呪いが求めた幸福
私は位波楓の記録。
ここは私と夫と小さな子供たちの『幸せなマイホーム』。そうじゃなきゃいけなかったの。
だから、この家に他の人がいるのはおかしいわよね?
私は瀧本夏観の記録。
新しい家に引っ越してきた。夫と娘の3人で暮らす家。最近なんだか視線を感じるけど、ここは『幸せなマイホーム』。
そういえば私たちが飼っていた鳩のフラウはどこにいったのかしら。
私は請園恭生の記録。
ここは私たちの『幸せなマイホーム』なんだ。鳩を飼ってみんなで穏やかに仲良く暮らして、神に近づきたいと思っていた。だからこの目だけはみんなの祈りの通りに。
私は喜友名晋司の記録。
私は画家でこの家で絵を描いて暮らしていた。私は私の絵を認めて欲しかった。もっと言うと私自身を。だからこの『幸せなマイホーム』にあったお菓子を食べて、素敵な絵を描いた。
俺は越谷泰斗の記録。
敬愛する喜友名先生の家で喜友名先生の魂を見つけた。なんて素晴らしい。この喜友名先生が絵を描いて暮らした『幸せなマイホーム』は俺にとっても『幸せなマイホーム』。ここで喜友名先生に是非とも絵を書いて頂きたい。素敵な絵を。
私は貝田弘江の記録。
橋屋さんたちはあの家を『幸せなマイホーム』と言っていたけど、それなら毎晩叫び声が聞こえるのはおかしいわ。私が助けてあげないと。
◇◇◇
この呪いの名前は『幸せなマイホーム』。
家の呪い。この家の全てに繋がる呪い。
なんとなくそんな気はしていた。この呪いからは俺の呪いと違って誰かを不幸に陥れようとする積極的な意思は感じられなかったから。
そして家の存在も不自然すぎた。柚でもなく、呪いでもない。ただ、呪いに囚われ、何も出来ない無力な存在。
それからやはり呪いは柚。呪いを最初に発生させたのは柚だ。柚がおそらく最初の位波の不幸の原因。
不幸、不幸を起こすつもりはなかったんだろうな。『幸せなマイホーム』を求めていただけなんだろう。けれどもその力を行使して、呪いの力で幸せを作ろうとしてしまった。そして位波家のバイアスの『黒い幽霊』はおそらく家にいた柚の望み。生霊というよりは分霊なのかな。
瀧本夏観は『呪いの依代』として1つ下の位波家のバイアスに閉じ込められていた位波柚の『呪いの媒体』を引き出した。
そして心中という結果を求めて3人ともがきっちり死ぬまで、普通ではその前に動けなくなるにもかかわらずお互いを刺しあった。他殺が当然とみなされるレベルに。それが呪いの効果。
思えば瀧本夏観の滲み出す『呪いの媒体』は柚の闇のような『呪いの媒体』によく似ている。位波のバイアス上で廊下を埋め尽くしていた闇は柚の呪いと同じものに見えた。バイアスが積み重なるごとにその形は新しい魂を混ぜ込んでその姿を変えていったのだろうけど、結局根本は全て柚の呪いだ。
それから目の前の家。これも柚。
何をどうやったのかわからないが、小さい柚は自分の魂を家と混ぜたんだ。そうとしか考えられない。そもそも建材が寄り集まった家が強固な意思を持つとは思えなかった。柚はもともと霊媒か何かの体質だったのかもしれない。
家はもともとはただの家。ぼんやりと家としての情報を持っていただけのただの家。幸せなマイホームになって欲しいという建築家の思念の残滓が家に残った程度の弱い存在。
そこに幸せなマイホームを願う小さな柚の魂がまじったもの。小さな柚は呪いの中で、家に閉じこもって時間を止めた。
家の話では、柚の魂は小さな家に入り切らずにあふれていき、色々なものに魂を混ぜた。それが家の外にいた呪いの中の大きな柚。小さな柚を守っている小さな家からはみ出して、家の中そのものに染み付いた様々な思いと同化した呪いの柚。
家を『幸せなマイホーム』にしようとする小さな柚の思いとは別に、その思いを様々な形で様々な感情を増幅・飲み込みながら『幸せなマイホーム』を実現しようとする呪いとして時間を過ごした呪いの中の大きな柚。
