↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツグミノミ〜魔獣たちに贈る終の診療録〜  作者: 透羽柚紀
CASE 01 神獣と呼ばれた魔獣
PR
10/11

CASE2-1 花盛りのアルシリス

「待って……」


 背後から、息も絶え絶えな声が響いてくる。


「ちょっと休もうよ……」


 ラグは眉をひそめて振り返った。


「ツグミさん、砂漠の真ん中で立ち止まったら死んじゃいますよ」


「そんなこと言われたって……」


 ツグミが恨めしそうな目で、ラグとガルシアを見た。

 ラグはため息をつく。


「ほら、もう少し頑張りましょう」


「なんでラグもガルシアもそんなに元気なの? もう何時間も歩いてるんだよ?」


 砂漠に入ってから、すでに数時間。

 照りつける太陽の下、日陰ひとつない道がどこまでも続いている。


「ツグミさん。忘れているかもしれませんけど、僕は砂漠の民ですよ」


「ツグミ、俺はイルミルカルだ。暑さに負けるわけがない」


 両方から正論が返ってきて、ツグミは口をへの字に曲げた。


「私だって夏生まれだもん」


「じゃあ頑張れますね」


「ラグ、冷たい……」


 ガルシアが前を向いたまま、小さく鼻を鳴らす。


「まだ歩けるな」


「ガルシアまでぇ……」


 ツグミは肩を落とし、それでも二人のあとをとぼとぼと追いかけた。


「ここを抜けないと、ビジュルマ街に行けないなんて不便ですね」


 ラグは額の汗を袖で拭った。

 水筒の水も残り少なくなっている。


「反対側から来れば船で入れるんだけどね。こっち側から行くなら、この砂漠を越えるしかないんだ」


 ツグミは肩で息をしながら、半歩後ろから言った。


「……もしかして、ツグミさんは前にもビジュルマ街へ行ったことがあるんですか?」


 返事がない。

 しばらく砂を踏む音だけが続く。


 やがてツグミが、小さく息を整えながら口を開いた。


「ビジュルマ街の図書館はね……生守師の資料が豊富で有名なんだよ」


 ツグミの声が、少しだけ明るくなる。


「王宮にも残っていないような古い記録や、砂漠に生きる魔獣の症例も集められているんだ。生守師なら、研修や調査で一度は訪れるような場所なんだよ」


「ツグミさんは何か調べたいことがあるんですか?」


 ツグミは頷いたものの、その足取りはすぐにまた重くなった。


「でも、図書館のために死にそうになるとは思わなかった……」


 ツグミは立ち止まって、水筒の水を一口飲んだ。

 中で、残り少ない水がちゃぷんと揺れる。


「まだ死にませんよ」


「ラグはさっきから励まし方が雑だよ……」


 力なく抗議するツグミの横を、ガルシアが追い越していく。

 その耳房が、風を探るように小さく揺れた。


 数歩進んだところで、ガルシアが不意に足を止める。


「どうしたの?」


 ツグミが尋ねると、ガルシアは返事をせず、砂の向こうへ鼻先を向けた。


「水の匂いがする」


「水?」


 ラグが目を凝らす。

 見えるのは、どこまでも続く砂と、熱に揺らぐ空気だけだった。


「本当だ! 植物の匂いがする!」


 ツグミがぱっと顔を上げた。


「本当ですか?」


 ガルシアならともかく、ツグミまで匂いが分かるという。

 けれど、見渡す限りに広がっているのは砂ばかりだった。


オアシスどころか、草一本見当たらない。


「オアシスだよ」


 先ほどまでのぐったりした様子はどこへやら。ツグミが嬉々として声を上げる。


 ラグは半信半疑でツグミを見た。


「まあ、行ってみよう」


 ガルシアが先頭に立って歩き始めた。


 砂丘を一つ越える。

 その向こうには、先ほどまでとはまるで違う景色が広がっていた。


 砂の窪地に、背の高い木々が生い茂っている。

 その隙間から、青い水面が見え隠れしていた。

 風が通るたび、葉がこすれ合う音がする。


「本当にあった……」


 ラグが呆然と呟く。


 ガルシアはイルミルカルだから分かるとして、ツグミの嗅覚はどうなっているのだろう。


 そんなラグの視線にも気づかず、ツグミはキャッキャと歓喜の声を上げている。


 砂漠に入ってから、初めて見る日陰だった。


「ラグもガルシアも早くこっちにおいで!」


 ツグミは水辺にしゃがみ込んだ。

 木々がつくる影と水音のおかげで、その場にいるだけでも涼しく感じられる。


 砂漠の真ん中にあるにしては、大きなオアシスだった。


 ラグは木陰へ辿り着くと、荷物を下ろし、木の根元へ座り込んだ。


「生き返る……」


 ツグミは水辺にしゃがみ、両手ですくった水をそのまま飲んでいる。


 ふと周囲を見回したラグは、ガルシアの姿がないことに気づいた。


「ツグミさん、ガルシアがいません」


 水辺ではしゃいでいるツグミへ声をかけたが、聞いている様子はない。


 水辺そのものは、それほど広くなかった。

 だが、周囲には木々が深く生い茂り、あちこちに死角ができている。


 ラグは木々の間へ入り、ガルシアを探した。


「ガルシア?」


「なんだ?」


 突然、背後から声がして、ラグはびくりと肩を震わせた。


「ガルシア、びっくりしたよ。僕には気配なんて分からないんだから」


「そうか」


 悪びれもしないところが、いかにもガルシアらしい。


「何者かの気配がある」


「何者?」


「もしかしたら、魔獣かもね」


 二人の会話に、ツグミが割って入った。


「水は堪能できたんですか?」


「ラグ、冷たい……」


 軽口を交わす二人に、ガルシアが小さくため息をつく。


「おそらく魔獣だろうな」


 ガルシアの言葉に、ツグミが嬉しそうに笑った。


「何匹いるのかな?」


「えっ、そんなに大勢いるんですか?」


 対照的に、ラグはぎょっとした。


「いや。一匹だ」


 ガルシアが断言した途端、ツグミの表情が変わった。


「一匹……?」


 その目が、木々の奥へ向けられる。


「そう……なんだ」


「ツグミさん?」


 ツグミの視線は、一点に固定されていた。

 けれど次の瞬間、彼女は踵を返した。


「水辺に戻ろう」


「ツグミさん、何かいるんですよね? 大丈夫なんですか?」


 ラグが慌てて追いかけても、ツグミは「うん」としか答えなかった。

 二人の後ろから、ガルシアも黙ってついてくる。


「ラグも、しっかり水分を取らないと倒れちゃうよ?」


 ツグミがふっと笑った。


 ラグは戸惑いながらも、小さく頷いた。

■女王様のお茶会■

https://cookiequeen.chu.jp/2010.queen/top.html


■NOTEにて、ツグミノミの制作秘話を公開中

 ツグミノミ制作ノート https://note.com/nagiho_uosawa/m/m833291b12a8e

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。