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4.知識や才能は押さえられる物では無い


無難に生きる――それは、言うほど容易なことではない。

そう思い知らされたのは、ある日の学びの場であった。

いつものように、私は他の子らとともに机に向かっていた。

課されていたのは、漢文の一節の解釈である。決して難解なものではないが、幼い身にはやや骨の折れる課題であろう。

(さて、どの程度に抑えるべきか)

問題を見た瞬間、答えはすぐに浮かんだ。

だが、それをそのまま口にするのは避けるべきである。

いつも通り、少し考えるふりをして――

そう思った、その時であった。

「……わからぬ」

誰かが、ぽつりと呟いた。

見れば、周囲の子らも手を止めている。

教師役の者も、すぐには助け舟を出さぬ様子であった。

(これは……)

空気が、わずかに重い。

この場は、誰かが答えねば進まぬ。

だが、誰も手を挙げようとはしない。

(さて、どうする)

ここで沈黙を守るのは簡単である。

無難に流されるなら、それが最善かもしれぬ。

だが――

(それでは、不自然か)

これまでの積み重ねを考えれば、何もできぬふりをするのもまた違和となる。

“ほどほどにできる者”としての立ち位置を崩さぬためには、ここで何も言わぬ方が危うい。

私は静かに手を挙げた。

「……こうではないでしょうか」

声は抑え、簡潔に答える。

余計な解説は加えない。

だが――

「なぜそうなる」

すぐに問いが返ってきた。

(やはり来たか)

内心で小さく息をつく。

ここで誤魔化すことはできない。

私は一瞬だけ言葉を選び、そして口を開いた。

「この句は前後の流れから、主語が省かれていると考えます。ゆえに――」

説明を始めた時点で、しまった、と思った。

止まらぬ。

理屈が、自然と口をついて出る。

構造、文脈、意図――それらを組み立て、筋道立てて説明してしまっている。

(やりすぎだ)

気づいたときには、もう遅かった。

場は、静まり返っていた。

子どもたちは理解しきれぬ様子であるが、教師役の者は違う。

その目は、明らかに先ほどまでと変わっていた。

「……なるほど」

低く、納得した声。

それだけで十分であった。

(完全に、目立ったな)

私は内心でそう結論づけた。

その後の時間、周囲の視線がわずかに変わったのを感じていた。

好奇か、驚きか、それとも別の何かか。

いずれにせよ、“普通の子ども”として見られてはいない。

(失策であったか)

いや、そうとも言い切れぬ。

あの場で何もせぬ方が、不自然であった可能性もある。

結局のところ――

(完全に抑えきることなど、できぬということか)

知識というものは、隠そうとして隠しきれるものではない。

むしろ、抑えようとするほどに、別の形で表に出る。

もともと隠し事や言い訳などできぬ性格なのだ。

であれば。

(使い方を誤らぬことが肝要か)

目立たぬようにしつつ、必要な場では使う。

その加減こそが、生き残るための鍵となるであろう。

私は静かに筆を取り直した。

無難に生きる。

その道は、思っていたよりもずっと細く、そして難しい。

だが――

(それでも、その道を選ぶ)

そう、改めて心に決めたのであった。



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