位波一家の想い。父親の恐怖、母親の悩み、有一の悲しみ、柚自身の溢れた幸せではない想い。そういった家に新しく付着した様々な感情に無意識のうちに大きな柚の魂は混ざって増幅していった。
小さな柚が望んだのは素朴な『幸せなマイホーム』。でもその外の大きな柚が望んだのも『幸せなマイホーム』。
そして強制される『幸せなマイホーム』に耐えきれずに最初の不幸が起こった。
思えばバイアスの中の位波楓はおかしかった。逃げることができなかったんだろう。だから逃げられると知ってすぐに逃げた。有一を連れて、呪いである柚を置いて。
実際の事件の時はどうだったんだろう。もうわからないけど、でも逃げられなかったんだろう。あの家にはバイアスと違って現実に小さな柚が生きていて、そして位波楓は柚の母親だったから。
けれども心中が発覚した後柚が家を出た時に、現実の柚は魂をわけた呪いの柚と物理的に引き剥がされて穴が空き、小さな柚はバイアスの1番下にいる家に閉じこもり、大きな柚は大きな力でこの家に住む者の願う『幸せなマイホーム』の実現に力を貸した。
柚が家を出た時に柚の本体と魂をわけた呪いの柚は物理的に分断されて穴が空き、小さな柚はバイアスの1番下にいる家に閉じこもり、大きな柚は大きな力でこの家に住む者の願う『幸せなマイホーム』の実現に力を貸していた。
でも俺と公理さんが呪いの中にある自分の魂魄を感じるように、柚と柚の呪いの分断も完全ではなく、悪夢という形で呪いが柚に家の様子をフィードバックしていた。
今、柚と大きな柚は家にいる間は昔この家に住んでいた時と同じように完全に混じり合って穴は埋まっている。その中で家が守っていた小さな柚だけが独立して存在している。
そうするとバイアスというのは防衛機構だったのかもしれない。柚の呪いを細かく分けて1番下にいた小さな柚を守るもの。大きな柚に混ざってしまわないように。
それから仮に無制限に『呪いの媒体』が引き出されたら、いつしか呪いの中にいる小さな柚まで引き出されかねない。だから小さな柚が通れないよう、小さな柚を守るために家は自分で自分に呪いをかけた。そして家は長い時間を過ごすうちに忘れてしまって、現実の柚が引っ越してきた時に守ろうとして俺に呪いの解除を依頼した。
この不自然さにこれまで気がつかなかった理由。
そもそも柚は柚だ。公理さんが言っていたように自分の中で自分を認識することは困難だ。だから柚自身は自分が家に混ざっていることにも、自分が呪いとなっていることにも気がついていなかった。小さな柚、それから呪いの中の大きな柚が柚自身であることも。そして現実の柚も呪いが自分であることを認識できなくて、呪いの中に存在する呪いとは別の存在、家が呪いであると認識していたのかもしれない。
俺は多分家に扉をつけられたから最初に家を呪いと認識し、公理さんは扉と同じ成分を有する柚の呪いを狂った家と認識した。きっと俺の扉を通して見ていたのもあって。
結局は、ばらばらになった柚が俺たちに助けを求めていた。
結論としての方法論。
結局の所、最大の争点は現実の家の中に魂魄を回収しに行く方法があるのかどうか。呪いの中に入って食べられましたじゃ話にならない。
それでね 僕は呪いとはちょっと違って家なんだ
小さい柚ちゃんと大きい柚ちゃんを分けているのは僕なの
だからお兄さんたちを呪いから分けることもできると思う
「最初に俺と柚を遮っていたように? でもあれは貫通しただろ」
越谷泰斗のバイアスを消滅させるまでは俺と柚の間には防壁があった。けれどもそれは消滅した。
あの防壁はお兄さんに扉をくっつけたときに扉のほうにつけたんだ
だから貼り直せなかった
それにお兄さんは家の中を移動するでしょう?
