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叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧版  作者: tempp
第1章 北辻の呪いの家

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呪いの始まり

「よかった! 起きてた! 気絶したら扉閉じないんじゃないかと思ったよ〜」


 公理さんが俺に抱きつく。酔っ払いは鬱陶しい。

 ああ、でもそっちか。確かにその危険はあるんだよな。まあ放置するとどのみち俺は夢に飲まれそうだし、公理さんには申し訳ないが重要度は解決のほうが圧倒的に上だ。あの家に物理的に入るつもりはない。マジで死ぬ。それなら扉を介して家とアクセスするしかないし、その方がまだ安全だ。

 そして断片的だが手がかりが得られた。


 家のオファーは呪いを解くこと。呪いを解いてみんなを幸せにすること。呪い。だから俺なのか。俺は不運に呪われている。呪いというものの影響をよく知っている。俺の中の呪いの匂い。家はそれを嗅ぎつけたのかもしれないな。


 だがそれならあの家自身は軽々に俺に危害を加える意思はない、と考えるのが合理的か。勿論警戒は怠られない。ラインが繋がる前の家からは狂気を感じた。夢を避けて寝れば当面は何とかなるか。首筋の予兆も乏しい。ふぅ、よかった。肩の緊張が少し軽くなった。


 さて、当面の目的は設定された。呪いの解呪。

 そうすると次は行動方針だな。呪いがどのようなものか分からないから調べるしかないだろう。あの家はなぜあんな風になってしまったのか。


 だが今日はさすがに疲れたな。続きは明日だ。

 まずは建物の情報を調べるのに法務局か。

 それから発生した事件について。図書館の新聞データベースがいいだろう。なんだかんだ言いつつ新聞は警察報道を踏まえて客観的に書かれていることが多い。辻切の図書館はわりあい大きかったよな。なら各新聞記事のデジタルデータはあるだろう。


 夢を見ないためには細かく起きるしかないか。憂鬱だな。1時間半おきにアラートをセットしていると、そんな俺の様子を見ていた公理さんがグラスを差し出す。


「飲んだら夢見ないかも」

「高校生に酒飲ませる奴があるか」

「んーでもさぁ、寝ないのは無理だよ?」


 そういえば公理さんは飲まないと寝れない人だったな。受け取るだけ受け取って藍色の液体の入ったグラスをテーブルの端に置く。柔らかく漂う香りは心地いい。


「俺が悪酔いして悪夢を見たら命に関わるかもよ?」

「うー、でもさ、怖いことが起きたり死んじゃうなら寝てる間のほうがいいかもなって。友達も俺と同じでさ。寝るとうなされるの。だからよくクラブとかで飲んでるの」


 扉から見た柚はソファで音楽を聴きながらうとうとしていた。寝る時間を減らそうとしてるのかな。確かに疲れすぎたり睡眠時間が短いと夢は見づらい。顔色も悪かった。


「友達はどんな夢見るんだ?」

「ぅ〜、なんてゆってたかなぁ? よく覚えてないことも多いらしいんらけど、いっぱい人が死んじゃうんらって」


 付き合ってると、だんだん公理さんのろれつが回らなくなってきた。

 今日はここまでか。

 アラートをかけ直してソファで眠りにつく。細かく起きて寝直すと夢を見なくて済んだが頭はふらつく。こめかみに鈍い痺れがある。わかりやすい寝不足の症状。


 朝7時半。

 カーテンを開けると明るい春の陽に照らされた辻切の街並みが一望できた。やっぱここは眺めがいいな。西向き窓だから直射日光は入らないけど寝不足の目には明かりが眩しい。軽く頭を振って気持ちを切り替える。俺は呪いを解かなければならない。


 さて、法務局も図書館も確か8時半には空いていたはずだ。

 冷蔵庫を開くと酒しか入っていなかった。どうしようもないな。

 シンクで水をコップに注いで昨日のピザの残りを温め直す。どうせ二日酔いの公理さんは昼まで起きない。

 さて出かけるかと振り返ると、公理さんはベッドに大の字で寝ていた。鍵はどうするかな。まぁ入り口はオートロックだし開けっぱでもいいだろ。


 マンションを出て伸びをすると、街は動き出していた。

 辻切センター駅に向かう人の波とざわめきに乗って法務局に足を向ける。普段は学校の寮から直接学校に通っているから早朝のごみごみした通勤路というのは少し久しぶりだ。目的地をもつ人の群れの中で、なんだか自分が酷く浮いている気がする。


 駅へ向かう道から逸れて灰色の四角い建物に入り、住居表示から地番を探して登記簿を取得する。

 建築は15年前。新築時から所有者は6回変わって現在の所有は3年ほど前から辻切(つじき)ホームという不動産会社だ。緑の紙を後ろからめくる。辻切ホームの前の所有者は橋屋(はしや)、辻切ホーム、喜友名(きゆな)請園(うけぞの)、瀧本、位波。

 辻切ホーム以外はいずれも購入から2年以内に相続登記が行われた上で売却されている。売却時には所有者は全員死んでいたということか。病死や事故の可能性もあるから一概には言えないが、役所の作成する無味乾燥な紙ですら恐ろしさを醸し出す。


 次は図書館に足を向けよう。歩きながら調べることを整理する。

 あの家は呪いを解くように言っていた。そうするとなんらかの呪いが発生しているということだ。そしてそれは解けるものだ。その呪いが何かをまず突き止めなければならない。


 呪いとは。呪いとは何か。そう、それが問題だ。

 例えば俺は恐ろしいほど運が悪い。これの原因は俺の中に設置された呪いの機構が原因だ。俺は8歳のときにとある事情で呪われ、それ以降不運に塗れた人生を送るようになった。呪いの原因はわかっているが、解除する方法は現在のところ皆目見当がつかない。まあこれは俺の人生をかけた戦いでもある。


