潜り抜ける
藤友さんが家の中にいる人たちと話しているのはなんとなく知ってたけど話してるのを見たのは初めてかも。へぇ、本当に話せるんだ。私は話せない。何が違うんだろう。
位波楓。お母さん? でも本当は瀧本夏観なんだって。
位波有一。弟。家にいる。見えない。4歳なんだっけ。
私の家族、か。家族ってどんな感じなんだろうな。
この家に昔少しだけ住んでいた。確か半年くらい? 家族と一緒に。全然覚えてないけど。
呪いのこと。黒いのが食べた人の魂が私に流れてくる。リクくんはすっかり私にまざった。私はリクくんと同じものだ。リクくんは私がこの家にいる限りはずっと一緒にいる。落ち着く。暖かい。人との繋がり。
藤友さんには家が殺しているっていっちゃったけど、でも仲良くなりたい人を家に連れてきているのは私で、私が連れてきた人を黒いのが殺して食べる。そうすると黒いのに殺させてるのは私。でも、黒いのが人を殺さなかったら、黒いのはだんだん減ってなくなってしまう。なくなってしまうとどうなるんだろう。私の中にはぽっかりと穴が空いていて、今はそれを呪いが埋めている。
私はまた一人になるのかな。それはなんだか、嫌。
この瀧本さんたちの家の前に住んでいたのが私の家族みたい。そうすると瀧本さんたちがいなくなれば、私は弟とお母さんに会えるのかな。
◇◇◇
柚の部屋に入った。公理さんが言うには、瀧本夏観が瀧本あつりに土下座してるそうだ。なんだそれ。
ごめんなさいあなた あつり なんであんなこと 本当にわからない
あの、大丈夫? お母さん
母さん、落ち着け
でも本当に
「正気に戻ったのか?」
本当にありがとう 私あなたがいなければ何をしていたか
お母さんをもとに戻してくれてありがとう
無理やり部屋にいれるのは大変だったが頑張ってよかった
「いや、いい。それよりこれからだ。あんたはこの部屋を出ればまた同じ状態に戻る」
そんな
絶望したような声音。そう、だな。自分が自分ではなくなる。愛する人を忘れて危害を加える。それはたまらなく嫌だろう。
「あんたたちは死んだ時を起点に1日をくり返している。このままでは明日の朝、また同じように死んでくり返すことになる。それを終わらせるためにはくり返しを止めた上で呪いを構成するあんたたち全員がこの家から出る必要がある」
私たちは何故死ぬんだ?
殺しあうんだって
なんでそんなことに
「何でかはわからないが、明日の朝6時半過ぎだ。包丁で刺して3人とも死ぬ。だが瀧本夏観は部屋の外に出ればあの状態に戻るからそれを前提に作戦を立てないといけない」
そんな
違う お父さんもよ
「そうなのか?」
この部屋になかなか入ろうとしなかったの いや とか しかし とか言って
恥ずかしながらなんだか頭に霞がかかったような状態だった
そうか、貝田弘江の時の橋屋一家と同じか。
小藤亜梨沙や喜友名晋司のように外を求めなければ思考は内に巡る。
「何故あんたは正気を保ってるんだ?
なんでだろう? 有一君が助けてくれているのかな
位波有一 あの子は結局どういう存在なんだ?
「有一の足音や声はみんなに聞こえるんだろ?」
ああ 夜になると2階を走り回っているし笑い声がたまに聞こえる
そうね 小さい男の子みたいだけど
この部屋にたまにいるけどお父さんとお母さんは見えないみたい 最近はいないかな
「これは見えるか?」
これ? どれ?
なんのことですか?
俺は家のいる辺りを指さした。俺には見えないが公理さんにはそこに男の子の姿が見えるらしい。だがこの3人にも見えないようだ。家はやはり公理さん以外には見えないのかな。
ガチャリとドアが開く音がして柚が入ってきた。俺は柚を指さして言う。
「この人は見えるか? 今ドアは開いた?」
誰のこと?
ドア?
瀧本一家には柚は見えていない。リアルタイムの柚の動きも扉の開閉も見えない。やはりバイアスを構成する人物は同じバイアスで繰り返されるものしか見えないのだろうか。小藤亜李沙が喜友名晋司が見えなかったように。
「藤友さん、手伝おうか?」
「……どういう心境の変化だ?」
「弟を見てみたいなと思って」
「……何か気づいたところがあれば言って欲しい」
小声で柚と会話を交わし、目配せをする。
「さて、ちょっと話は戻るけど、俺の今までの経験だとくり返しの原因は『呪いの依代』の死なんだ。だからそれを防ぐ必要がある。『呪いの依代』は呪いの中心となり呪いの影響を受け、呪いを行使する者、おそらく瀧本夏観、あんただと思う。明らかにおかしいだろ?」
自分ではよくわからないのですが そうなのですね
うん お母さんはおかしいよ
「順番としては瀧本あつりが瀧本夏観を刺そうとするらしい。その後お互い殺しあうようだ。お互い殺しあう心当たりはあるか?」
あの 私は夫を位波家のご主人だと思っていて あつりをその浮気相手だと思っていたの
はぁ? なにそれ
ごめんなさい 本当にわけがわからないわよね でもそう思ってた だから私はあつりが死んでしまえばいいと思ってた 本当ごめんなさい
「瀧本あつりは瀧本夏観を刺す理由は思い当たるか?」
うーんどうだろう ああそういえば有一君がいないっていう話になって喧嘩することが多いかな 私も有一君がいないって言われると嫌な気分になる 有一君も可哀想な子なんだ
「うん? でも位波楓としては位波有一を返してほしいんだろう?」
その話なら 主人が位波有一君が死んでいるって言うことが凄く嫌なの
ええ? 私が原因なのか?
