が英雄である必要のない会社なら、俺が去る日もきっと迎えられる。

引き継ぎの最初の会議で、エリナは白紙の組織図を壁に貼った。

俺がいつも署名していた案件を一つずつ挙げ、誰が判断できるかを確かめる。

「食堂の献立変更」

「ボルドでいいだろ」

「配送経路」

「運送組合の責任者」

「魔王城の大規模修繕」

「……それは取締役会だな」

ゼルガディスが不満そうに手を挙げた。

「わしの部屋のカーテンは?」

「自分の給料で買え」と俺。

「元魔王に対する敬意はないのか!」

「経費と敬意は別だ」

吉岡がその一言を議事録に書き込んだ。

書くな。

会議の後、リリが給食室から駆けてきた。

「社長さん、明日の給食は少し遅れるかもしれないって」

橋の修理が予定より長引いているらしい。

俺は反射的に予定表を開きかけたが、エリナが止めた。

「現場から代替経路への変更報告が来ています。経路の判断は担当者に任せ、学校への連絡だけ確認しましょう」

「でも、失敗したら?」

「責任を押し付けない仕組みも必要です。失敗の報告ができなくなったら、権限を渡した意味がありません」

俺は机に手を置いた。

人を信じるというのは、成功だけを期待することではないのかもしれない。

翌日の昼、学校に届いた鍋はまだ温かかった。

子どもたちは何事もなかったように列を作る。

ボルドは俺を見つけ、照れくさそうに言った。

「今回は俺たちで決めた。文句があったら言ってくれ」

「文句はない。……ただ、一つだけ」

「なんだ?」

「俺にも一杯くれ」

元魔王が横から皿を差し出した。

「わしも働いたぞ!」

「カーテンの話しかしてないだろ!」

リリが笑った。

俺はその笑い声を聞きながら、辞表の日付を急いで決める必要はないと思った。

渡すべき仕事を渡してから、次の道を選べばいい。

リリは俺の袖を引いた。

「社長さん、辞めたらもう学校に来ないの?」

「そういうわけじゃない。今度は仕事じゃなく、給食を食べに来る」

「じゃあ、おかわりは一回までね」

ゼルガディスが横から口を挟んだ。

「元魔王は二回よいか?」

「だめ!」

子どもに即答され、元魔王は肩を落とした。

俺は笑った。

昔は彼の一言で国が震えたのに、今は給食のおかわりさえ思いどおりにならない。

それを不幸だと思う者は、ここには一人もいなかった。

社長を辞めたいと思ったのは、逃げたいからではない。

俺がいなくても、この光景が続く会社にしたかったからだ。

翌朝、俺はエリナに「後継者を選ぶ手続きは、俺の指名だけで決めないでくれ」と頼んだ。

彼女はうなずき、選考委員会の準備表を差し出した。

辞表より先に渡すべきものが、そこに並んでいた。

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