↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツグミノミ〜魔獣たちに贈る終の診療録〜  作者: 透羽柚紀
CASE 01 神獣と呼ばれた魔獣
PR
9/11

CASE 01 完結1-8 神獣と呼ばれた魔獣 イルミルカル

ガルシアはしばらくの間、森の声を聴きながら、老樹を見上げていた。


「私たちは村に戻るね」

 ツグミの言葉に、ガルシアの耳が反応した。


「……俺も行こう」

「ガルシアも?」

「リナが亡くなったことを伝えたい」


 人間とのわだかまりなど、今のガルシアにはどうでもよかった。

 ただ、神として敬われたリナの死だけは伝えたかった。

 ガルシアなりの人間への歩み寄りに感じられた。


「わかった、一緒に行こう」

 ツグミとラグ、その後ろからガルシアがついて歩いた。

 三人は森の出口へ向かって歩き始める。


 朝日が木々の隙間から差し込み、長い影を地面へ落としていた。



 *******************



 森と村の境界線。


 木々が途切れ、村との境界が見えてきた。

 たった一晩という森での時間が、とても長く重たく感じられた。


 ラグがようやく一息ついた時、鋭い叫び声が聞こえた。


「イルミルカルだ!」

「魔獣だ!」


 恐怖。

 悲鳴が立ち上がる。


 村の入り口には、おそらくこれから討伐に出る予定だった村人が数十人と集まっていた。

 手には槍、斧、弓。

 今にも襲いかかってきそうな圧を感じる。


「やられる前に殺せ」

「皆、構えろ!」


 弓が一斉に引き絞られる。

 ガルシアは足を止めた。


 逃げない。

 牙も剥かない。

 視線だけが静かに村人たちを見つめていた。


「待って!」

 ツグミが一気に飛び出した。

 ガルシアの前に、盾になるように両手を広げた。


「だめ! 彼を傷つけないで」

「どけ!よそ者が。お前たちは知らないだろうが、そいつは狂暴な魔獣だ」


 村人の怒号に、ガルシアに向けられる。

「違う、ガルシアもリナさんも別に人を攻撃したかったわけじゃないの」

「おまえは誰の味方だ!?」


 ツグミは言葉を失った。

 誰も武器を下ろそうとはしない。


 張りつめた空気の中、一人の男が弓を構えた。

 矢じりがガルシアの胸を真っすぐ狙う。

 ツグミは一歩も退かなかった。


「ツグミさん!」

 ラグの焦った声。

 キリキリと弓を張る音。


 静かなガルシアの呼吸。

 恐怖と不安で混乱する村人たちの声。


 張り詰めた緊張感がいつ切れてもおかしくなかった。

 誰がケガをするか。

 ギリギリのところだった。


「そこまでにしろ」

 低く、よく通る声が周囲の喧騒を沈めた。

 引き絞られていた弓が一斉に止まる。


 村人たちが道を開けた。

 人垣の向こうから、深い緑色の外套をまとった一団がゆっくりと姿を現した。


 ツグミは先頭に立つ男の姿を見て、わずかに目を細める。


「……クロード」

 神経質そうな眼鏡の男が、声に反応した。


 眼鏡の奥の瞳が、ツグミを捉えた。

「生きていたのか」


 歓迎の色はない。

 相も変わらずの反応に、ツグミは苦笑した。


「なんとかね」

 ラグは二人を交互に見た。


「知り合いなんですか?」

「王宮にいた頃の同僚」

 ツグミが答える。


 クロードは返事もせず、周囲へ視線を巡らせた。

 森は静かだった。


 幻惑の気配はない。

 村人たちに不安や恐怖あるものの、惑わされている様子はない。


 ガルシアもまた、微動だにせず立っている。

 クロードは静かに口を開く。


「終わったのか」

「うん。リナさんは無事に、逝ったよ」


 ツグミの視線が、ガルシアに向けられる。

 ガルシアが一歩前へ出た。


「……番は眠った」

 村人たちは「喋った!」と叫びだした。


 魔獣の中でも人の言葉を話すのは、非常に稀だ。

 王宮生守師のクロードだけが片眉をあげるだけにとどめた。


「イルミルカルの暴走を鎮めたのか」

 ツグミは首を横に振る。


「暴走はしなかった。ただ少しだけ、混乱しただけ」

「銀笛を吹いたのか」


 ツグミは、こくんと頷く。

「……一人で、銀笛を吹いて、イルミルカルの暴走を止めたのか」


 クロードの言葉に、背後にいた王宮生守師たちがボソボソと騒ぎ出す。

 ツグミの見覚えがある者はない。


「一人でイルミルカルの暴走を止めるなんてあり得るわけがありません」

 背後にいた生守師の一人が、叫んだ。


「嘘をついているとしか思えない! 複数人でようやく止めることができる高位魔獣ですよ!」


 クロードは、若き生守師の目を見てため息をついた。

「教科書どおりだな」

「違うんですか?!」


 背後の生守師たちが、ざわつく。

「いや、おまえたちの知識は間違っていない。正しい対応の仕方だ。だが、常識や基本対応の例外にいるものがいるということだ」


 クロードはチラリと、ツグミを横目に皮肉げに笑った。

「教科書は、お前たちが死なないためにある。どんな世界にも、例外というものがある」


「……例外?」

「イルミルカルほどの高位魔獣が暴走した場合、複数人で魔力を紡ぐ銀笛は複数人で奏でる。互いの魔力を繋ぎ、一つの旋律を維持する」


