【ツグミノミ】 CASE 01-2 神獣と呼ばれた魔獣 イルミルカル
ティアの家は質素だった。
暖炉の火は弱く、木で作られた机と椅子が並んでいるだけの小さな家。
けれど不思議と温かかった。
棚には乾燥させた薬草が吊るされ、窓辺には白い花が2輪と、飾り腕輪2つおかれていた。
「さぁさぁ、そこらに荷物を置いてくつろいでくれ」
ティアはすぐに台所に向かった。
「晩飯の準備をするからね」
「手伝います」と立ち上がったのはツグミとラグ同時だった。
すぐにラグは、「ツグミさんは座って」と言った。
「ツグミさんが手伝うと余計に面倒なことにしかならないんだから」
「えー」
口をとがらせるツグミに、ラグはプイッと顔をそむける。
ふたりのやり取りを見ながら、ティアは微笑ましそうに笑った。
「どうにも、1人が長いと慣れてしまったように思っていたが、たまには人が来るのは良いもんだね」
「あの腕輪はお子さんと旦那さん?」
白い花と一緒に置かれた異なる大きさの腕輪には、それぞれ異なる色の石がはめ込まれている。
一部の地域では、誕生共に腕輪を作る風習があった。
「あぁ、そうさ。その黄色が子供の腕輪さ。大人になる時に買い替えてやるつもりが、それを待たずに死んじまったんだ」
「そうなんですか」
「助けてやりたいと思ったさ。でも、人にはどうにもならないこともあるもんだ」
ポツリとつぶやくような声は、聞こえるか聞こえないかギリギリのつぶやきだった。
「とにかくスープを作ろう。日が暮れちまう」
急に明るい声を出したティアは、ラグと共に野菜を切り出した。
ひとり取り残されたツグミは、椅子に腰かけるとグデッと体をテーブルに投げ出した。
リズミカルな包丁の音。
「野菜がいっぱいあるんですね」
ラグの言葉に、ティアが苦笑する。
「むしろ、野菜しかないんだよ」
「狩りはしないんですか?」
ティアの言葉が一瞬詰まった。
「しないのではなく、できないんだ」
「イルミルカル」
急に、ツグミが呟いた。
不意にティアの手が止まった。
「え?」
驚いたティアがツグミを振り返った。
ツグミは机に突っ伏したまま、動かない。
「まぁ、そうだね」
ティアが、笑った。
「昔から、この村の周囲には2匹の番のイルミルカルがいるんだ」
「2匹?」
「そうさ、それも黒のイルミルカル様と白銀のイルミルカル様だ」
「白銀!」
ツグミがパッと体を起こした。
「イルミルカルは月夜に輝く黒い毛皮のはずだよ。白銀の子なんて聞いたことがない!」
「そうさ、この辺りの守り神様でね」
鍋をかき混ぜながら、ティアは窓の外へ目を向けた。
「夜になると、屋根の上を歩く音が聞こえてね。家の周りをぐるりと見回ってくれたもんさ」
「今はいないんですか?」
ラグが尋ねる。
「いや」
ティアの視線は、無意識か、窓の向こうの森の方へと向かう。
「今もいる。……いや、いるにはいるんだが」
歯切れの悪いティアに、ツグミは首をかしげる。
ティアの言葉をラグとツグミは静かに待った。
「白銀のイルミルカル様が、最近おかしくなっちまったんだ」
「おかしくとは?」
「最近毎晩、イルミルカル様の声が聞こえてくる。ずいぶん悲しい声で鳴いている」
「何かあったのかな?」
ラグが訊くと、ティアは首を横に振った。
「わからない。だがね、最近は森に一歩足を踏み入れるだけで眩暈がするようになったし、狩人たちがかみ殺される事件が相次いでいる。それがイルミルカル様の仕業なのかどうかわからない。だが、今まではこんなことはなかった。なかったはずなんだ」
ティアの声は苦しそうで、今にも泣きだしそうに感じた。
「もしかして、どちらかの身に何か異変があったのでは?」
ツグミがぽつりと言った。
「えっ?」
「イルミルカルは元々、高い魔力感知能力を持つ魔獣。鳴き声で森の生き物たちを落ち着かせる」
まるで専門家のようにツグミがスラスラと、多弁になったのを見て、ティアが目を丸くした。
「お嬢ちゃん、ずいぶんと詳しいね。そんな話、普通の人は知らないよ」
「……魔獣が好きだから」
おや、とティアが目を瞬かせた。
「珍しい子がいるもんだ。魔獣は危ない生き物で討伐対象にしかなりやせんのに」
「でも、生きているから」
ツグミのポツリとつぶやく。
「……私と一緒」
一拍置いて、さらに呟いたツグミの言葉に、ティアは首を傾げながらも後追いしなかった。
「ツグミさん、もしイルミルカルの身に何か異変があるとしたら、どうなるんですか?」
「死に向かうと、幻影が暴走する子がいる」
「暴走って?」
「森に入るとめまいがするのはそのせいかも。
「つまり、森全体が幻影能力の影響を受けているってこと?」
ラグの言葉に、小さくツグミが頷く。
「周囲への影響もそうなんだけど、本人も混乱状態になる」
「イルミルカル自身が混乱する?」
「うん、だから苦しい」
ツグミが悲しそうに視線を落とした。
「時には人を襲うこともあるよ」
「村長もあんたと同じようなことを言っていたよ」
「それじゃぁ……」
「だから、生守師がやってきた」
生守師。
「3日前にね」
ツグミと、ラグが息を飲んだ。
「イルミルカル様だっていうのに、村長は何を考えているのか」
ティアは溜息とともに言った。
「明日には終わらせるっていうんだから」
「……処置」
ツグミの感情の消えた表情が浮かぶ。
ラグはツグミのその表情を知っていた。
足元で人知れず死んでゆく虫にも向けてきた、あの表情だった。
生々しい終わりという事実と、優しいスープの匂いが部屋に広がった。
「明日なら、まだ間に合うね」
ティアがツグミを振り返った。
「まだ間に合うよ」
ツグミは今にも泣き出しそうな、笑みを浮かべた。
■女王様のお茶会■
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■NOTEにて、ツグミノミの制作秘話を公開中
ツグミノミ制作ノート https://note.com/nagiho_uosawa/m/m833291b12a8e
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