夢の中の小さな女の子
こんな夢を見た。
俺は部屋にいて、部屋の中には女の子がいた。小さなベッド、本棚、おもちゃ。
どうやら子ども部屋のようだ。
その女の子じゃなくて、見えない誰かの声がする。多分男の子の声。
「お兄さんこんにちは」
「こんにちは」
「絶対この部屋からでちゃダメだよ。扉は開けないで。あと何か異常が出るまでは腕も見ないで。それからその子と話して」
「わかった」
小学校低学年くらいだろうか。どこか見覚えがあるような。子ども用の机に座って作業をしている。
「何をしているの?」
えをかいてるの ひこうきのえ
確かに飛行機の絵。近くに転がる数本のクレヨン。話してと言われても何を話すべきなんだろう。
「君の部屋なの?」
そう おにいさんはだれ?
「俺は藤友晴希という」
ドンドンと扉をノックする音が聞こえる。
誰だ? でも開けちゃだめなんだよな。
ガチャガチャとノブを回す音がする。鍵でもかかっているのか扉は開かない。
「開けなくていいのか?」
あけちゃダメなの おにいさんもあけないでね
ゆず あけなさい いっしょにおやつをたべましょう
「どうして開けないんだ?」
あけたらころされちゃうから
「殺される?」
そう おかあさんに
なんだかひどく物騒だ。そして何とも嫌な言葉だ。心がじわりと重くなる。
ノックの瞬間、その女の子は一瞬ビクッとしたけど、あとはひどく落ち着いていた。
いつものことなのかもしれない。
「なんでお母さんに殺されるんだ?」
わかんない でもちょっとまえからそんなかんじだった
「ちょっと前?」
そう はるやすみになるすこしまえ おとうさんがいなくなってからおかあさんがへんなの みんなでしのうっていってる
一家心中か?
まだ小さいのにかわいそうに。俺が親に殺されかけた時もこの子くらいの年齢だったな。全く嫌な話だな。
ドアをノックする音は聞こえ続けている。
「大変だな。学校の先生とかに連絡を取るとか方法はないのか?」
でんわはいっかいにあるからだめなの でもせんせいはかていほうもんにくるっていってたからまってる
「そうか、早く来るといいな」
外と思って窓の外を眺めると、そこはまるで雪が降り積もったように白い世界が広がっていた。足跡も何もない。ここは本当に人がいる世界なんだろうか。
見ていると、窓の外がだんだん暗く染まっていく。なんだ? 夜が来るのか?
「なんだこれ、僕の記憶にない。お兄さん、窓にも近づかないで」
「わかった」
それはもやもやと窓の外を覆っていく。そしてガラスを透過してじわじわと部屋の中に浸食してくる。部屋にいた女の子はとぷんと闇に飲まれた。
響き渡る焦った声。
「お兄さん起きて、これは僕の夢だ。早く! わかった。この呪いは柚ちゃんの呪いだ。お母さんじゃなくて。僕も吸い込まれる! 起きて! 早く!」
◇◇◇
「柚の呪いが夢を超えてきた」
「えっ大丈夫なの!?」
公理さんがおろおろしている。俺は全身を確認する。欠けていない。
俺はそもそもあの呪いに触れていない。大丈夫だ。
だがもう夢には入れない。夢のセーフティゾーンは失われた。
夢の中で呪いに触れれば即座に全てが食われるだろう。
「大丈夫だ、触っていなかったから」
「よかった、本当に。でも、もう夢には入れないね」
「そうだな……そういえば夢の中に柚がいた」
「うん? 過去の夢なんだろう?」
「そう、過去の夢。姿が見えた」
「なんか変?」
「これまで俺は呪われた影を薄ぼんやりと見ているだけだったのに柚ははっきり見えたんだよ」
「ううん? それは変なの? 柚は生きているでしょう?」
そうだ、柚は生きている。だが姿は今生きている柚ではなく子どもだった。
夢の中で見るのは過去の記録。でもそれを再現しているのは過去の霊。今まではそうだった。
だから霊が見えない俺には普通の霊の姿は見えず、呪われた霊がその呪いの影響で影の形で見えていた。家具なんかはその霊が接している範囲で見えた。霊にかかった呪いが少しだけ家具まで溢れてたのだろう。つまり俺が見えていたのはぼんやりした影だけだ。だが今回の柚はくっきり見えた。だが今回の柚はくっきり見えた。
違い。俺が過去に夢の中で見たものは霊も影も全て死んでいた。
そう思うと改めておかしな点。
俺が首を取られた時に最初に見た柚もはっきり見えていた。あれはバイアスの外側のリアルタイムの柚の状況を映していると思っていたけど、よく考えたらあれも過去のはず。だが柚ははっきり見えていた。
