3.目をつけられてしまう
学びの場において、最初に違和を覚えたのは私ではなく、周囲であったのだろう。
日々の積み重ねは、時に目立たぬ形で差となって現れる。
書にせよ、算にせよ、私は常に“ほどほど”を心がけていた。出過ぎず、劣りすぎず。
(これでよい)
そう思っていた。
だが、どうやらそれは、私の認識が甘かったらしい。
ある日のことである。
父のもとに、客人が訪れていた。学問に通じた人物であるらしく、穏やかながらも鋭い眼差しを持っている。
「この子が、例の……」
その言葉に、父は小さく頷いた。
(例の、とは何だ)
内心でそう思いながらも、私は静かに座していた。余計な言葉は不要である。
「少し、書を見せてもらえるかな」
客人の言葉に従い、筆を取る。
いつも通り――いや、ほんのわずかに崩すことを意識しながら、文字をしたためる。
一画ごとに間を置き、幼子らしい迷いを“演じる”。
書き終え、筆を置いた。
しばしの沈黙。
「……なるほど」
客人はそう呟き、私の書をじっと見つめている。
その目は、単なる出来不出来を見ているものではない。
(見抜かれたか)
直感でそう理解した。
「この年で、この筆致。見事なものだ」
穏やかな声であったが、その内には確かな驚きが含まれていた。
父もまた、表情を崩さぬまま、わずかに息をつく。
「まだ幼く、粗も多うございます」
父の言葉は謙遜であろう。だが、その意図も理解できる。
ここで持ち上げられすぎるのは、決して望ましいことではない。
(助かる)
私は内心でそう思った。
客人はやがて、今度は簡単な問いを投げかけてきた。
「では、これはどう考える」
示されたのは、算の問題である。
難しいものではない。だが、幼子にとっては少しばかり骨が折れる内容だろう。
私は一度、視線を落とした。
(すぐに答えてはならぬ)
わずかに時間を置き、考える素振りを見せる。
そして、導き出した答えを、静かに口にした。
「……このようになるかと」
再び、沈黙。
やがて、客人は小さく笑った。
「よくできている」
その一言で十分であった。
評価は過度ではない。だが、軽くもない。
まさに“適切”といえるものである。
(上出来であろう)
私は内心でそう判断した。
その後、客人は父としばし言葉を交わし、やがて帰っていった。
去り際に、もう一度だけ私を見たのが印象に残っている。
「この子は……いずれ面白いことになりそうだ」
小さな声であったが、確かにそう言った。
(面白い、か)
私としては、面白くなどならなくてよい。
ただ、無難に生きられればそれでよいのだ。
だが――
(既に、少しばかり目をつけられている、ということか)
そう考えると、わずかにため息が出そうになる。
知識は隠しきれるものではない。
抑えているつもりでも、どこかで滲み出る。
それをどう扱うか。
(今後は、より慎重に振る舞う必要があるな)
私は静かにそう考えた。
評価とは、積み重なるものである。
一つ一つは小さくとも、やがては無視できぬものとなる。
そしてそれは、望むと望まざるとに関わらず、人を上へと押し上げる。
(……無難に生きるというのも、なかなか難しいものだ)
幼い身でありながら、私はそんなことを思うのであった。




