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魔王軍が株式会社になったので、勇者が株主総会で魔王を追放した  作者: レモンティー


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■第十話 スケルトン社員が健康診断を要求したので、医者が全員逃げ出した

新社長就任、一週間目。

俺は社員食堂で昼食を取っていた。

今日のメニューは、オーク特製の肉料理。

なかなかうまい。

「……魔王軍の飯って、意外とうまいんだな」

隣に座った吉岡がうなずいた。

「弊社では、社員食堂の満足度が高いのでございます」

「へえ」

「ただし、スケルトン社員からは苦情が出ております」

「……スケルトン?」

「はい」

「骨しかないだろ?」

「そのとおりでございます」

「何が不満なんだ?」

吉岡は真剣な顔で答えた。

「食べられないのに、食堂利用料が給与から天引きされているそうです」

「…………」

俺は箸を置いた。

「……それは駄目だろ」

「はい」

「すぐに改善しよう」

「承知いたしました」

そのとき、食堂の入口から、スケルトンの集団が現れた。

全員、白衣を着ている。

先頭のスケルトンが叫んだ。

「社長!」

「……何だ?」

「健康診断を要求します!」

「……健康診断?」

「はい!」

俺は首をかしげた。

「お前たち、骨だけだろ?」

「だからこそです!」

スケルトンは胸を張った。

「最近、関節のきしみがひどいんです!」

「……関節?」

「はい!」

「骨粗しょう症とか?」

「それです!」

「……本当にあるのか?」

「分かりません!」

「分からないのかよ!」

スケルトンたちは一斉に叫んだ。

「健康診断!」

「健康診断!」

「健康診断!」

俺は頭を抱えた。

「……分かった。実施しよう」

翌日。

魔王軍株式会社は、全従業員を対象とした健康診断を開始した。

人間界から医師を百人招いた。

魔族の診療経験者は、そのうち三人だけだった。

診察室には、長蛇の列。

最初の患者はオークだった。

「次の方!」

「はい!」

オークが診察室へ入る。

医師は血圧を測った。

「……高いですね」

「戦闘中はもっと上がります!」

「塩分を控えてください」

「分かりました!」

順調だった。

次はゴブリン。

「最近、腰が痛いんです」

「長時間の事務作業が原因ですね」

「やっぱり!」

これも問題ない。

だが、三人目。

スケルトンが入ってきた。

「よろしくお願いします!」

医師は聴診器を当てた。

沈黙。

「…………」

医師は首をかしげた。

もう一度、聴診器を当てる。

「……心音が聞こえません」

スケルトンが答えた。

「心臓がありませんので!」

「…………」

医師は脈を測ろうとした。

「……脈がありません」

「血液がありませんので!」

「…………」

医師は体温計を取り出した。

「……体温が室温と同じです」

「骨だけですので!」

医師は立ち上がった。

「……私には診察できません!」

そして逃げ出した。

隣の診察室でも悲鳴が上がった。

「患者の頭が外れた!」

「それ、普通です!」

「肋骨が全部見えてる!」

「最初からです!」

「この患者、百年前に死亡してるぞ!」

「アンデッドですので!」

医師たちは次々と逃げ出した。

一時間後。

百人の医師のうち、九十八人が退職を申し出た。

「……何やってるんだ」

俺は頭を抱えた。

エリナが静かに言った。

「ジーク様。人間用の健康診断を、そのまま魔族に適用するのは無理があります」

「……確かに」

「種族ごとの健康管理制度が必要です」

「なるほど」

俺は少し考えた。

「オークは生活習慣病」

「はい」

「ゴブリンは腰痛」

「はい」

「ドラゴンは?」

「鱗の状態、翼の筋力、火炎器官の検査ですね」

「……スケルトンは?」

エリナは少し考えた。

「骨の摩耗、関節の接合状態、魔力循環の検査でしょうか」

「……なるほど!」

俺は立ち上がった。

「魔族専門の健康診断を作ろう!」

診察が終わった夕方、俺は逃げずに残った二人の医師を訪ねた。

一人は若い女医のリゼ。

もう一人は、百年前からアンデッドを研究している老魔術師だった。

「人間の医学書では、心臓が止まっていれば死亡です」

リゼが診断票を掲げる。

「ところが彼らは普通に会話して働いています。異常なのは患者ではなく、検査項目の方です」

「それを最初から言ってくれれば、九十八人も逃げなかったのに」

