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叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧版  作者: tempp
第7章 位波家心中事件

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幸せなマイホーム

 僕は家。そう、大きな柚ちゃんが住む家。僕は大きな柚ちゃんが僕に帰ってきてから、柚ちゃんを不幸にしたくないと思っていた。今度こそ不幸にならないように家から出ていって欲しいって。僕はてっきりバイアスが僕を閉じ込める呪いだと思っていたんだけど、結局は全部柚ちゃんだった。

 お兄さんたちが呪いの中に来てくれて、初めて自分が守っていたものが違う柚ちゃんだったってわかった。


 この呪いの全体は柚ちゃん。でも僕がこの呪いの中で守っているのは小さな柚ちゃん。自分のことを位波柚って言ってた。そうすると、僕に最初に住んでくれた柚ちゃん。現実の柚ちゃんは家を、僕を出て行ったけど、この柚ちゃんは僕と一緒にいたのかな。きっとそうなんだろうね。小さな柚ちゃん。


 僕はこの呪いの中に存在したという呪いの柚ちゃんはわからない。お兄さんが言うには、混ざってしまった現実の柚ちゃんとは別に、この呪いの中に大人の柚ちゃんがいたらしい。僕は長い間呪いと一緒にいるけど、そんな柚ちゃんは見たことがない。でも小さな柚ちゃんもお兄さんたちが来るまでいるのがわからなかった。大きな柚ちゃんは今もわからない。どうしてわからないのかな。わからないはずはないと思うのだけど。


 大人の柚ちゃんはいつからいたの? 大人というくらいだから、現実の柚ちゃんがまた引っ越してきた時からいるのかな。それとも呪いの中の僕の家の外でずっと成長していたのかな。


 柚ちゃんは何? それから僕は何? 家って何?


◇◇◇


 眠い。チリチリと窓から差し込む朝日が鬱陶しい。

 カーテンを閉めようかな。公理さんの家にも一応カーテンはあるがおそらく閉められたことはない。公理さんが夜景を酒の肴にしてそのまま寝ているんだろうから。

 俺の扉は無くなった。だから、寝ている時に夢に引きずり込まれる危険もなくなり安心して寝られるようになった。だが公理さんの不安定さは加速していて結局おちおち寝られない。いつのまにか呪いの中に行ってしまって帰ってこない可能性がある。


 どうしたものかな。寝かさなくても不安定さは加速する。現状維持で不快感を与えつつリラックスさせる。言ってることが無茶苦茶だ。

 結局寝たり起きたりしながら公理さんの寝息が安定しているのを観察している。意味があるのかはよくわからないが、気がついたら冷たくなっていた、とかは勘弁だからな。


 楽しいクッキング。

 そう思ってないとやってらんねぇ。

 やけっぱちで鍋を振る。俺も少し余裕がなくなっているのがわかる。昨日話して、公理さんは食われることを選んだ。それはもうすごくあっさり。初めからそう決めていたように。決めていたんだろうな。それならもう、仕方がない。


 俺は首だけは取り戻したいがあの家に特攻っていうのはつまり即死だ。それなら諦めて手元にある道具でなんとかするしかないだろう。また寿命が縮んだな。考えたって無駄なことは考えない。それも大事。どうせ俺は不運なんだしいまさらだ。そう思って自分を納得させようとしても胃は痛ぇ。まあ、時間が経てばなれるさ、きっと。どうせすぐにろくでもないことになるから。これまでと同じだ。むしろこれまでが幸運だったんだ。


 今直面している問題は、この時点で手を引くかどうか。でも俺は手があるならギリまで粘るぞ。


 多分、柚は家を出られない。だから殺しにいけない。でもいざとなって中身がなくなれば出るだろう。でもそれって俺や公理さんの魂魄が消化された後だ。消化されてしまったら取り戻せないから意味がない。