 クロードは言い切った。

「俺が知る限り、王宮でも、これほどの暴走を一人で鎮められる生守師はいない。こいつをのぞいて」


 ラグは呆然と、ツグミを見上げた。

 昨日の夜、ツグミは疲れた様子を見せながらも、最後まで笛を吹き続けていた。

 それがどれほど規格外のことだったのか、今になってようやく理解した。


「ツグミさんって……天才だったんですか?」

 ツグミは首を横に振った。


「違うよ。私は天才でもなんでもない」

 ツグミの視線がガルシアに向けられる。


「私はリナさんを救えなかった。何もできなかった。ただ、リナさんのために頑張っていたガルシアを応援しただけ」

 ガルシアが低く唸り声を上げる。


「おまえは相変わらず、間違っている。生守師が救うのは人だ。今日、おまえはこの村人を救った」

 クロードの目には苛立ちが映る。


 ツグミは困ったように笑う。

「……そうだね」

 ツグミは伝えることをやめた。


 わかってもらえるぐらいなら、きっと、王宮に残ることができていた。

 クロードは額に手を当て、深いため息をついた。


「……これだから」


 途切れた言葉の続きはわからないが、呆れと苛立ちが滲んでいた。


 

 *************************


 村を離れた帰り道。

 ラグは横を歩くツグミを見てしまう。


 昨日までのツグミと、今日のツグミが違って見える。

「……ツグミさん」

「ん?」


「すごい人なんですね」

「急にどうしたの?」


 ラグは少し言葉につまる。

「さっきの人たちが、すごいって」


「違うよ」

 ツグミは不意に空を見上げる。


「私ができたことなんて、本当に少しだけ」

「でも……」

 ラグは言葉を探した。


「クロードさんも、王宮の人たちも……ツグミさんのことを、すごいって」

 ツグミは少し困ったように笑った。


 見上げた空は明るく、日差しが降り注いでいる。

 ツグミは、まぶしそうに眼を細める。


「私ね。まだ、生守師って何なのか分からないんだ」

「えっ?」


 ツグミは少しだけ考える。

「だから、私は旅をしているんだよ」

「旅をしている意味……」


 ラグは、目を伏せる。

 地面に落ちた影がユラユラと揺れている気がした。


 そのとき、背後で低く喉を鳴らす音がした。

 二人は振り返る。

 いつからそこにいたのだろう。


 ガルシアが、道の真ん中に立っていた。


「ガルシア、森に戻ったんじゃなかったの?」

「森にはもう、戻る意味がない」


 ガルシアの目が、空へと、向けられる。

「そう。それなら、私たちの見送り?」


 ガルシアがゆっくりと首を横に振った。

「違う」


 黄金色の瞳が、まっすぐツグミを見据える。

「おまえたちについていく」


 ラグが思わず声を上げる。


「えっ!?」

 ツグミも少し驚いたように目を瞬かせた。


「私たちと?」

 頷くガルシアに、ツグミは戸惑って、あたふたしている。


「ど、どうして?」

 ガルシアは開いた口を閉じた


 三百年。


 人間も、魔獣も、数えきれないほど見てきた。

 だが、目の前にいる少女だけは理解できない。


「知りたい」

「?」

「おまえが、何者か」


 ツグミは首をかしげた。


「私は、私だよ」

「少なくとも、俺が生きてきた300年で、おまえは異質だ」


 ガルシアの声は静かだった。

「俺たちと、おまえたちは同じ地にいても、一緒に暮らすことはない。違う生き物なんだ」


 ラグは息をのんだ。

「それは当然だ。それなのに、おまえはためらいなく境界線を越えてくる」


 一拍置く。


「俺には、お前が理解できない」

 ツグミは困ったように笑う。


「私も、私がわからないし、一緒にいても答えは出ないかもしれないよ」

 ガルシアは、その答えに目を細めた。


「だから旅をしている、と言ったな。」

「聞いていたんだね」


 いつの間にか背後にいたガルシアは、ふたりの話を聞いていたみたいだった。

 ガルシアがふたりに、一歩近づく。


「俺も、その答えを見届けよう」 

 ツグミは少し考えて、ラグに視線を向けた。

 ラグも困ったように笑いながら、頷いた。


「今日から3人旅だね」

 ガルシアの「三人……か」と呟く声が聞こえる。


「明るいうちに次の町につくように、頑張ってくださいよ。つぐみさん」

「ちゃんとわかっているって」


 頬をふくらませながら、ツグミが歩き出す。

「本当ですかねぇ。」


 ラグは苦笑しながら、そのあとを追う。

 さらに少し距離を置いて、ガルシアが静かに続く。


 人と魔獣。


 境界線の向こう側にいた者たちが、同じ道を歩き始める。

 旅はまだ始まったばかりだ。

■女王様のお茶会■

https://cookiequeen.chu.jp/2010.queen/top.html


■NOTEにて、ツグミノミの制作秘話を公開中

 ツグミノミ制作ノート https://note.com/nagiho_uosawa/m/m833291b12a8e

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。