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ツグミノミ〜魔獣たちに贈る終の診療録〜  作者: 透羽柚紀
CASE 01 神獣と呼ばれた魔獣
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3/11

【ツグミノミ】 CASE 01-2 神獣と呼ばれた魔獣 イルミルカル

 ティアの家は質素だった。


 暖炉の火は弱く、木で作られた机と椅子が並んでいるだけの小さな家。

 けれど不思議と温かかった。

 棚には乾燥させた薬草が吊るされ、窓辺には白い花が2輪と、飾り腕輪2つおかれていた。


「さぁさぁ、そこらに荷物を置いてくつろいでくれ」

 ティアはすぐに台所に向かった。


「晩飯の準備をするからね」


 「手伝います」と立ち上がったのはツグミとラグ同時だった。

 すぐにラグは、「ツグミさんは座って」と言った。


「ツグミさんが手伝うと余計に面倒なことにしかならないんだから」

「えー」


 口をとがらせるツグミに、ラグはプイッと顔をそむける。

 ふたりのやり取りを見ながら、ティアは微笑ましそうに笑った。


「どうにも、1人が長いと慣れてしまったように思っていたが、たまには人が来るのは良いもんだね」

「あの腕輪はお子さんと旦那さん?」


 白い花と一緒に置かれた異なる大きさの腕輪には、それぞれ異なる色の石がはめ込まれている。

 一部の地域では、誕生共に腕輪を作る風習があった。


「あぁ、そうさ。その黄色が子供の腕輪さ。大人になる時に買い替えてやるつもりが、それを待たずに死んじまったんだ」


「そうなんですか」

「助けてやりたいと思ったさ。でも、人にはどうにもならないこともあるもんだ」


 ポツリとつぶやくような声は、聞こえるか聞こえないかギリギリのつぶやきだった。


「とにかくスープを作ろう。日が暮れちまう」


 急に明るい声を出したティアは、ラグと共に野菜を切り出した。


 ひとり取り残されたツグミは、椅子に腰かけるとグデッと体をテーブルに投げ出した。

 リズミカルな包丁の音。


「野菜がいっぱいあるんですね」

 ラグの言葉に、ティアが苦笑する。

「むしろ、野菜しかないんだよ」

「狩りはしないんですか?」

 ティアの言葉が一瞬詰まった。


「しないのではなく、できないんだ」

「イルミルカル」


 急に、ツグミが呟いた。

 不意にティアの手が止まった。


「え?」


 驚いたティアがツグミを振り返った。

 ツグミは机に突っ伏したまま、動かない。


「まぁ、そうだね」

 ティアが、笑った。

「昔から、この村の周囲には2匹の番のイルミルカルがいるんだ」

「2匹?」

「そうさ、それも黒のイルミルカル様と白銀のイルミルカル様だ」

「白銀!」


 ツグミがパッと体を起こした。


「イルミルカルは月夜に輝く黒い毛皮のはずだよ。白銀の子なんて聞いたことがない!」

「そうさ、この辺りの守り神様でね」


 鍋をかき混ぜながら、ティアは窓の外へ目を向けた。


「夜になると、屋根の上を歩く音が聞こえてね。家の周りをぐるりと見回ってくれたもんさ」

「今はいないんですか?」

 ラグが尋ねる。


「いや」

 ティアの視線は、無意識か、窓の向こうの森の方へと向かう。

「今もいる。……いや、いるにはいるんだが」


 歯切れの悪いティアに、ツグミは首をかしげる。

 ティアの言葉をラグとツグミは静かに待った。


「白銀のイルミルカル様が、最近おかしくなっちまったんだ」

「おかしくとは?」

「最近毎晩、イルミルカル様の声が聞こえてくる。ずいぶん悲しい声で鳴いている」

「何かあったのかな?」


 ラグが訊くと、ティアは首を横に振った。


「わからない。だがね、最近は森に一歩足を踏み入れるだけで眩暈がするようになったし、狩人たちがかみ殺される事件が相次いでいる。それがイルミルカル様の仕業なのかどうかわからない。だが、今まではこんなことはなかった。なかったはずなんだ」


 ティアの声は苦しそうで、今にも泣きだしそうに感じた。


「もしかして、どちらかの身に何か異変があったのでは?」

 ツグミがぽつりと言った。


「えっ?」

「イルミルカルは元々、高い魔力感知能力を持つ魔獣。鳴き声で森の生き物たちを落ち着かせる」

 まるで専門家のようにツグミがスラスラと、多弁になったのを見て、ティアが目を丸くした。


「お嬢ちゃん、ずいぶんと詳しいね。そんな話、普通の人は知らないよ」

「……魔獣が好きだから」


 おや、とティアが目を瞬かせた。


「珍しい子がいるもんだ。魔獣は危ない生き物で討伐対象にしかなりやせんのに」

「でも、生きているから」


 ツグミのポツリとつぶやく。

「……私と一緒」

 一拍置いて、さらに呟いたツグミの言葉に、ティアは首を傾げながらも後追いしなかった。


「ツグミさん、もしイルミルカルの身に何か異変があるとしたら、どうなるんですか?」

「死に向かうと、幻影が暴走する子がいる」

「暴走って?」


「森に入るとめまいがするのはそのせいかも。

「つまり、森全体が幻影能力の影響を受けているってこと?」

 ラグの言葉に、小さくツグミが頷く。


「周囲への影響もそうなんだけど、本人も混乱状態になる」

「イルミルカル自身が混乱する?」

「うん、だから苦しい」


 ツグミが悲しそうに視線を落とした。


「時には人を襲うこともあるよ」

「村長もあんたと同じようなことを言っていたよ」

「それじゃぁ……」


「だから、生守師がやってきた」


 生守師。


「3日前にね」

 ツグミと、ラグが息を飲んだ。

「イルミルカル様だっていうのに、村長は何を考えているのか」

 ティアは溜息とともに言った。


「明日には終わらせるっていうんだから」

「……処置」


 ツグミの感情の消えた表情が浮かぶ。

 ラグはツグミのその表情を知っていた。


 足元で人知れず死んでゆく虫にも向けてきた、あの表情だった。

 生々しい終わりという事実と、優しいスープの匂いが部屋に広がった。


「明日なら、まだ間に合うね」

 ティアがツグミを振り返った。


「まだ間に合うよ」


 ツグミは今にも泣き出しそうな、笑みを浮かべた。

■女王様のお茶会■

https://cookiequeen.chu.jp/2010.queen/top.html


■NOTEにて、ツグミノミの制作秘話を公開中

 ツグミノミ制作ノート https://note.com/nagiho_uosawa/m/m833291b12a8e


■動物について魅力を知りたい方はこちら

今夜、ヒツジを1匹差し上げます―動物たちの魅力を綴る―

 https://note.com/nagiho_uosawa/m/m4b763f3fffeb


■眠れない夜の時間の過ごし方はこちら

深く息をついたら、今夜も夜更かし文庫へ

 https://note.com/nagiho_uosawa/m/m988b09404fe8


■美術館・博物館・旅行などについて

寄り道だらけの標本箱

 https://note.com/nagiho_uosawa/m/m126d250ba74a


■暮らしと医療について考えたい方はこちら

月夜に眠るくらげ ──暮らしから始まる在宅療養──

 https://note.com/nagiho_uosawa/m/m7b0707ab2dcf


■女王様のお茶会の図書館館長 モリ館長について知りたい方はこちら

モリ館長と月夜の小さなお話

 https://note.com/nagiho_uosawa/m/m7f0b3dac7b12

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