【ツグミノミ】 CASE 01-4 神獣と呼ばれた魔獣 イルミルカル
イルミルカルの黄金色の眼が、揺れた。
だが、すぐに低いうなり声が森へ響く。
唸りながら、一歩、また一歩とツグミたちとの距離を詰めてきた。
ふたりを睨みつけるイルミルカルの目には、警戒と怒りが宿っている。
ツグミは杖を静かに下ろした。
「大丈夫」
返事はない。
次の瞬間、イルミルカルが再び地を蹴った。
鋭い爪が月光を裂く。
「ツグミさん!」
ツグミは動かなかった。
イルミルカルの尖った爪が、ツグミの腕をかすめる。
闇を切ったと同時に、ツグミの服が一部裂ける。
ラグは持っていた木の棒を捨てて、ツグミに駆け寄った。
血は出ていない。
ラグは、ほっと息をつく。
「ツグミさん、もうやめてください! イルミルカルに言葉は届いていません。このままでは、怪我をしてしまいます」
「ラグ」
ツグミの眉が困ったように下がる。
「ラグ、この子は本気で私を殺そうとしているわけじゃないよ」
「え?」
「本気なら、さっき私の喉を狙ってる」
黒いイルミルカルは低く唸りながら、再び二人と森の奥との間に立った。
まるで、これ以上は一歩たりとも近づけさせないというように。
その姿を見たツグミは、小さく息を吐いた。
「あの子は私たちを追い払いたいだけ」
ツグミは視線を黒いイルミルカルから外さない。
黒いイルミルカルは老樹を背に、ツグミを睨みつけている。
「君は……守ってるんだね?」
その言葉に反応したように、イルミルカルの耳がピクリと動く。
その時だった。
風もない森に、小さな音が響いた。
グゥーッと唸るような声。
威嚇するような声ではない。
苦しんでいるうめき声のように聞こえた。
ラグが目を見開く。
「今の……」
黒いイルミルカルのものではない。
もっと弱々しい。
イルミルカルも一瞬だけ後ろを振り返る。
その視線を、ツグミは見逃さなかった。
黒いイルミルカルの身体の向こう。
巨大な木の根元。
闇に溶け込むように、白銀の毛並みがかすかに見えた。
横たわったまま、苦しそうに肩で息をしている。
「……彼女を守っていたんだ」
ツグミは静かに呟く。
月の光が、木々の隙間から降り注ぐ。
闇夜に浮き上がったのは、白銀のイルミルカルだった。
黒いイルミルカルは再びツグミの前へ立ちはだかる。
牙をむき、全身の毛を逆立てながら、白銀の姿を隠すように。
必死だった。
「私は、貴方達を殺しに来たわけじゃない」
イルミルカルの威嚇はなくならない。
黒いイルミルカルにとって、ツグミもラグも人間で、敵だ。
「貴方達は番でしょう? 私は貴方達を助けに来た」
ツグミの穏やかな、鈴のような透き通った声も、イルミルカルたちに届いているのかわからない。
「少しでいいから、白銀の子の具合を見せてくれない?」
黒いイルミルカルがうなり声をあげて、ツグミに詰め寄ってくる。
「ツグミさん! だから、イルミルカルに言葉は通じてないんですよ!」
ラグが焦って、ツグミの服を引っ張る。
ツグミはにこやかに笑って「大丈夫」と根拠のない言葉を返す。
黒いイルミルカルが、あと一飛びで首元を噛める距離に来た。
ラグは、息を飲む。
ガルシアが黄金色の瞳が、ツグミをジッと捉えた。
唸る。
威嚇しながらも、ガルシアは動かない。
ツグミも黙って見つめ返す。
森が静まり返る。
鳥の声も、木々の葉の囁きも聞こえない。
ただただ、沈黙だけが広がる。
「……お前達は、嘘をつく生き物だ」
急に深く、怒りを押し殺した声がした。
「えっ?」
ラグが慌てて、周囲を見回す。声の主が見当たらない。
ここには、ツグミとラグ。
そして2匹のイルミルカルしかいないはずだ。
「黒いイルミルカル、君は人間の言葉を話せるんだね」
ツグミは驚くこともなく、当たり前のように告げた。
ラグは目を見開いて、ツグミとイルミルカルを交互に見る。
「そうだ、お前達の言葉は村の者たちの会話を聞いて覚えた」
「白銀の子も、言葉が話せるの?」
「いや、俺だけだ。リナも人間の言葉はわかるが、話せるのは俺だけだ」
ツグミの視線が白銀のイルミルカルに向けられる。
「白銀のイルミルカルは、リナさんっていうんだね。君の名前は?」
イルミルカルが、ジッとツグミとラグを見る。
「ガルシア」
ふっと息をつくように、ツグミは笑った。
「……ガルシア。素敵な名前だね」
魔獣の名前をうっとりと呼ぶ、ツグミ。
ラグは、グッとツグミの服を引っ張った。
「お前たちは、魔獣を殺す奴らだろう」
ガルシアのうなり声。
ツグミは困ったように首を傾げる。
ラグは横目でツグミを見る。
生守師は、死に逝く魔獣を殺す奴らと言われても間違いではない。
ラグには、否定する言葉がなかった。
その根底にあるものがたとえ違っていても、魔獣側からすれば大きな違いはないのかもしれない。
「リナの様子を見るだけ。危害を加えたら、ガルシアが私を殺せばいい」
「ツグミさん!」
ラグが、ツグミの服を引っ張る。
ツグミはイルミルカルから視線をそらさない。
「私が約束を違えたら、その時は迷わず殺して」
ガルシアの牙が月明かりに、ゆらりと光る。
ラグの手は震えている。
「わかった。俺がいつでも、喉を切り裂いてやる」
ガルシアが一歩、退いた。
ツグミは小さく頷く。
「……診せてくれるんだね」
ツグミは、老樹に向かって歩き出す。
「ツグミさん、危ないです」
「ラグは、ついてこなくていいよ。もし私に何かあったら、迷わず村に戻って」
「バカ言わないでください! 言ったじゃないですか。僕とツグミさんは仲間だって」
「ありがとう、ラグ。でも、ここはそういう場面では……」
「行きますよ。僕だって、一緒に行きます」
ラグは、たまっていた唾を必死に飲み込んだ。
震える足を一歩前へ出した。
怖い。
それでも、ツグミを一人では行かせられない。
一人より、ふたりがいい。
老樹の根元の白銀のイルミルカル。
ラグの視線が定まったのを見て、ツグミは困ったように笑った。
ガルシアはそんな二人を黙って見つめる。
やがて静かに身を翻すと、老樹の根元へ歩き出した。
白銀のイルミルカルが、月明かりの中でゆっくりと姿を現した。
■女王様のお茶会■
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ツグミノミ制作ノート https://note.com/nagiho_uosawa/m/m833291b12a8e
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今夜、ヒツジを1匹差し上げます―動物たちの魅力を綴る―
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