 でもまだ消化はされていない。呪いに潜った感じでもパーツはそろっていた。だから、消化されるまではあきらめない。消化されたらあきらめよう。

 学校も始まったしな。本当は今日は始業式で、病欠の連絡をいれている。奨学生だからあんまり休みたくはない。でもまぁ背に腹は代えられないしな。


 オリーブオイルでニンニク、鷹の爪、玉ねぎ、ベーコン、キノコ、野菜類の順に炒めて生米を投入してしばらく炒めたところに水とコンソメと牛乳を入れて弱火にする。生米の乾いた匂いがやわらかい牛乳とコンソメの香りに覆い尽くされる。あとはサラダチキンかな。茹でた鳥と野菜をカット。チキンは小さめがいい。一口サイズ。今日の野菜はレタス、赤かぶ、トマト、パプリカくらいかな。

 黒コショウと少しだけのチーズを削ってクリームリゾットとサラダ。挽きたての胡椒の香りが漂って、少しだけ食欲をそそる。

 ……公理さん弱ってるからな。多分胃も弱ってる。まだ食欲はあるだろうけど負担は少ない方がいいしなるべく食欲が増すような飯の方がいい。俺も。なんだかんだ体は資本だ。体が弱れば心も弱る。逆もまた然り?


 公理さんを呪いに入れたくない。ぽろぽろ大事なものを置いてくるだろう。

 でも公理さんの望みはあの小さな柚と暮らすことだ。望んでいるなら尊重したい。俺のためならやめろとは言ってみたが、なんだか妙に穏やかな顔であの小さな柚の髪を切ってあげたいんだ、と言われた。やっぱり結構前からそう覚悟を決めていたとしか思えない。


 公理さんは美容師だ。髪を切って暮らしていた。その表現は公理さんの魂で、この現実ではもう実現できない。最後に、俺の髪は切ってくれないのか、と質問した。意地悪な質問だ。公理さんは少し申し訳なさそうに、ごめんね、と微笑んだ。

 髪を切るのは公理さんの魂で、その芸術を表現する。それが最後の望みなら、俺はそれを尊重したい。

 小さな柚も家も嫌な奴ではなさそうだ。どう考えても悪手なら止めるかもしれないが、そこまでには至らない。そうしなくてもすでにどうしようもないほど悪手なんだから。それなら俺は止めない。俺もいざという時に止められたくない。

 本当にどうしてこうなったんだろうな。


「ハルのご飯は美味しいね」

「ああ、リクエストあれば作るよ」

「ええと、おいしいもの」

「そういうリクエストは女子に嫌われるぞ。小さな柚と暮らすんだろ?」

「そうだね、気をつける」


 公理さんの笑顔が少しだけぎこちない。甘味がわからなければ味覚のバランスも変わるだろう。本当はあまり美味くないのかもしれない。

 でも一応全部は食べた。まだ大丈夫。胡椒とチーズで辛味と風味は出せたかな。


「公理さん、小さな柚がこっちで公理さんと暮らしたいって言っていた」

「こっちで?」

「そう」

「どうやって?」

「わからないな」

「じゃあ聞いてくる」

「駄目だ。俺が聞いてくる」

「えぇ〜おうちに帰りたい」

「うん。公理さんはそのうちあっちに住むんだろ? でもこっちにいる間は俺といてくれ」

「そう? じゃあそうする」


 公理さんは少し残念そうに俺を見た。すまないな。本当はもう行ってしまいたいのかもしれないな。だが可能性がある限りは俺は諦めない。まあ、俺の自己満足だ。だからもう少し付き合ってくれ。全ての可能性が潰えるまでは。


◇◇◇


 公理さんの返事を届けに俺が再び『呪いの媒体』に入った時、小さな柚と家は俺を待ち構えていた。見えなかったけど。


  ハル 私公理さんと外で住むことにした

  僕がなんとかする

「うん? でも公理さんはこっちにくる気満々だよ?」

  うん でももういなくなるのは嫌なの 誰もいなくなって欲しくない

  公理さんがこっちに来たらいなくなっちゃうんでしょう?

