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叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧版  作者: tempp
第7章 位波家心中事件

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さぁ、扉を閉じよう

 今日から柚は春休み。お昼ごはんをつくらなくちゃ。

 夫は家に帰ってこなくなった。どうして。ずるい。あの人だけ。私はここを出ていけない。子どもがいる。

 にこにこにこ。


「柚。お昼ご飯食べたらちゃんと宿題してね」

「はーい。ねえお母さん」


 ピキ。身体が強ばる。硬直する。怖い。何が。何が怖い。よくわからない。


「お父さん、帰ってこないのかな」


 ピキ。ピキピキ。何かがひび割れる音がした。私の中で。


「オトウサンハ、キッと、帰っテ、クルわヨ」


 口が勝手に音を出す。

 あの人はきっと帰ってこない。

 帰って……イイエ、キッと、カエって、ク、る。

 ダってコこハ、『幸せナマいホーム』ナんだカら。

 デも、もウ……限カイ。


◇◇◇


「じゃあ行ってくるね」


 柚が部屋の外の闇に沈んだ。

 ととと、と階段を下りる音がする。電話だけで済ませられないか試したが駄目だった。電話だけだと位波楓と位波有一の声は聞こえなかった。扉をあけて位波家のバイアスに入らなければ無理だった。まあそうだよな、位波家は現実じゃなくて位波家のバイアスの中にいるんだから。俺の携帯は異次元通話フォンじゃない。


 柚の部屋には柚の呪いがいた。すぐに撤退しようとしたが、襲ってはこなかった。

 なんだ?


「ああ、呪いって私の部屋に入れたんだね。でもちょっと影響があるみたい。藤友さんは扉の中にいる限り捕まえられないから捕まえに行ったりはしないと思う」


 柚は俺が扉越しでも麻痺することに気が付いていないのかな。よく考えたら麻痺しているかどうかは扉の内側の俺の事情だから、柚が知らなくてもおかしくはないのか。寄ってこないのは柚が俺を捕まえたいと思っていないからかもしれない。

 よくわからないが好都合だ。ただ『私の部屋』と言っていたから他の部屋では捕まえに来るのだろう。それにやはり柚が自分の部屋に呪いが入れると気が付いて以降、呪いが部屋に入れるようになったようだ。呪いは柚の認識に左右される部分が多そうだ。やはり柚と呪いは同じもの? だが別個体。扉越しに柚と呪いは別の存在に見える。『同じ』とはなんだ。

 俺や公理さんが捕食対象じゃないと呪いを説得してもらえないだろうか。でもまあ俺はともかく公理さんは無理か。柚自身が捕食対象と認識してる。


 携帯からリビングに着いたという返事があった。

 だが妙に静かだ。


「九里手さん、位波楓と位波有一はいるのかな?」

「いるけど黙々とご飯食べてる?」


 黙々と、か。心中前にわきあいあいと食べるのも確かに何か違うかな。心中、か。嫌な響きだ。なんとなく、柚が言っていた『ただ死ぬだけでしょう?』という言葉が思い浮かぶ。

 心中って美化されがちだがそこのところが嫌いだ。同意がなければただの殺人と自殺だろ? 美化する奴はいっぺん親に殺されかけてみればいいと思う。だがまあ話しかけないと始まらない。そもそも子供を殺したいとは普通思わないよな。よほどの理由がなければ。子供を殺していい理由なんてない。死ぬなら1人で死ねよ。……だから一応説得を試みる。


「こんばんは」

  こんばンは

  こんばんは お兄さん


 確かに家と同じ声だ。


「俺は藤友晴希っていう」

  ぼくはゆうくんだよ

「ゆうくん、よろしくな」

  うん

「楓さん、あなたと話がしたい」

  何?

「どうして死のうと思ってるんだ?」

  他にどウしたライイっていウの?


