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叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧版  作者: tempp
第7章 位波家心中事件

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プロポーズの言葉

 私? 私は柚だよ。

 ここは私の『幸せのマイホーム』。みんなが幸せになればいいと思ってる。素敵だよね。ここに住むみんなが幸せになりますように。

 私はずっとここにいる。この家でみんなが幸せになって欲しいと思ってるんだ。

 どうしたらみんなが幸せになれるんだろう、うーん。よくわからないや。

 みんなの願いが叶いますように。なんだってここは『幸せのマイホーム』なんだから。


 ……とはいっても。よくわからないんだ。本当はね。

 この家にはいろいろな人が住んで、でもしばらくしたらいなくなっちゃう。誰もいないとちょっと寂しいかな。誰もいないときはここにいた人たちとお話をする。いろんな人がいるからつまらなくはないんだ。いろんなお話を聞く。

 そっか、苦しいのか。うんうん、悲しいんだね。そっかそっか。でも、私にはその、感情っていうものはよくわからないんだ。ごめんなさい。多分私が『呪い』というやつだからなんだと思う。


 私は『呪い』らしい。ふうん。

 よくわからないけど。うん、本当はね、幸せっていうのもよくわからないんだ。ごめんね。だからみんなに聞いて、それが実現するように手伝うよ。うんうん。みんな『幸せ』っていうのになれるといいね。


 私はみんなと一緒だよ。ずっと一緒にいようね。だってここは『幸せのマイホーム』なんだから。

 みんな大好き。だから一緒にいてね。ずっとだよ。

 だからそろそろ食べられない? きっとそれで寂しくなくなるよ。


◇◇◇


 呪いから戻ると公理さんがうつらうつらしていた。

 見張りももう難しいな。まあ呪いの中では襲われなさそうだから構わない。


「公理さん、ちょっと話がある」

「ん、何?」

「やっぱ小さい柚は公理さんと一緒にいたいんだって」

「うん、一緒にいるよ。ハルの魄を取り戻したら一緒に住むんだ」

「……こっちで一緒にいたいんだって」

「うん? こっちで? どうやって?」

「公理さんの中に小さな柚を混ぜる。公理さんが今からっぽのところのどこかに」

「ええ? でもこっちきてもらっても俺、養えないんだけど。お仕事できないし」


 なんか妙に現実的だな。


「それにね、あっちに行って柚ちゃんの髪を切ってあげたいの」

「それはわかってる。でもあっちに全部行くと公理さんはそのうち食べられちゃうかおなかすいて死んじゃうだろ? 家だって呪いの力で存在してるんだからさ、なんか食わないと生きていけない」

「ううん、まあそれはそうなのかな。そういえば真っ暗で食べる物はなかったような」

「だろ? でも柚ちゃんは公理さんとずっと一緒にいたいんだって。公理さんがいなくなるのは嫌なんだって」

「そうなの? なんか俺愛されてる? ふふ。なんか嬉しい。うーん、でも俺の中に住むの? 変な感じ」

「公理さんも柚の中の家に住むつもりだったんだろ? じゃあ同じだろ」

「そういえばそうなのかな」

「だから、作戦だ。公理さんに損はない」


 作戦についての説明。

 公理さんに小さな柚と家を宿らせ、家が障壁を張って柚の呪いから守りつつ俺と公理さんの魂魄を回収する。うまくいけば公理さんは魄を全て取り戻して、またこっちでハサミを握れる。小さな柚も一緒だ。

 ダメだったら柚の呪いに丸呑みされるけど、それは公理さん的にはあえて反対する結末じゃない。結局の所、公理さんが選択したように全てが呪いの中に行くだけだ。呪いに飲まれて小さな柚の髪を切って暮らせばいい。

 俺も俺の呪いにじわじわ縊り殺されるよりは違う呪いと戦って死んだ方が気分がいい。俺の呪いを俺のために役立てるというのもなんだか痛快だな。意趣返しだ。


「そっか、柚ちゃんが引っ越してくるのか。俺の体に? うーん、じゃあ柚ちゃんには俺の左目に住んで欲しいな」

「左目?」

「そう、柚ちゃんは外で色々なものが見たいって言ってたから」

「わかった、じゃあちょっと行ってくる」

「まって俺が行く」

「駄目だ。公理さんは既におかしい」

「でもプロポーズは自分でしないといけないと思って」

「プロポーズ?」

「一生一緒にいるんでしょう?」

「まぁ、そう、なの、かな? じゃあついでに置いてきたものは回収してこい。向こうじゃなくこっちで住むんだからな。基本的に全部持って帰るんだぞ。わかったか」

「うん」


 プロポーズ? よくわからない理由で押し切られた気がする。


◇◇◇


 それからしばらく時間が経って、一瞬公理さんの左目から呪いがあふれ出て、すぐに収まった。

 閉じられた公理さんの左目のまぶた越しに眼球がきょろきょろ動いているのがわかる。


「公理さん、呪いが溢れたが大丈夫なのか?」

「うん、平気。今お引っ越し中。俺の左目におうちをつくるの。ふふ、せっかくだからいいおうちにしないとね」


 公理さんは家を作るのにしばらく時間がかかると言った。

 新居だからいいのにしないと、と張り切っているが、本当に大丈夫なんだろうか。言っていることが何か妙だ。だがその表情はなんとなく落ち着いていて楽しそうだ。いいのかな? とりあえず悪化はしていない気はする。


 小一時間ほど待つと公理さんの目が開いた。

 まっすぐ俺を見る右目と部屋中をキョロキョロする左目。右目と左目が違う動きをしてるってことは意思が2つあるってことだよな?