  それは嫌 だから私がそっちに行くの


 強い決意のこもった言葉。

 でもそもそも小さな柚が外にくるなんて可能なのか?


 情報をすり合わせた結果、ほんの少しの可能性が生まれた。


 それぞれの目標の確認。

 俺の目標は俺の魄と公理さんの魂魄を取り戻すこと。

 公理さんの目標は呪いに食われること。ただ、これは半身不随のままでいるかどうかのバーターだ。だから元々の目標は全ての魂魄を取り戻すこと。

 小さな柚の目標は公理さんと暮らしたい。場所はこだわらない。

 家の目標は柚を、1番には小さな柚を守りたい。


 そうすると、俺と公理さんが全ての魂魄を取り戻し、公理さんと小さな柚と家が一緒に住むという目的は論理的には矛盾しない。


 次は目的達成の達成可能性。

 俺も公理さんも取り戻すべき魂魄はあの柚が現実に住む家の中にあり、直接あの家で魂魄を取り戻さないといけない。だが俺も公理さんもあの家に入れない。入った途端、柚の『呪いの媒体』に丸呑みされて即死だ。

 一方、今いるこの呪いの内側は、放っておいたら消滅又は消化されるであろうということを除けば積極的に食われる可能性は乏しい。既に柚の呪いの体内、胃袋の中にあるから新たに食われはしない、ということだ。とすれば、この状態を維持したまま呪いの家に入って魂魄を回収できればいい。だがそのための方法がわからない。


  僕は家。これまで呪いの中で小さな柚ちゃんを守ってきた

  だから僕がお兄さんたちを守る

「そうは言ってもそれは柚の呪いの中での話だろ? 公理さんは呪いの中から外に出て指を2本食われた」


 そうだ。俺が首を喰われたときに。

 公理さんは呪いに奪われた自分をたどって呪いの中に入ったはずだ。それで俺を探して呪いの外に指を出して俺に触れた。そうやって呪いから出た指2本分が喰われた。

 呪いはその内側にいる限りは安全だが、一旦その外に出たらそれはそれは単なる捕食対象に逆戻り。牛が食べ物を反芻して一旦胃から口内に出したものを再び胃に収めるのと同じだな。


  僕と小さい柚ちゃんで呪いが何かを考えたんだ

  位波のお母さんがどこから力を持ってきたか

  そして今柚ちゃんがどこから力を持ってきているか

「家に位波家以前に住んでいた者はいない。つまり呪いの根源は位波家にあった。そしてその呪いの根源は今も新しい呪いを作り出している。つまり」


  そう 呪いは柚ちゃん自身としか思えない

  柚ちゃんは自分で自分の力を使って今の呪いを作ってる

「今というのは柚が作り出している友人を食べる呪いだな。俺を追いかけて公理さんを食おうとしているあの呪い」


  小さい時もそうだった 僕も半分柚ちゃんだった

  僕は小さな柚ちゃんの呪い

  僕は小さい柚ちゃんが願った『幸せなマイホーム』

「そうだとすると小さい柚と家で今の柚と呪いを説得することはできないのか?」


  やってみたけどだめだった

  小さな柚ちゃんは大きな柚ちゃんがわからない

  それは多分同じ柚ちゃんだから

  僕も呪いの中のことはよくわからない

  多分僕も同じ柚ちゃんの呪いだから

  現実の柚ちゃんのことは前はわかったけど今はもうわからない

  もうすっかり呪いと混じってしまったから

  それを現実の柚ちゃんが望んでしまったから

  だから僕らは家のなかで何もできなかったんだ

  今こそお兄さんたちに助けてほしい 柚ちゃんを

  難しければ 僕が守りたかったこの小さな柚ちゃんだけでも

「ああ、やっぱりそうなのか」


 この呪いの名は『幸せなマイホーム』。

 始まりは幸せを願った小さな柚の小さな願い。

 それを実現しようとした強大な力。

 誰も不幸なんて望んでいなかった。

 本当に、誰も。誰一人として。

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