 だが俺の呪いはその性質として基本的に他人に影響を及ぼさない。俺を積極的に不幸にするだけで、基本的には俺の周りを積極的に不幸にしたりはしない。偶然巻き込まれることがないとは言えないが。

 一方、家の呪いは他人に影響を及ぼし、不幸を振り撒くもの、なのだろう。この場合、他者に対して影響を及ぼすものは何か、そしてどのような方法で影響を及ぼしているのか。その解明が必要。


 夢で最初に見た家の姿は清浄だった。家は最初に住むのが俺ならよかったと言っていたな。だからあれは恐らく1番最初の誰も住かが住む前の家の姿だ。それならば元々あの家自体が呪われていたわけではないのだろう。

 何者か、あるいは何かのきっかけによってあの家は呪われた状態となった、のかな。人の不幸? あるいは不幸の認識?


 公理さんはあの家には恐ろしい数の霊がいたと言っていた。俺は幽霊は見えないがあの家がヤバいのは肌で感じた。普通、呪いというのは時間が経てば経つほどうつろい流され消えていく。ずっと残るものなら昔古戦場だった神津市は幽霊と不幸だらけだ。

 だが俺はあの家から外に出られなかった。とすれば家は何らかの作用で幽霊や呪いを家に閉じ込めている。中にいる不幸が外に出て消滅することが出来なくなっているのだろう。ひとつずつ不幸を外に出すことができれば、あるいは呪いが解けるか薄まる可能性があるのだろうか。そしてそのための出入り口として俺の背中に扉をつけたのかな。まだ、情報が足りない。保留だな。

 いずれにせよ最初に行う作業は、あの家で過去に生じた不幸の内容を検証し、要素を抽出する作業だ。そう考えるうちに図書館に到着した。法務局とは違って大きなガラスがはめ込まれた明るい入り口をくぐりPCコーナーに向かう。


 まずは新聞か。

 新聞データベースの検索窓にキーボードを叩く。


『北辻 殺人』 該当:6851件


 多いな、と思ったが、殺人事件なんて1回起これば何日も報道されるものだ。そう思って目次を開くと、その異様さは明らかになった。記事の年月日がバラバラだった。

 普通、事件がある場合はその発生日直後に記事が集中する。だが、この家は数年毎に記事が集中する時期がある。正確にいうと、先ほどの登記簿で所有者が変わる少し前の時期だ。

 持ち込んだPadに概要をまとめていくと、事件は全部で6件。見えるだけでも死者は71人。

 おかしすぎるだろ。それぞれの家の所有者とその家族は、そのほとんどが死亡している。

 戦慄しながら時期ごとに記事を抽出する。


1番目 位波家心中事件

 位波家の母親が男児を刺殺しその後自殺する事件。

2番目 瀧本家殺人事件

 瀧本家の両親及び当時中学2年の女子が刺殺体で見つかった事件。

3番目 カルト教団集団自殺事件

 カルト教団である神目(かみめ)教会の信徒が集団自殺した事件。これは俺もニュースで聞いたことがある。あの家だったのか。

4番目 芸術家変死事件

 画家の喜友名晋司(きゆな しんじ)。この名前は聞いたことがある。一時ニュースになったバラバラ殺人事件だ。

5番目 大量不審死事件

 無人の家から大量の死体が見つかったそうだ。

6番目 橋屋家撲殺事件

 橋屋家一家が撲殺され、その場で隣家の主婦が自殺していた事件だ。


 ふう、と一息ついてPadから目を話す。これだけあると片っ端から調べるには分量が多すぎる。

 正直どこから手を付けていいのかわからないな。

 ただ、普通に考えると恐らく人が死ねば死ぬほど呪いは深まる。いきなり古い事件から手を出すよりは、新しい事件から紐解いたほうがいいような気はする。

 検索窓に新しい文字を打ち込む。


『橋屋 撲殺 北辻』 該当:125件


橋屋家撲殺事件。

 8月31日午後20時25分、橋屋家の自宅から「助けて、人が襲われている」と女性の声で110番通報があった。所轄の警察が駆け付けると、橋屋宅内で一家4人と隣家の主婦貝田弘江(かいだ ひろえ)の死体が発見された。一家の死因は撲殺。隣家の主婦はリビングで首を吊っており、自殺とみられる。また、警察が隣家を訪ねた際、夫の撲殺死体が発見された。両家の鍵はいずれもかけられていなかった。それぞれの死亡時刻はほぼ同時刻と思われる。続く2件を連続で襲ったものとも考えられるが両家とも物取の痕跡はない。警察は両家とも殺人事件として捜査中。


 ネットで調べた情報によると、橋屋家の家族、貝田家の夫婦ともにその仲はとても良好であったとのこと。最終的には犯人は不明。

 当時の雑誌の情報では、貝田弘江は52歳。専業主婦。周辺の評判はおしゃべりが好きな朗らかな女性。身長は152㎝と小柄。一方橋屋一家は父親・母親・長男・次男の家族。長男は大学生で野球部、次男は高校で空手部に所属しておりいずれも180㎝を超える大柄。父親も同様に大柄で体格がよい。

 1人だけ他家で自殺しているという死亡時の状況を考えれば貝田弘江が怪しく思えるが、小柄な主婦1人で大柄な男性3人を撲殺できるとは思えない。貝田家が襲われ橋屋家に逃げてきたという説もあるが、同様に撲殺されているのではなく自殺という謎が残る。

 この2軒の家に一体何が起こったのか。まずはそれからだ。

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