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叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧版  作者: tempp
第6章 瀧本家殺人事件

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たくさんの不具合

 ハルが起きない。もう3時間もぴくりと動かない。どうしよう、どうしよう、本当にどうしよう。冷や汗が止まらない。


 請園恭生の呪いのバイアスは消滅した。

 ハルが鳩を逃がすように言ってしばらくしたら、41体の首吊り死体はきれいさっぱり解け落ちて床の下に落ちていった。柚の呪いはハルの足元から積み上がってきていた。ハルには闇のようにみえるらしいけど、俺にはちぎれたたくさんの幽霊に見える。それがハルに絡みつく。その高さが胸に至るほんの少し前、扉は閉じて家の中が見えなくなった。その随分前から揺さぶり続けてもハルに反応はなかった。ハルの嘘つき。嘘つき。嘘つき。全然大丈夫じゃないじゃないか。


 扉が閉じる少し前にハルは力を失ったようにぐったり倒れ、扉が閉じた時にはハルは青い顔をして呼吸が浅かった。死ぬと思った。本当に。呼吸はすぐに回復したけど、目は覚さない。

 本当に大丈夫? 怖い。ハル、死なないで。

 俺は何もできない。しかもあのちぎれた幽霊はなんとなく柚の呪いに食われた者たちな気がする。俺の半分もあの中に混じってハルにまとわり付いているんだろうか。俺はただハルを呪わせただけじゃなく、積極的に不幸に沈めようとしているのか。嫌だ。

 事前にハルから死ぬような真似は絶対しないから中に入るなと言われた。そもそもあれほど呪いが降り積もった状況で俺が入ったら一瞬で丸呑みされて死んじゃうよ。

 どうせ俺は何もできない。救急車でも呼ぶべきかと思ったけど、前にハルの前で柚の名前を呼んで頭痛がした時、呪いのせいだから薬は意味がないと話していた。たしかに魂魄の消耗なら病院に行っても意味がないだろう。どうしたらいいんだ。どうしたらいいんだよ!?


 そうこうしてるとハルのまぶたがぴくりと動いた。


「ハル!? 大丈夫!?」


 あわてて呼びかけたけどそれ以上の反応がない。大丈夫……かな……。でも最初よりは良くはなっている気はする。顔色は変わらないけど。

 結局ハルが目を開けたのは、それからさらに1時間後。一瞬俺を見て、大丈夫だよというように瞬きして、また目を閉じた。体が動くようになるにはさらに30分かかった。


「もう、ほんとうに無茶しすぎ!」

「ごめんごめん、でも大丈夫だっただろ?」

「俺の心が大丈夫じゃない!」

「それでどうなった?」

「……請園恭正のバイアスは消滅したと思う。首吊り死体が消えたから。でもその後呪いがどんな形をとったのかはわからない、本当に大丈夫? もう少し休むべきだ。俺は起きてるから」


 時計を見ると4時。

 昼からずっとあの家を覗いていた。さすがに無理だろう。ハルも自覚しているのか、ゆっくり首を振った。


「一応目覚ましはかけとくけど、1時間半経つ前に起こして。ちょっとでも変な動きしたら起こして。今夢に入るのはヤバい。一瞬で死ぬ」

「わかった」

「飯つくれなくてすまないな」


 そんなことはどうでもいいよ。本当にどうでもいい。

 ハルはもう一度目を閉じた。

 ……大丈夫かな。きっと大丈夫なんだろう。ハルは死なない。死ぬことだけは、多分ない。そう、死ぬことだけは。でも他はわからない。今回はちゃんと全部戻ってこれた。よかった。でも次は? 次は大丈夫なの?

 でも、ふぅ。凄く不安だけど、ようやく一息つけた感じ。あ、なんかすごく喉渇いてる。急にどっと疲れた。肩がガチガチ。疲れたらなんか腹が減ってきたな。

 そういえば夕方に朝のお粥の残りを食べてから何も食べてない。ハルも食べてないのに俺は自分のことばっかり。ああ、本当にもう。なんか自分が嫌になる。


 とりあえずカップ麺……火を使うのは危ないな。今の俺じゃ消化もままならない。

 そういえばストッカーにお菓子があったはず。にじにじとストッカーまで這って行って抹茶チップスを出す。いつのまにか抹茶系の菓子が増えていた。ハルは抹茶好きだもんな。


 柚と電話で話したことを思い出す。


 俺は柚にハルを見逃してもらうように頼んだ。けれどもできないという返事をハルが柚から受けとった。

 なんで? ハルは関係ないでしょう?

