【ツグミノミ】CASE 01-7 神獣と呼ばれた魔獣 イルミルカル
「ラグ、行こう」
ツグミが立ち上がった。
「えっ、どこへ?!」
「あとは、ふたりの時間だから」
ツグミがガルシアに視線を向けた。
ガルシアと目が合う。
「遠くには行かないから」
ガルシアが頷く。
「この奥に、湖がある。休める場所があるだろう。あのあたりは、俺らの寝床が近いから森の魔獣も近づかない」
「ありがとう」
ツグミは小さく微笑むと、ラグへ目配せした。
「行こう」
ラグは心配そうに、ガルシアとリナを見てツグミにも、視線を向ける。
リナはガルシアへ身体を預けたまま、穏やかな呼吸を繰り返している。
銀の旋律はもう、いらない。
ツグミはラグを安心させるように、力強く頷いた。
「いつでも呼んで」
「あぁ」
「遠慮しなくていいから。私たちもリナさんを大切に思ってるから」
ガルシアは答えなかった。
ただ、その長い尾が一度だけ静かに揺れた。
それだけで十分だった。
ツグミとラグは足音を殺しながら森の奥へ歩き始める。
ラグはふと、足を止めた。
振り返った視線の先には、月明かりに照らされる白銀の毛並みをぼんやりと光っている。
ラグはすぐに踵を返すと、ツグミの背中を追いかけた。
しばらく歩くと、水の揺蕩う音が聞こえてくる。
木々が開け、その先には鏡のような湖が広がっていた。
月がそのまま落ちてきたような静かな水面。
湖畔には、大きな岩がいくつか並び、夜露を含んだ柔らかな草が風に揺れている。
「ここなら休めそう」
ツグミはそう言って、大きな岩へ腰を下ろした。
ラグも隣へ座る。
二人とも、しばらく何も話さなかった。
森は驚くほど静かだった。
遠くで虫が鳴く声が聞こえる。
葉が揺れる。
それだけだ。
「……これで、よかったんでしょうか」
ぽつりとラグが呟く。
ツグミは湖を見つめたまま答える。
「ラグはどうしてあげたかったの?」
「……助けてあげたかったです」
月が水面で揺れる。
ツグミは少し考えるように目を伏せた。
「私だって助けられるなら……と思う。でも、私は神様ではないから」
ラグは黙って続きを待つ。
「私にできることなんて、きっと少ないんだよ」
「ツグミさん、この仕事、辛くないですか?」
湖面を渡る風が、ツグミの髪を揺らした。
「慣れないよね。いつもつらい。でも、あのままリナさんが暴走して、ガルシアのこともわからなくなって、討伐されたら……」
ツグミが顔を上げる。
「この仕事に正解はないよ。これで良かった、って答えはない。でも、リナさんとガルシアが今、一緒にいること。それだけでいいんじゃないかな」
ラグはガルシアの傷ついた前脚を思い出す。
噛まれても、振り払わなかった。
あの姿が胸に焼き付いて離れない。
「ガルシアさん……痛かったでしょうね」
「うん」
ツグミは静かに頷いた。
「でも、リナさんも痛かったし、苦しかったんだよ。ふたりとも、それがちゃんとわかっていた」
ツグミはラグの顔を覗き込むようにして、笑った。
「ふたりは300年を共にした番なんだから」
ラグは喉に引っかかった熱い塊を飲み込むのに必死だった。
しばらく沈黙が続く。
どのくらい時間が経ったのだろう。
風とは違う、低く長い鳴き声が森の奥から聞こえてきた。
哀しいような。
優しいような。
夜空へ溶けていく一声。
ガルシアだった。
ツグミは目を閉じ、胸の前でそっと両手を重ねる。
何も言わない。
ただ、その夜が、二頭にとって穏やかなものであるようにと静かに祈っていた。
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朝露に濡れた老樹の根元は、夜とは違う穏やかな空気に包まれていた。
ツグミとラグが再び会ったリナは、眠るような表情だった。
「穏やかな顔だね」
「あぁ」
ガルシアの視線は、リナを真っすぐに捉えている。
風と木々がこすれるように音が鳴り続けている。
昇り始めた陽の光が、柔らかな白い毛のリナに振り落ちてくる。
深い森にも朝が訪れようとしている。
ガルシアが何かを口にしようよするが、すぐに、やめてしまう。
ツグミがきょとんと、ガルシアを見ると、彼は急にそっぽを向いた。
そして、目を合わせるでもなく、言葉にならない言葉は捨てて、小さく頭を下げた。
ツグミも、同じように何も言わずに頭を下げた。
ラグは唇を噛んだ。
それでも涙は止まらなかった。
「リナを老樹に返したい」
ガルシアはぐいっと顎を持ち上げた。
老樹がツグミたちを見下ろしている。
「俺とリナはこの森で生きた。最後も、この森で眠らせたい。力を貸してくれるか」
白いリナの毛は、貴重だろう。
誰かの目に触れる前に、大切に森に返してあげたい。
ツグミとラグも協力して、老樹の根元を掘った。
土を掻くたび、湿った土の匂いが辺りに広がる。
「こんな時、やっぱりスコップがあったらよかったね」
ツグミが無理に笑う。
「おまえたちは俺のように、掘れないからな」
「ガルシアみたいな立派な手がないからね」
ちょっとした軽口に、ガルシアが小さく笑う。
穴は思ったよりも小さかった。
リナがすっぽりハマる程度の大きさ。
最後の別れだった。
ツグミは静かに目を閉じ、胸の前で両手を重ねる。
ラグもそれにならった。
しばらくして、ガルシアは土を戻し始める。
「手伝ってもいい?」
ツグミの言葉に、「お前たちなら」とガルシアのくぐもった声が聞こえた。
老樹の根本に、眠る小さな命。
すべてが終わる頃には、小さな土の盛り上がりだけが残っていた。
■女王様のお茶会■
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■NOTEにて、ツグミノミの制作秘話を公開中
ツグミノミ制作ノート https://note.com/nagiho_uosawa/m/m833291b12a8e