 バン、と机を叩く音がした。


「私この人なんか嫌い」

「楓さん、有一君や柚ちゃんのことは好きなんじゃないのか?」

  もちロん好き 大好キ 好キダから有一だケ置いてイけない かワいそウ

「意味わかんない。私は置いていかれても普通に暮らしてるよ?」

「ゆう君は将来は何になりたいの?」

  ぼくはね パイロットになりたいの

「飛行機が好きなんだよね、柚ちゃんは靴屋さんになりたいんだ。でも死んでしまうと夢は叶わない」

  私だっテ叶ワなかッタ。

「どんな願い?」

「幸せなマイホーム」

  幸せなマいホーむ


 位波楓と柚の声が被った。

 幸せなマイホーム? そういえば家も言っていた。


「それなら今から少しでも幸せなマイホームに近づけられないかな。みんな死んでしまったら1番幸せから遠いでしょう?」

  でモ……

「少しだけどうかな。無理ならかまわない。最後に試してみようよ」

  そうネ……どうシたライいのカしら

「ゆうくん、お母さんと何したい?」

  んとねー ご本読んでもらいたいの

  わかっタ じゃア読むかラ持ってきテ


  一旦目を開ける。

 あの呪いがいる部屋の滞在時間は極力減らしたい。だから柚とだけ会話する時は扉を閉じて目を開ける。少しでも呪いから距離を取るために。


「九里手さん、様子はどうかな」

「なんか本読んでる、飛行機の本」

「このまま心中を取りやめたりしないかな」

「無理じゃないかなぁ? なんか位波有一が喜んだりはしゃぐ姿が位波楓の癇に障ってるっぽい」

「子供だから喜ぶなっていっても無理なんだろうな」

「これは位波有一が我慢しないといけないものじゃないよね。喜んじゃだめなの? やっぱあの人嫌い」


 まあ柚を殺そうとした人だもんな。俺もこの人と話すのは好きじゃない。何か反応が妙な気はするが、子どもを殺すとか、何故そんな発想に至る。ああ、俺は自分のことに重ねてるんだな。俺も嫌な思い出ばかりだよ。

 でもどうしたものかな。子供の心理なんてものもよくわからない。


「俺が話してみる」

「公理さん?」

「店には子どもも来るしドラマとかで気難しい子役の相手もすることあるから」


 再び目を瞑る。心なしか柚の呪いが広がっているような気がする。

 あぁ。位波楓が叫ぶ声がする。嫌だ。公理さんのいうとおりに話す。


「楓さん、俺がちょっとゆうくんを預かる。少し休んだ方がいいと思う」

  わかっタわ

「ゆうくん、お兄さんとお話ししよう」

  うん

「柚ちゃんの部屋に来れるかな」

  いく


「九里手さん、有一君が2階に来るか見ていて」

「わかった」


 しばらくすると柚が部屋に戻ってきた。


「ゆうくんいる?」

「ついてきた」

「ゆうくん飛行機好きなんだよね、どんな飛行機が好きなのかな」

  えっとね かっこいいやつ


 小声で公理さんに今後どうつするもりか尋ねる。俺が公理さんの言葉を通訳しながら携帯で柚を通じて楓を説得するだと? 無茶すぎるだろ。

 でもまあそれしかないのか?


「ゆうくん、あのね、お兄さんちょっとお母さんとも話をするから変なこと言ってても気にしないで」

  わかった お兄さんはなんのひこうきがすき?


 ゆうくんの方は完全に公理さんのいう通りに言葉を吐き出すだけで放棄。口調が投げやりですまない、ゆうくん。


「楓さん、ちょっと話をしていいかな」

  ナにかしラ

「ゆうくんは好き?」

  好キ スきだけどモうナにがなンだかワからなイ

「楓さんは疲れているんだと思うんだ。例えばさ、1日の半分くらいゆうくんは俺がみるよ、その間ゆっくりするといいんじゃないかな」

  でモ

「だめかな」

  私ガ家事がでキないトダめなノ

「小さい子供がいると大変だよね、でも少しだけ休んでもいいんじゃないかな」

  でモ 幸セなまイホーム だカら


 くり返している。心中するほどの強固な思い込み。これを崩せるのだろうか。


「藤友さん、私の言葉をこの人に伝えて」


 ええ、ちょっと待て。さらに通訳するのか!? 脳のキャパを超える。


「楓さん、あなたはもう死んでる」

  私が死ンでル? こレから死ぬノよ?

「違う。これから柚の言葉を伝える。あなたの娘で」

  なニを言っテるの? アなたは藤友サんとイうのでハないの?


 ああ糞。もう。全っ然頭が働かない。


「ゆうくん、ちょっとだけお母さんと大事な話するから静かにまっててくれる?」

  わかったー! ひこうきの絵をかいてるね


「楓さん、最初から説明する。あんたはもう死んでその日をくり返している。それはなんとなくわかるか?」

  死ンでくり返し…… そうイわれルとそんな気がしてクるわ

「明日の午後4時ごろにあんたは有一君を指して自殺する」

  そう やっと終わルのね


 やっと終わる?