幽霊ではない、なのにはっきりと過去にいる。違和感がある。夢は家の過去の記録。再現しているのはバイアスに囚われた霊。霊が再現している以上、俺の視覚には呪われた姿でなければ見えない。俺は幽霊は見えないから。
首を取られた時の夢はそれでも直近のものだ。血塗れの風呂と同じように家が覚えていたのかもしれない。いや、それもおかしい。俺はこの間、扉を通してリアルタイムの血まみれの柚と血まみれの風呂は見えたが、橋屋事件のときに公理さんが見たという過去の血まみれの風呂は見えなかった。やはり俺は霊は見えないんだ。
今夢で見た柚は小さかった。小学校低学年くらい。はっきり見えたから霊じゃない。そもそも柚は生きている。だが現在の柚でもない。
どういうことだ。わからない。
「夢ではっきり見れたのに扉を通した時に姿が見えないのは何故なんだ?」
「うーん、柚が2人いるとおかしいから?」
「公理さんが見た呪いの中の柚はなんだ? もう1人いるのか?」
「あれ? そういや俺が呪いの中で話した柚は現実ではカルセアメンタで働いていたはずなんだよね?」
「でも呪いがいるのは家の中だ。家に帰らないと柚は呪いから情報は受け取れない。だからカルセアメンタの現実の柚と呪いの柚は別物だ。呪いの中の柚はどんな状態なんだ?」
「呪いの中は真っ暗だったから俺は姿が見えなかったけど、声からして子供じゃなかったと思うよ。今の柚と同じ感じ」
「どこまでが柚なんだ。何故見える」
「うん? そもそも柚は家にいればいつも見えているよね」
そう、現実の柚の姿はいつも見えている。家の中にいればいつもそこに重なって存在する。家はそこに疑問を持っていた。
扉を通した柚と夢の中の柚との違い。
過去は過去だ。過去から現在に干渉してその魂を呪うことはあっても、未来から干渉して過去を変えることはできない。
俺はバイアスを消滅させているけれども、過去にいる霊に干渉して直接消滅させているわけではなく、もともと空いていた脱出口から霊自ら外に出ることを選ばせているだけだ。これも干渉といえば干渉だけど、そもそも霊が取りえた選択肢を提示しているだけであって、未来から過去にあった出来事を変更しているわけじゃない。
仮にただ単に記録が繰り返しているだけなら俺が話しかけても反応はなく同じ1日を繰り返し続けるはずだ。だが夢の中の霊とは会話ができる。とすれば、ただの記録じゃなくて何らかの意思、魂的なものが存在するのだろう。だから俺は過去のバイアスからその霊、魂を逃がすことでバイアスを消滅させていた。俺の行為は現在時点で呪いの中に囚われている魂だけを呪いから解放しただけだ。
だからさっき見た柚は現在の柚が何か干渉しているわけではなくて、それとは独立した過去の柚がくり返している1日なのだろう。
そうだ。俺は夢の中の柚と会話ができた。とすればあの柚は何らかの魂を有していると考えなければ辻褄が合わない。そして何らかの魂が残存しているのであれば、現在扉の中からもその魂が、少なくとも公理さんに全く見えないのはおかしい気がする。
「そういえば、そんなような? でも柚は扉の中で普通に見えてるじゃん。もう1人いたら魂が2つになっちゃうよ。夢は過去の記録だから姿が見えたんじゃないの」
そう。バイアスとは閉じた世界。過去の呪い。でもバイアスの外側にいるはずの柚は家にいればいつも見えていた。家はそれが何かおかしいと言っていた。でも俺は公理さんの言う通り今の現実が同時に見えるのはそれほどおかしくないとも思っていた。だってそこにいるのだから。じゃあ何に違和感を感じたんだろう。
一度整理しよう。
俺は扉を通した場合、バイアスの内側ある『呪いの媒体』と現実の柚の姿しか見えない。夢の中であれば呪われたものは観ることができる。
公理さんは全てが見える。公理さんの目は最初から全てのバイアスを貫通し、この家に起こった悲劇を構成する全ての霊が見えていた。バイアス上かどうかという濃淡はあれども、ハロウィンパーティのように全ての死者が1日をあの家でくり返していた。
それに加えて覗いているバイアスの中の完全な姿、そのバイアスに存在する家具を含めた繰り返される家の記録全て。それから柚のいるリアルタイムの全てとリアルタイムの柚のいるバイアス外の強い記録、例えばそれだけで霊が存在できそうな強く記録に残るような悲劇等、例えば柚が人を解体するバイアス外の過去の様子の記録も見える。
けれどもそんなに見えるのに、そこに小学生の柚の姿はなかった。