そう いつももう死んでるというからそんなはずはないと思って
あー お父さんは有一君を否定するよね デリカシーないよね
そうだっただろうか
自覚ないのがたち悪いよね
「そうすると朝に位波有一の話を出さなければ殺し合いにはならないのかな。そんな単純な話か?」
わからないよ 人を殺そうと思ったことなんてないもの
「あのちょっといいかな、ん、やっぱり聞こえないかな」
柚が突然声をあげたが、影は反応しなかった。
「ねぇ、藤友さんはどうやって話してるの?」
「どうやって? 普通に話してるだけだけど」
「それがわからない。やっぱその扉がついてるから?」
「扉?」
「うん」
何故話せるか? 話せないと解決できないだろ?
いや、よく考えるとこの扉はなんなんだ? 家が俺につけたものだ。
「その扉は家である僕の入り口なんだ。外と繋がる出入り口。それをお兄さんの外側ギリギリに無理やりくっつけた僕の呪い。だからお兄さんは外から全部のバイアスの中に入れる。だから声も届くんだと思う」
「家も繋がっているなら他のバイアスの人と話せるんじゃないのか?」
「ごめんなさい。僕はもともとバイアスの中の人とも柚ちゃんとも話せない。お兄さんは扉の外からバイアスの1番奥にいる僕に声をかけているでしょう? それが途中のバイアスにいる人にも聞こえるんじゃないかなと思ってる。柚ちゃん自体はバイアスの外側にいて中に入る扉もないし、自分の呪いがあるから瀧本さんたちに干渉ができないのかも」
やはりこの扉はそれぞれのバイアスの呪いとは直接関係しない家の呪いなのかな。だからどのバイアスにも外から干渉できた。外、か。俺たちは部外者だ。それが関係あるんだろうか。家は柚が見えるけど柚は家が見えない。何故だ?
「九里手さん、今隣に家がいるんだけど見える?」
「家? わからないな」
「家の説明では九里手さんは九里手さんの呪いがあるから、別のバイアスにいて1つ下の呪いの影響を受ける瀧本家の人たちに干渉できないんじゃないかと言っている」
「うん? それおかしくない? この部屋には黒いのは入ってこないよ」
「あれ? そういえばそうだな? 今の九里手さんはなんなんだ?」
「変なこと言うね。私は私だよ。呪いとはつながってるけどここだと私も呪いとの繋がりは切れてる」
「……保留だ。わからない。瀧本一家に何か伝えたいことでもあるのか?」
「うん、あの、弟、有一っていうのはどんな子かなと思って」
そういえば覚えてなくても弟なんだよな。
「事情は割愛するが、今俺はあんたたちがくり返しているより随分先の未来にいて、見えないだろうけど隣に位波柚がいるんだ。位波柚はこの家での記憶を失っていて、有一がどんな人間か知りたいそうだ。何かわかるかな」
色々な話が出た。主に瀧本あつりから。
身長は1メートルちょっと。元気な男の子。
飛行機が好き。あつりの漫画は飛行機がよくでるから一緒に見たいと言って遊びに来る。お母さんとお姉さんが大好きだけど、ここに引っ越してからはお姉さんは部屋に鍵をかけてなかなか入れてくれなくなったしお母さんは凄く怖くなったと言っていた。それを凄く悲しんでいた。
「そっか。位波柚についてはどうかな」
位波有一が話す柚は優しいお姉さん。柚も絵を描くのが好きだったらしい。飛行機の絵本をよく読んでくれた。
でも柚はお母さんによく殴られてたから部屋に篭るようになって、この家に引っ越してからはあまり会えなくて寂しい。
「そっか。私は絵を描くのが好きだったのか。なんだか全然実感がわかないや。でも私はここにいたんだね」
「他に何かある?」
「ううん、ない。でもなんか協力することがあれば協力するけど」
そうだな、では柚を交えて作戦を練ろう。
◇◇◇
フラウがベランダから私を見ている。
最近お母さんがますますおかしいんだ。
ねえフラウ、私も飛んでいきたいな。ここじゃないどこかに。
今描いている漫画みたいに。メルヒシュトールンが助けにきてくれないかな。私の漫画の主人公なんだけど。
助けて。
フラウは首をかしげている。
助けて。誰か。
お願い。