 でも凄い気持ち悪いな。ホラーだ。普段は眼帯でもしておいたほうがいいかもしれない。

 そして左目が落ち着いたら公理さんは目に見えて落ち込んだ。これまでのぼんやりした表情と違って溢れる複雑な感情。身悶えている。置いてきた魂は持ってこれたんだろうか? どういう変化だ?


「どうなった?」

「引っ越してきた。そうか。……それから心配かけてごめん。今絶賛超ウルトラ物凄く落ち込んでる、ああ、恥ずかしくて死にそう」

「なんだ急に」


 公理さんが眉を揉む右手の間から俺をチラチラ見る。


「髪洗ってもらっただろ? 男と風呂に入るとか。俺、大事なものをなくした気分」


 ああ、『他人に触れたい気持ち』の反対の『触れられたくない気持ち』か。

 あんな素直に髪の毛洗ってって言ったくせに。


「脱いだのは公理さんだけだ。ただの介護だよ」

「それに恋人繋ぎした。ぐう、辛い。男と恋人繋ぎとか。屈辱。責任とって結婚して?」

「お前小さな柚にプロポーズしてきたんじゃないのか? 馬鹿言ってないで今後のことだ。本当に大丈夫なのか」

「大丈夫。じゃあ友達。友達なら許せるかも。ハルは友達だよね?」

「ああ、まあ、そうだな」


 なんだこれ。普通の公理さんに戻ったようだがなんか変だな。妙な反動とかがあるんだろうか。何を今更。ニヤニヤしてる分余計気持ち悪い。まあお互い様かもしれないな。魂が戻ってよかった、本当に。


「ふふ。なんかすげ恥ずかしい。えっと、音楽以外の魂は返してもらったし俺が落としたやつは拾ってきた。家自体で落としたものじゃないし俺が勝手にこぼした奴だから大丈夫だったみたい。俺、変だったな。ほんと恥ずかしい。まじでごめん」

「正気に戻ったか?」

「うん、多分。で、状況は把握している。すぐに行く?」

「そうだな。公理さんの魄はいつ消化されるかわからない。早めがいいだろう。俺の呪いの調節が済んだらすぐにでも」


 家の障壁は公理さんの表面スレスレに既に発生しているらしい。だけど俺にも公理さんにも見えない。そもそも俺は俺の扉は見えなかった。公理さんの家は俺の扉と違って公理さんのギリギリ内側に設置されたらしいから見えないようだ。


 公理さんと手を繋ぐ。友達繋ぎという名前にしよう。そこから家の呪いが渡ってくるのがわかった。俺は急いで念じる。これは俺の体の隙間から侵入して俺を乗っとる危険なやつだ。今俺の中に移動してこようとしているものは俺を喰らい尽くす呪いだ。俺の内側に入れてはいけない。侵入を防ぐことを意識する。

 そう念じると、俺の中の呪いはゆるゆると動き広がっていった。以前の練習が少し役に立っている気がする。それにひょっとしたら俺の呪いも柚の呪いが侵入してきて、俺が動けなくなったことを覚えているのかもしれない。家と柚の呪いは基本的に同じものだから。


 俺の周りを薄くめぐる家の気配と、これを弾くために俺の表皮、薄皮一枚の下に薄く展開する俺の呪い。ビニールシートに二重にくるまれているような妙な感覚。だが体は動く。

 公理さんと手を繋ぐ限り、この状態は維持できそうだ。二重の呪いで守られる。変な感じだな。俺の呪いが俺を守るのか。気持ち悪くて気味がいい。


「友達だから手をつないであげてもいいよ」

「公理さん、いつにもまして気持ち悪いぞ」

「取戻しに行こう、全てを」

「そうだな」


◇◇◇


 公理さんをのせた車椅子を押して坂道を登る。

 タクシーで家の前までつける方法も考えたが、以前、俺は近づいただけで倒れた。家の障壁の呪いに対する実効性はいまいち未確認だから、マージンをとってこのくらいの距離から近づくのがいいだろう。そういえば俺は実際の家に立ち入るのは今回が初めてだな。


 明るい真昼間なのに、坂道からはあいかわらず闇がさらさらと流れ落ちている。だが俺たちの近くに到達すると、さらりと2つにわかれて下に降り去った。モーゼみたいだ。まとわりつかれることもない。家の障壁は発動しているんだと思う。


「どうやって入るのさ」

「ピッキング」


 家の玄関は簡単に開いた。安い賃貸に高い鍵は使われない。必要最低限のものだ。開くとすぐにたくさんの闇が流れ出た。障壁の存在だけ確認して急いで中に入る。まるで白黒逆転したスモーク焚いている部屋の扉を開けたみたいだった。そして家の中はまさに白黒逆転していて、外では白い日差しが輝いていたのに家の中は何も見えない闇に塗り込まれていた。


