25.師からの呼び出し
任官してからというもの、周囲が妙に騒がしい。
下野権少掾。
たかが地方官、それも権官。
そう思っているのは、どうやら私だけらしい。
「野見宿禰の再来、か~」
机に突っ伏したまま呟く。
(誰だ、言い始めたのは)
迷惑極まりない。
文だけでも十分面倒なのに、今度は弓まで加わった。
静かに生きたい。
ただ、それだけなのだが。
世の中、なかなか上手くいかない。
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「……でどうしたんですか?」
顔も上げずに言う。
「聞いていましたか?」
呆れた声が返ってきた。
目の前には、島田宣来子、忠臣殿の言伝を伝えに来たらしい。
「聞いていますよ」
「なら、返事をしてください」
「面倒だ」
即答だった。
宣来子は小さく息を吐く。
「父が呼んでおります」
「行きたくない」
「子供ですか、あなたは」
(否定できないな)
少しだけそう思う。
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島田忠臣。
私の師であり父の弟子。
性格は真面目、とても厳格。
そして、話が長い。
行けば確実に疲れる。
「今日は疲れているんだ」
「何にです?」
「生きることに?」
「大げさです」
宣来子は呆れた顔をした。
だが、少しだけ笑っている。
(慣れたな)
最初の頃なら、もっと困った顔をしていた。
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「で、何の用だと?」
ようやく身体を起こす。
宣来子は袖を整えながら答えた。
「大学寮へ顔を出せ、と」
(嫌な予感しかしない)
「断ってくれ」
「無理です」
「そこを何とか」
「無理です」
即答だった。
(強くなったな……)
誰の影響だろう。
おそらく私が散々怠けてるせいだろうな...
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「最近、大学寮に顔を出していらっしゃらないんでしょう」
宣来子が言う。
「忙しいからな」
「庭で弓を引いていたと聞きましたが」
(広相か)
余計なことを。
「……あれは事故だ」
「どういう事故なら、野見宿禰の再来などと呼ばれるんです?」
「私が聞きたい」
本気だった。
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「おーい、道真」
間延びした声。
振り返ると、渡会春彦が立っていた。
「また呼び出しか?」
「そのようです」
「行っとけ行っとけ」
気軽に言う。
「あなたははいつも他人事ですね」
「実際、他人事だからな」
その通りで腹が立つ。
春彦は宣来子を見る。
そして、少しだけ笑った。
「島田殿も大変だ」
「本当に」
即答だった。
(酷くないか?)
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春彦は私の机に腰を預ける。
「でもまあ、行った方がいいぞ」
「なぜだ」
「最近、大学寮が妙に騒がしい」
(またか)
嫌な予感が増えた。
「お前のせいでな」
「知らん」
「知ってる奴がいるか」
春彦は笑う。
「得業生。若くして任官。挙句、弓まで上手い」
「そりゃ噂にもなる」
(本当に面倒だな)
改めてそう思う。
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宣来子が立ち上がる。
「では、私は先に戻ります」
「逃げる気か」
「誰かさんと違って、暇ではないので」
さらりと言われた。
最近、妙に言葉が鋭い。
「父上には、来ると伝えておきます」
「まだ行くとは言っていない」
「来ますよね?」
笑顔だった。
だが、逃げ道がない。
(師弟というのは理不尽だ)
小さくため息を吐く。
「……行く」
「はい」
満足そうに頷き、宣来子は去っていった。
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しばらく沈黙。
春彦がぽつりと言う。
「良い婚約者じゃないか」
「そうか?」
「少なくとも、お前を動かせる」
(確かに)
それは否定できなかった。
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窓の外を見る。
空は高い、京の空だ。
京は静かで、騒がしい。
(大学寮、か)
少し前まで、毎日いた場所。
だが、今はもう違う。
学生ではあるが官人となった。
それでも——
(結局、呼び戻されるのだな)
小さく息を吐く。
どうやら、静かに生きる道は。
まだ、遠いらしい。




