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叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧版  作者: tempp
第6章 瀧本家殺人事件

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俺と呪いと柚

 なんだか頭が働かないな。

 でも柚のことを思い出さなくちゃ。

 ハルを死なせるわけにいかないもの。

 ええと、柚は音楽が好きだった。プログレとかのライブでちょくちょく会ったし、一緒に飲みに行った。バーとか。甘いお酒が好きだったような。マリブオレンジとか。他に趣味とかあったっけ?

 ええと、あとは靴が好きだから靴屋に就職した。家族のことは聞いたことがなかったけど、柚自身が覚えていなかったのか。


 えーとそれから、柚とは悪夢仲間。寝たら嫌な夢をよくみる。だからショートスリーパー。俺はなるべく夢を見ないように酒を飲んで寝てるけど柚は律儀に見てるらしい。凄いと思う。確か夢が大切なものにつながってる気がするからって言ってた。

 どんな夢って言ってたっけ。たくさんの人が一度に自殺するのを見ているとか、おかしな隣の家の人に殺されるとか。あれ? いま何か引っかかった?

 ええとそれからハンバーグランチとかグラタンとか洋食が好きだったはず。わりと子供っぽいところがある。オムライスには旗が付いてなきゃダメだとかケチャップで絵を描くとか。


「ハル、ケチャップ頂戴」


 ケチャップでオムライスに絵を描く。丘の上にある家の絵。できた。


「器用だな」

「まあ手先で生きてきたからね。ちょっと握りづらいけど」

「俺にもなんか書いて」


 ハルのオムライスに女の子の顔を描く。ちょっと髪の毛がはみ出してるけど、笑ってる顔。


「どうかな」

「かわいいな」

「俺わかった。あの呪いはやっぱり柚だ」

「どういうことだ?」

「柚が見るって言ってた悪夢、あの家に起きたことばかりだ。どのくらい繋がってるのかはわからないけど。昔からあの家の影響を受けてたんだと思う」


 だから。


「だからバイアスを全て消去しても柚の呪いは残るのかもしれない。柚がいる限り。柚と呪いが繋がっていて、あの呪いを作っているのが柚なのなら」


 ふぅ、とハルが長い溜息をつく。


「やっぱりその可能性があるのか。生身の柚、呪いの柚。家は自分にバイアスの呪いが降り積もっていると言っていた。家は自分の呪いをバイアスと認識している。だが俺も柚の呪いはバイアスとは別の柚独自のもののような気はする。あの呪いはバイアスの上からやってきた。家はどう認識してるのかな。どうしたいんだろうな。柚の呪いって何だろう」

「そうだね。何だろう」


 柚のことを考える。

 柚の呪いと呪いの中の柚。

 呪いの中で話した柚は『呪い』というより柚そのものだった。俺があの呪いの中にいたように、そしてざわめく他のたくさんの意識が一緒にいたように、呪いの中に柚がいた。どうして呪いの中に柚がいるのかわからない。いつからいるんだろう。

 あの呪いの中はたぶん柚の呪いの内側の世界。俺には穴が空いていて、その穴が柚の呪いの中に繋がっている。俺を食べたのは柚の呪い。


 だから俺はあそこに行けてしまった。俺の半分を辿って。そういえば柚は自分には穴が空いていると言っていた。柚は呪いと繋がっている。柚も俺と同じように家に食べられているのかな。だから穴が空いているのかな。そうすれば柚が家の中にいたことに説明はつくのかもしれない。俺があの呪いの中にいたように。

 でも柚は俺みたいに体のどこかが動かなくなっているような感じはなかったような気はする。でも例えば体の内側、内臓の魄が食われているとか。それなら外側は動くのかな。でも内臓が動かないと死んでしまいそうだけど。


 俺が最初に見た呪い、歌菜ちゃんを食べている呪いは柚の感じは全然しなくて、家の印象だった。外から見ると家、中からみると柚。

 何かそもそも根本的な勘違いをしている気がするな。

 そういえば柚にとって家が人を食べると一緒になれるんでしょう? 仲良くなるために食べてるんでしょう? でも自分を食べて自分と仲良くするのは何か変じゃないかな。よくわからない。