 位波楓からほっとしたようなため息が漏れた。

 何か俺の頭の中で血管が切れたような音がした。そして柚の呪いが濃度を増した。柚の怒りが静かに伝わる。


「この人なんなの? ここは『幸せなマイホーム』なのに」


 子どもは死にたいわけじゃない。有一も柚も死にたかったわけじゃないだろ? それなのに。ああ、駄目だ。俺は自分と何かを混同している。駄目だよくない。苦しい。死にたくない、そんな気持ちがあんたにわかるのか。嫌な気分が俺の中に溢れてくる。何かが、おかしい。何だこの感情は。


 ふと、聞こえる有一の楽しそうな声。少し正気に戻る。あれ、なんだかおかしいな。頭がうまく働かない。

 でもよく考えろ。道連れにされる子供は死にたいわけじゃない。有一を地獄から救い出したい。この地獄から。そのためには。位波楓の死に対する強い肯定感を否定する。地獄に落ちればいい。


「終わらない。死んだ瞬間24時間前に戻ってあんたはまた有一君を殺す。それをもう15年続けてる。そうだな、回数にして5000回以上は殺し続けている」

  何ヲ言ってイるのかワからない

「ここはあんたが死んだ後の地獄だ。あんたは死んで地獄に落ちた。あんたが死ぬ1日前、さぞ悩んだんだろうな。悩んでくり返した1日を未来永劫続けるんだな」

  そンな 嫌

「なぜ子供も道連れにした」

  有一ダけでハこノ家で生キていケない

「柚も一緒に」

  ヒッ


 ……なんだこの反応は。何かがおかしい。一緒? だがそれより今は家からの脱出だ。ふぅ、と息を整える。俺もおちつけ。


「今なら地獄を止められる。この家から逃げればいい。だからくり返しを止めよう」

  にげル にげタイ たすけテ どウしたラいい デもゆういチが ゆウいチダけでモ


 何だ? 妙だ。何だこの縋り付くような必死な声音。


「ゆうくんと2人でこの家から出ていけばいい」

  2人デ? 家カら?

「そう、玄関脇の窓が少しだけ空いてる」

  そんナコとがでキルの?

  そコからナら逃げラれるの?

「そうだ。ゆうくんを連れていけ」


「九里手さん、ゆうくんを1階向かわせる。外に出るか確認してほしい。ゆうくん、これからお出かけしよう? お母さんと一緒に」

  うん わかった


 柚が闇に満ちた廊下に降りる。


「そこの窓から外に出られる」

  あリがとウ

「2人とも外に出たよ」


 なんだ? あんなに心中に拘っていたのに急に家を出たがった。普通に出ていけばよかったんじゃないのか? 何故出ていかなかったんだ? わけがわからない。何が位波楓を縛っていた。

 だが結果としてはいい。位波のバイアスの前にバイアスはない。それなら位波のバイアスを形作る位波家の2人を外に出せば済むはずだ。問題はこれからだ。

 待つ。変化を。全てのバイアスが消滅したその結果を。


 来た。


 最初は小さく次第に大きく。ガタガタと家全体が揺れはじめ、家が崩壊するような兆し。それで呪いの姿はどうなる? バイアスが消滅して呪いが消え去りまたは雲散霧消し、俺達の魂魄が解放されるのが1番いい。

 いや、まずい。その前に柚の部屋の呪いが近づいて来た。急に額がズキズキと痛みを訴える。何故だ? 急いで目を開ける。


「公理さん、変化はあったか?」

「あ……扉が消えた」

「扉が?」


 ああ、柚の呪いはひょっとしたら扉が壊れて俺らを直接食べれるとでも思ったのかも知れないな。確かに俺は位波家のバイアス上にいたけど、扉が俺と呪いを隔てていた。

 ……左指の様子を探る。動かない。首筋をさわる。感触はない。魄は持ってかれたままだ。最善は潰えた。あとは次善。柚と呪いがうまく混ぜ合わさって穴が埋まって魂魄が帰ってくる可能性。

 だがそれでもダメなら柚を殺す。だが殺しても呪いは残る気はする。今の時点で呪いが消滅していないなら、呪いを保持しているのはバイアスではなく他の要素ということだ。

 だがひょっとしたら消えるかもしれない。首の予兆がないと俺は多分すぐ死ぬ。だから可能性が低くてもそれに賭ける。柚は標準より体は弱そうだ。家の外であれば殺すのはそうそう難しいことではないだろう。

 だがその前に公理さんに話そう。公理さんが最終的にどうしたいか、考える時間も必要だろう。


 30分待った。変化は……ない。仕方がない。


「公理さん、あのさ」

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