 一寸先どころか全てが闇。昼なら闇も薄まらないかと期待したが全くダメだったな。

 様子を伺う。静かだ。時刻は13時。いつもなら柚は仕事をしているが出られない。だが今はこの家から出られない。だから恐らくこの家の中にいるのだろう。

 長居はしないほうが得策だ。家は障壁は大丈夫だとはいっていたがここは敵地。即死の沼の中だ。少しの綻びで即死する。何が起こるかわからないし柚が邪魔するかもしれない。車いすは家の前に置いてきたが、極力音をたてないようにして公理さんに肩を貸して歩く。急ごうとしても時間がかかる。


「公理さん。俺らの魂魄の場所はわかるか」

「わかる。落としたところ」


 まずは近い居間。俺は右手指から呪いに入る。呪いの中で、更に呪いの内側に入る。なんだか深い沼の更に底には潜っていくようで気持ちが悪い。公理さんと手をつなぎながら和室の障子の前で横たわる。

 呪いの中の呪い。俺の首はわずかに残した呪いの中の家の残骸、セーフポイントに置いてある。見つけた、おれの首。これを俺が食べるのか。吸収すると意識したとたん、するりと何かが俺の中に入り込み、途端に首筋がざわめき始めた。よし、戻った。この懐かしい不運の予兆に踊り出したい。まるで首が剥がれ落ちそうな凶悪な予兆。だが額は働いていない。この齟齬が喜ばしい。次は指だ。


「公理さん、首は戻った。次は指だ。どこかわかるか」

「指はここだよ」

「柚?」


 暗闇から全てを凍らせるような柚の声がした。


◇◇◇


 ハルが押す車椅子で坂道を登る。

 その間、俺は小さな柚と色々なことを話した。小さな柚が初めてやってきた外。家も家から離れた街の姿を見るのは初めてのようだ。途中に通過した辻切の高層建築群や人の量に驚いていた。

 そうだ、君たちの外にも世界がある。たくさんの人がいる。俺が根付き、これから一緒に暮らす世界がある。


 そう考えるとあの呪いの中の大きな柚は現実の柚と一緒に外に出られないのかな。柚の空いた穴ってあの大きな柚なんでしょう? 小さい柚もその中に含まれているのかもしれないけど。

 そう家に聞いてみたけど、どうやらそれは無理らしい。大きな柚は柚だけじゃなくてあの家にこれまで住んだ多くの人の記憶もその中に混ざっているらしい。そういったものの集合体。

 今、現実の柚は他の人と同じように大きな柚に混ざっている状態のようだ。あの大きな柚はすっかり巨大に膨れ上がってあの家に定着し、建材の一つ一つに深くまで染み込んで、もはや家から切り離すことは不可能らしい。

 人を殺して存在を取り込むというのは、おそらくそういうものなのだろう。家に守られなかった大きな柚は様々な魂と混じり合ってすっかり変質してしまったんだ。取り込んだ者の望みに大きな柚も呪われた。


 俺はこれからハルの全てを取り返しに行く。ついでに俺の半分も。

 色々考えた。どこまで呪いが影響していたのか。確かに俺は魂をたくさん呪いの中に落っことした。でも俺は呪いの中で俺として存在し得た。それはきっとハルがいたからだと思う。ハルだけは助けたいという思いが俺が安易に呪いに靡くのを防いでいた。


 でもこれからについて。欠落した状態で色々考えて小さな柚と暮らすことを決めたけど、それも別に呪いが俺を捻じ曲げた結果ではなかった。俺は確かに第一に俺の半分を取り戻したい。ないと何もできないからね。でも取り戻せないなら呪いの中で小さな柚と暮らすのが悪くないと思ったのは俺の意思だ。今もそう思えているから。


「ねえ柚ちゃん。俺は別に呪いの中で暮らしてもいいんだよ」

  それは嫌。呪いの中だと公理さんはいなくなっちゃうんでしょう?

「まあ多分、そうなんだろうね」

  公理さんが好き。だから一緒にいたいの。この外で。


 小さな柚が言っていることが真意だとわかる。俺の中で気持ちは伝わる。

 だから俺は小さな柚と一緒にいるために一緒に呪いを越えよう。でもそれが無理なら呪いの中で朽ちてもいい。最後に小さな柚の髪を切って。


  嫌。それは嫌。公理さんと離れたくない。


 ありがとう柚ちゃん。わかってる。できる限りはがんばるよ。

 ハルの魄を魂を取り返すのは大前提だけど、取り返した後は俺は柚ちゃんと行きていく。だから俺と柚ちゃんの将来の話をしよう。一緒に未来をつくろう。俺たちの、一緒に苦しんだり悲しんだりもするただの『マイホーム』を。幸せじゃなくたっていい。幸せになろうとすることを俺と柚ちゃんは決めた。

 これは俺たちの秘密で、だからプロポーズの言葉も秘密。

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