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ツグミノミ〜魔獣たちに贈る終の診療録〜  作者: 透羽柚紀
CASE 01 神獣と呼ばれた魔獣
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8/11

【ツグミノミ】CASE 01-7 神獣と呼ばれた魔獣 イルミルカル

「ラグ、行こう」

 ツグミが立ち上がった。


「えっ、どこへ?!」

「あとは、ふたりの時間だから」

 ツグミがガルシアに視線を向けた。


 ガルシアと目が合う。

「遠くには行かないから」

 ガルシアが頷く。


「この奥に、湖がある。休める場所があるだろう。あのあたりは、俺らの寝床が近いから森の魔獣も近づかない」

「ありがとう」

 ツグミは小さく微笑むと、ラグへ目配せした。


「行こう」

 ラグは心配そうに、ガルシアとリナを見てツグミにも、視線を向ける。

 リナはガルシアへ身体を預けたまま、穏やかな呼吸を繰り返している。

 銀の旋律はもう、いらない。


 ツグミはラグを安心させるように、力強く頷いた。

「いつでも呼んで」

「あぁ」

「遠慮しなくていいから。私たちもリナさんを大切に思ってるから」


 ガルシアは答えなかった。

 ただ、その長い尾が一度だけ静かに揺れた。


 それだけで十分だった。

 ツグミとラグは足音を殺しながら森の奥へ歩き始める。


 ラグはふと、足を止めた。

 振り返った視線の先には、月明かりに照らされる白銀の毛並みをぼんやりと光っている。


 ラグはすぐに踵を返すと、ツグミの背中を追いかけた。

 しばらく歩くと、水の揺蕩う音が聞こえてくる。


 木々が開け、その先には鏡のような湖が広がっていた。

 月がそのまま落ちてきたような静かな水面。

 湖畔には、大きな岩がいくつか並び、夜露を含んだ柔らかな草が風に揺れている。


「ここなら休めそう」

 ツグミはそう言って、大きな岩へ腰を下ろした。


 ラグも隣へ座る。

 二人とも、しばらく何も話さなかった。


 森は驚くほど静かだった。

 遠くで虫が鳴く声が聞こえる。

 葉が揺れる。

 それだけだ。


「……これで、よかったんでしょうか」

 ぽつりとラグが呟く。

 ツグミは湖を見つめたまま答える。


「ラグはどうしてあげたかったの?」

「……助けてあげたかったです」

 月が水面で揺れる。

 ツグミは少し考えるように目を伏せた。


「私だって助けられるなら……と思う。でも、私は神様ではないから」

 ラグは黙って続きを待つ。


「私にできることなんて、きっと少ないんだよ」

「ツグミさん、この仕事、辛くないですか?」

 湖面を渡る風が、ツグミの髪を揺らした。


「慣れないよね。いつもつらい。でも、あのままリナさんが暴走して、ガルシアのこともわからなくなって、討伐されたら……」

 ツグミが顔を上げる。


「この仕事に正解はないよ。これで良かった、って答えはない。でも、リナさんとガルシアが今、一緒にいること。それだけでいいんじゃないかな」

 ラグはガルシアの傷ついた前脚を思い出す。


 噛まれても、振り払わなかった。

 あの姿が胸に焼き付いて離れない。


「ガルシアさん……痛かったでしょうね」

「うん」

 ツグミは静かに頷いた。


「でも、リナさんも痛かったし、苦しかったんだよ。ふたりとも、それがちゃんとわかっていた」

 ツグミはラグの顔を覗き込むようにして、笑った。


「ふたりは300年を共にした番なんだから」

 ラグは喉に引っかかった熱い塊を飲み込むのに必死だった。

 しばらく沈黙が続く。


 どのくらい時間が経ったのだろう。

 風とは違う、低く長い鳴き声が森の奥から聞こえてきた。


 哀しいような。

 優しいような。

 夜空へ溶けていく一声。

 ガルシアだった。


 ツグミは目を閉じ、胸の前でそっと両手を重ねる。

 何も言わない。


 ただ、その夜が、二頭にとって穏やかなものであるようにと静かに祈っていた。


 ********************

 

 朝露に濡れた老樹の根元は、夜とは違う穏やかな空気に包まれていた。

 ツグミとラグが再び会ったリナは、眠るような表情だった。


「穏やかな顔だね」

「あぁ」

 ガルシアの視線は、リナを真っすぐに捉えている。


 風と木々がこすれるように音が鳴り続けている。

 昇り始めた陽の光が、柔らかな白い毛のリナに振り落ちてくる。

 深い森にも朝が訪れようとしている。


 ガルシアが何かを口にしようよするが、すぐに、やめてしまう。

 ツグミがきょとんと、ガルシアを見ると、彼は急にそっぽを向いた。


 そして、目を合わせるでもなく、言葉にならない言葉は捨てて、小さく頭を下げた。

 ツグミも、同じように何も言わずに頭を下げた。


 ラグは唇を噛んだ。

 それでも涙は止まらなかった。


「リナを老樹に返したい」

 ガルシアはぐいっと顎を持ち上げた。

 老樹がツグミたちを見下ろしている。


「俺とリナはこの森で生きた。最後も、この森で眠らせたい。力を貸してくれるか」

 白いリナの毛は、貴重だろう。


 誰かの目に触れる前に、大切に森に返してあげたい。

 ツグミとラグも協力して、老樹の根元を掘った。

 土を掻くたび、湿った土の匂いが辺りに広がる。


「こんな時、やっぱりスコップがあったらよかったね」

 ツグミが無理に笑う。


「おまえたちは俺のように、掘れないからな」

「ガルシアみたいな立派な手がないからね」

 ちょっとした軽口に、ガルシアが小さく笑う。


 穴は思ったよりも小さかった。

 リナがすっぽりハマる程度の大きさ。

 最後の別れだった。


 ツグミは静かに目を閉じ、胸の前で両手を重ねる。

 ラグもそれにならった。

 しばらくして、ガルシアは土を戻し始める。


「手伝ってもいい?」

 ツグミの言葉に、「お前たちなら」とガルシアのくぐもった声が聞こえた。


 老樹の根本に、眠る小さな命。

 すべてが終わる頃には、小さな土の盛り上がりだけが残っていた。 

■女王様のお茶会■

https://cookiequeen.chu.jp/2010.queen/top.html


■NOTEにて、ツグミノミの制作秘話を公開中

 ツグミノミ制作ノート https://note.com/nagiho_uosawa/m/m833291b12a8e

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