「事前資料に『社員はおおむね人型』としか書いてありませんでした」

俺は吉岡を見た。

「スケルトンも人型でございます」

「間違ってないけど大事なところを省くな!」

医師たちには、種族別の検査手順を事前に伝えていなかった。

俺は残った二人に、現場の症状から検査方法を組み立ててほしいと頼んだ。

検査室で、スケルトンの女性が小声で訴えた。

「骨のひびより、夜勤明けに指が動かないのが怖いんです」

医師は初めて問診票に症状を書いた。

骨密度だけを測れば終わると思っていた俺は、彼女の作業台を見に行った。

重い箱を同じ高さまで何百回も持ち上げている。

診断と同時に、棚の高さを変えることにした。

病気を見つけるだけでは、働く場所は良くならない。

診察台に座った別のスケルトンの胸骨には、三年前の攻城戦で生じたひびが残っていた。

本人は痛みを感じず、放置していたという。

リゼは骨の強度と魔力循環を別々に測る試験を提案し、過去の負傷と現在の作業負荷を記録した。

新しい判定基準を作るための、最初の症例になった。

エリナが一枚の資料を持ってきた。

「ジーク様」

「何だ?」

「新しい事業が生まれそうです」

「……新しい事業?」

「魔族専門の医療サービスです」

「……あ」

俺は目を見開いた。

「他の魔族にも売れるのか?」

「はい。魔界全域に需要があります」

「……なるほど!」

魔王軍株式会社。

新規事業第一号。

【魔族専門健康診断サービス】

こうして、ブラック企業改革が新しい事業の種になった。

ただし、一つだけ問題があった。

健康診断を受けたスケルトン社員の一人が、診断書を持ってきたのだ。

「社長!」

「何だ?」

「私、骨密度が低いそうです!」

「……そうか」

「ですから、骨休めを申請します!」

「……骨休め?」

「はい!」

「何日?」

「百年です!」

「長すぎるだろおおおお!」

リゼは検査で異常が見つかった社員を修理工房と産業衛生担当につなぎ、必要に応じて作業内容を変える仕組みも提案した。

その日の夕方、最初に食堂利用料の返還を受けたスケルトンが、俺の机に小さな骨片を置いた。

「これは?」

「検査で見つかった、折れかけていた指の骨です。気づかず働いていたら、荷車の下敷きになっていたでしょう」

彼は笑うように顎を鳴らした。

「骨だけだから痛くないと思われる。でも、壊れたら困るんです」

俺は返還伝票の控えに署名した。

検査制度を作った成果は、売上の欄には載らない。

それでも、明日も荷車を押せる社員が一人増えた。

診療所の裏では、整備担当のスケルトンが右腕を外していた。

関節を留める金具が擦り切れている。

「三日前から歯車を持てなくて。休むと給料が減るので、左手だけで働いていました」

「痛みは?」

「あります。でも、骨に痛みがあると言うと笑われるんです」

リゼは黙って関節を観察し、魔力の流れを測った。

「骨そのものではなく、接合に使う魔力が漏れています。修理工房と連携すれば改善できるかもしれません」

「診察室で修理するのか?」

「本人が望むなら。けれど勝手に分解してはいけません。患者ですから」

その言葉で、俺はようやく自分が「骨しかない」と笑ったことを思い出した。

「すまなかった。お前たちが困っていることを、俺は冗談だと思った」

スケルトンは頭をかいた。

頭蓋骨なので、かすかな音がした。

「社長、謝るなら受診料の方も何とかしてください。食堂利用料の返還は助かりましたが、検査代まで自腹では受けられません」

「分かった。業務上必要な健診は会社が負担する!」

エリナは検査項目を三つに分けた。

全種族共通の問診、種族別の機能検査、専門工房による整備相談だ。

さらに、検査結果を人事評価に流用しないと明記した。

病気を隠す社員が出れば、制度は意味を失う。

「費用はどこから出す?」

俺が聞くと、エリナは天引きされていた食堂利用料の返還額を示した。

「まず不当な徴収を返し、そのうえで会社の安全衛生費から支出します。新規事業の売上を先取りしてはいけません」

「経営って、売れそうだと思うだけじゃ駄目なんだな」

「今ごろ気づきましたか」

翌週、修理を終えたスケルトンが工具を握り直した。

「これなら仕事ができます。でも、今度はちゃんと休みも取りますよ」

「もちろんだ」

診断票の最下段には、リゼの提案で新しい欄が加わっていた。

【本人が困っていること】

数字にできない不調を見落とさないための、小さな一行だった。

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