【ツグミノミ】 CASE 01-5 神獣と呼ばれた魔獣 イルミルカル
白銀のイルミルカルは老樹の下で、丸くなって眠っていた。
黒い毛並みとは対照的な、闇夜に光る白銀の毛並み。
本来なら月光を浴びて神々しく輝くはずの毛並みは、ところどころ艶を失い、細く痩せた身体は荒い呼吸に合わせて上下していた。
呼吸は浅く、速い。
「もう少しだけ近くに居させて」
あと一歩、一歩。
イルミルカルたちの様子を見ながら、近づいていく。
リナの様子が少しずつ、わかってくる。
耳房は力なく垂れ、身体を使って息をしているのが分かる。
ツグミは少し手前で、ゆっくりとしゃがみ込んだ。
「……リナさん」
優しく名前を呼ぶ。
白銀のイルミルカルの耳房が、かすかに震えた。
ゆっくりと薄く目を開け、ツグミを映す。
しかしながら、焦点が合っているのかわからない。
視線が揺れている。
「ガルシア」
ツグミは振り返らないまま口を開いた。
「少しだけ触れてもいい?」
返事はない。
代わりに低いうなり声だけが返ってくる。
ツグミは微笑んだ。
「そうだよね」
触られたくない。
それが野生だ。
しばらく黙って白銀のイルミルカルを見つめる。
そして静かに手を膝へ戻した。
「お前達に何ができるんだ」
ガルシアの声が聞こえてくる。
警戒の声音の中に、少しだけ助けを求めるような色がにじんでいるような気がした。
ガルシアと、ツグミ、リナ。
ラグは、少し離れたところでそれぞれを見つめた。
「わからない。でも、診なければ何も始まらない」
ツグミは嘘をつかない。
できないことをできると言わない。
魔獣に対しても態度を変えない。
それは、ラグが好きなツグミだ。
「お前たち人間はいつも勝手なことばかり言う」
「うん」
「俺たちを神のように崇めておきながら、リナが病に倒れればあっという間に退治しにやってくる」
「……そうだね」
「俺はお前たちを信じることはできない」
ツグミは、ガルシアの言葉を否定せずに、黙って頷いた。
沈黙が落ちる。
ラグはそれぞれを静かに見つめた。
ツグミは、ガルシアとリナと、真正面から向き合っている。
否定せずに、嘘をつかず、綺麗ごとを吐かない。
だから、ツグミはツグミなんだ。
ラグは無意識に拳を握りしめた。
やがてガルシアが口を開く。
「……リナは、人間を怖がっている」
「うん」
「お前達は急に、俺たちを殺そうとしてきた」
「そうだよね。怖いよね」
ツグミが頷く。
「私だって、怖いもの」
「ツグミさん……」
ラグは、ガルシアを見つめた。
ガルシアの目が少しずつ、和らいでいくように感じる。
信用されているわけじゃない。
けれど、ツグミの声がラグに届いているような気がした。
「死ぬことも怖いし、傷つくことも怖い。だから、ガルシアとリナが怖いのも当たり前だと思う」
ガルシアの耳房がゆっくりと下がる。
「無理には触ったりしないし、近づいたりしない」
ツグミは白銀のイルミルカルへ微笑みかける。
「ふたりが許してくれたら、それでいい。無理に近づいたりはしない」
その言葉を聞いたガルシアは、長く息を吐いた。
ほんのわずかに力が抜ける。
そして白銀のイルミルカルの隣へ歩み寄ると、その頬へ自分の鼻先をそっと寄せた。
「リナ」
低く、優しい声だった。
白銀のイルミルカルはゆっくりと目を開ける。
苦しそうに息をつきながらも、小さく首を動かした。
ガルシアはツグミへ視線を向ける。
「……いい」
「ガルシア?」
ガルシアはきつく、目を閉じた。
夜の森に、風が吹き抜ける。
枝葉が静かに鳴った。
ガルシアは鼻先を空へ向け、長く息を吐いた。
その仕草は、まるで何かを手放すようだった。
再び開かれた目は、まっすぐにツグミを見つめていた。
「リナを診てくれ」
ガルシアが初めて人間へ託した願いだった。
リナは苦しそうに目を細め、ガルシアへ鼻先を寄せた。
ガルシアは何も言わず、リナの隣へ身を寄せた。
ふたりの様子が、ラグの胸をギュッと締め付けた。
■女王様のお茶会■
https://cookiequeen.chu.jp/2010.queen/top.html
■NOTEにて、ツグミノミの制作秘話を公開中
ツグミノミ制作ノート https://note.com/nagiho_uosawa/m/m833291b12a8e