「公理さん、大丈夫か?」

「あ、大丈夫だよ。オムライスおいしい」


 はっと顔をあげるとハルが俺を心配そうに見ていた。うん、ハルを心配させちゃだめだよね。ごめんね、ハル。


◇◇◇


 除霊を頼まれたのでその家を訪れた。

 目の前に女性の霊がいて、恨みの目線をこの瀧本夏観という女性に向けている。そのほかにも1人子供の霊がいるが、そちらは大したことはないだろう。


高遠(たかとお)先生、いかがでしょうか」

「これは難しいかもしれません。霊がいて、奥様を恨んでいます」

「恨むなんてどうして」

「わかりません。何か女性に恨まれる心当たりはありませんか。30代半ばくらいの長い黒髪の女性ですが」


 だが私はこの女性が誰かを知っている。会ったことがある。

 この家の住所を聞いた時まさかとおもったが、友人の妻と子供の霊だ。

 しかしこの瀧本さんは半年ほど前に引っ越してきたばかりのはずで、この位波楓と交流はないはずだ。


「わかりません、本当に思い浮かびませんが、この家は前に心中事件が発生しているんです。位波さんというお宅だったと思う。その人だったりするでしょうか。私たちの『幸せなマイホーム』を取り戻したい」

「そうかもしれません。酷い事件があるとその恨みが残りますから」


 位波楓が心中したのは友人が女と家を出たからだろう。

 瀧本さんたちにはとばっちりだ。なんとか解決できないだろうか。

 だが、この霊は狂っている。狂霊だ。酷く歪んでいる。そう感じた。

 だが対話を試みよう。


「位波さん、聞こえますか」

  あなたは誰?


 よかった、話は通じそうだ。


「あなたはどうしてあの女性を恨んでいるのです?」

  ここは私の家よ

  私の『幸せなマイホーム』なの

  なのにあの女は私の夫に色目を使って入り込んでいるの

「あなたの夫?」

  そう あの人


 位波楓の指先をたどると瀧本さんにたどり着いた。

 そうか、瀧本さんを自分の夫と勘違いしているのか。


「位波さん。あれはあなたのご主人ではなく」


 そこまで発言した時、急に世界が割れるような感触があり、そのひび割れから恐ろしいものがはい出してきそうな、そんな想像に囚われた。その瞬間、私の魂は凍りついた。もともと私が氷でできていたかのような。

 ……危険、そうだ危険だ。この感覚は危険という感情。そう認識した瞬間、まるで時間を取り戻したかのようにどっと身体中の血流が逆流し、動悸し、心臓が激しく打ち鳴らされる。だから思わず私はこう言ってしまった。


「あれはあなたのご主人でした」

  そう そうなの


 そうすると世界のひび割れは元に戻り、何事もなかったかのように修復していく。

 一瞬のことだった。いったい何が起こったんだ。わけがわからない。


 自分は副業に除霊の仕事をちょくちょくしているが、あんなに恐ろしいものはついぞ感じたことはなかった。絶望。どうしようもない、闇。

 いや、一度だけある。それは友人の娘に会ったときだ。位波柚。あの子は酷い霊媒体質だった。自分にも守護霊が何体かついているが、目を合わせた瞬間それらの霊が取り込まれそうになった。今は施設にいるというが、無事過ごせているだろうか。


 ふと気が付くと、恐ろしい気配は欠片もなくなっていた。だがもう一度試そうとは思わなかった。それほど肝が凍り付いた。


 位波楓は瀧本さんをご主人だと思っている。瀧本夏観は位波楓が見えていないようだがその恨みを感じ、それから呟きが聞こえているようだ。

 平和に収めるにはどうすればいいのだろう。

 この『幸せなマイホーム』を継続するにはどうしたら。


 位波楓は瀧本さんを夫だと思っていて瀧本夏観を浮気相手だと思っている。この認識は変えられない。無理だ。あの世界のひび割れを収める力は自分にはない。あの位波柚ならそれすら飲み込みなんとかしたかもしれないが。

 瀧本夏観は瀧本さんを当然ながら夫だと思っている。

 だから位波楓が瀧本夏観になってしまえばいいんじゃないか。なんとなくそう思った。なぜそう思ってしまったのはよくわからなかった。でもそうすればみんなにとって『幸せなマイホーム』になるんじゃないかと思って。やってはいけないことのはずだったのに。おかしいな。どうしてそう思ってしまったんだろう。

 そして私は位波楓と瀧本夏観にそれぞれ子供がいるということはあまり考えていなかった。

 それから間も無く私は副業を辞めた。

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