家全体には張るのは無理だからお兄さんに貼るしかないんだ
「だが扉はもうない」
うん だから僕をお友達のお兄さん、公理さんに混ぜようと思う
公理さんを小さな柚ちゃんの家にする
柚ちゃんを公理さんにうつして 二人まとめて僕が守る
「そんなことができるのか?」
大丈夫だと思う 公理さんは1度そのほとんどが呪いに混ざった
なのに奇麗に分離できた
今もこの呪いの中に公理さんの半分が残っているけどちゃんと分離できている
だから公理さんに柚ちゃんが混ざることもないと思う
それから公理さんと混ざろうと思っている大きな柚の呪いを切り離せれば勝手に混ざることはないはず
それにもう柚ちゃんの呪いにすっかりなれていて 柚ちゃんがうつっても平気なはず
公理さんはすでにお兄さんが考えているよりずっと 僕や柚ちゃんに近い性質になっている
この前公理さんは僕をちょっと食べたけどなんともなさそうだったから 僕と柚ちゃんが一緒に公理さんにうつっても問題ないと思う
家を食べたとか公理さんは何をやっているんだ……?
実現可能かどうかはこれから実験する。
公理さんはちょうど隙間が空いている。左半分。公理さんの失われた部分を呪いで満たし、そこを呪いの内側にする。その呪いをエネルギーに、俺に扉をつけたのと同じ要領で公理さんのギリギリ外側に家が新しく家を建て、公理さんに小さな柚が移り混む。公理さんは俺のように呪いを自分から追い出したりはできない。だから公理さんの内側で小さな柚は安定して存在することが可能になるそうだ。
それから魂魄を取り戻す方法。
家が公理さんを柚の呪いから守る。これまで小さな柚にしていたように公理さんから呪いを弾く。公理さんは小さな柚が家から出て自分と一緒に散歩したと言っていたけど、実際は小さな柚は家に守られたままだった。
公理さんが家は場所を動かせないという固定観念があったから家から出たと認識したのにすぎなくて、小さな柚としては常に家の中にいたという認識のようだ。だから家が小さな柚ごと公理さんを家の中に入れて守り、呪いを弾く。
「だが公理さんは歩けないぞ。柚の家に行けない」
え そうなの? どうしよう
そうか、公理さんは呪いの中で自由に動けると言っていたからな。おそらく呪いは観念的な世界で、現実とは違う。現実では公理さんの半身は動かず、家までたどり着けない。
「家、俺にも防壁を張れないか」
僕はそんなに容量がないんだ 柚ちゃんも全部入らなかった
だから公理さんとお兄さん2人分は覆えないよ
覆えてもそれはきっとものすごく薄くて 前に破れた時みたいに貫通しちゃうと思う
そうしたらお兄さんは多分そこに開いた穴から食べられて死んじゃう
「だが公理さんが1人で這って家に向かうのはあまりに現実的じゃない」
ううんそうか でももしお兄さんに防壁が張れたとしてもお兄さんの呪いが僕を追い出そうとする
だから結局どこかで穴が開いてしまうと思うんだ
呪いか。確かに俺の呪いは家の呪いを追い出していた。
よく考えろ。何か突破口はないか。請園恭生のバイアスを解除した時の実験。俺は『呪いの媒体』が俺を覆っている時、ある程度俺の呪いの位置を制御できた。同じことができないか。
「家、お前が俺の周りに薄く防壁を張って、その防壁に沿って俺が俺の呪いを展開する。大量の呪いの媒体が俺を齧っていた時、俺の呪いはそう簡単に『呪いの媒体』を追い返すことはできなかった。だから俺の呪いを薄く広げればバランスがとれてその状態が維持しうるのかもしれない。そうやって二重に柚の呪いから守る。その方法でなんとかならないかな。一瞬穴が開いても家か俺の呪いのどちらかで短時間の柚の呪いの侵入を防ぐ」
ええ? お兄さんは何を言っているの?
「公理さん1人じゃ無理だ。それに俺も俺の魄を取り戻したい。そのためにはあの家に入る必要があるんだろう?」
それはそうだけどさ そもそもそんなこと可能なの?
「試してみよう。俺は少しでも可能性があるなら諦めない」
理屈はわからなくもないんだけどさ
公理さんも言ってたけどお兄さんは無茶苦茶だね
それを呪いの家に言われたくはないな……。