 そもそも柚は何がしたいの?

 柚の気持ちになって考える。


 人を殺したいわけではない。仲良くしたい。柚は家に人を食べさせている。

 そうすると、食べること=仲良くすること? 食べるってなんだろう。俺は半分食べられた。俺は魄を食べられたわけだけど、柚と仲良くなれてるのかな。

 家に来た人を食べているのは呪い。呪いは何がしたいの?

 請園恭生。ハルの話を聞いていると、信者は死にたいとはちっとも思っていなかった。でも脳をくり抜きたかった。死ぬためじゃなくて、神様になるため? 何か、やっぱり何かおかしいな。今回は特におかしい。誰かを不幸にしたいわけじゃなくって、みんなが幸せになろうとしてああなってしまった。信者は自殺する前、凄く安らかな表情をしていた。

 何か全てがちぐはぐ。この呪いは何なの? 人を不幸にしたいわけじゃないの?


 消え失せた左半身の感覚を考える。この先はあの家と繋がっている。動かそうと思って信号を送っても、途中でぷつりと消え失せて反応が返ってくることはない。

 家はそのうち俺を消化するといっていた。消化すると戻ってこない。今なら戻ってくる。消化っていうのは消化なんだろうな。俺の左半分は消えてなくなる。

 消えてなくなるのは仲良くなるに含まれるのかな。無くなってしまったら仲良くなるもなにもないような。よくわからないや、電話して聞いてみようかな。


◇◇◇


 起こされた時、時刻は5時半だった。

 軽食を作ろう。やけに腹が減った。そういえば昨日朝にお粥を作ったきりだ。健康的だけど腹持ちは悪すぎる。公理さんも悪い。約束違反だな。でもまあ大目に見てもらおう。

 公理さんは酒を傾け始めている。腹は減っているんだろう。お菓子の袋が散らばっている。作らなくても大丈夫と言われたけど俺も腹が減ってるんだ。


 食べやすいもの。軽くて片手で食べられるもの。定番のサンドウィッチは実は指3本じゃ食べづらい。あれは具が溢れないよう他の指で絶妙に調整してるんだよ。箸もそう。指三本じゃうまく持てない。


 簡単にパスタにしよう。

 オリーブオイルを熱してニンニク、鷹の爪。油に豊かな香りが移ったら少しのアンチョビとツナを投入してさらに香りを追加する。ジュワとオイルが小さな泡と音を立て、ツナの匂いが充満する。それからカットしたマッシュルーム、最後に丸のままのプチトマト。いい彩り。熱でパチリと弾ける。そこにパスタのゆで汁を入れてトロリと乳化させて細めのスパゲッティーを投入して絡める。とろとろしてとても官能的。

 オイルベースのツナパスタ。重くないよう細いカッペリーニ。ニンニクと唐辛子は少なめにしたしエキストラバージン使ったからあんまり負担感はないはず。

 深めの皿に入れて少し高めの台の上に乗せる。この方が片手で食べやすいだろう。


 体が使えないと細かいところで生活に色々支障が出る。

 公理さんは極力自分でやろうとしてるけど、できないことはある。例えば一人で髪を結べない。手伝うと、頭がうまく洗えていないのがわかる。いつも艶々なのに一部だけ少しゴワゴワしている。ものすごく嫌なんだろうけど、髪を洗うの手伝うかと声をかけても拒否される。だから最近はたいてい髪を下ろしている。

 洗濯ものがうまくたためない。服をハンガーにうまくかけられない。だから俺が公理さんが寝ているあいだにやっておく。掃除も手が届かない。掃除機は握るようにできている。公理さんちの掃除機はノズルが太目で指3本では扱うのが難しい。そもそも自由に動けない。

 今のところ居候しているからと言いはって家事は俺がやっているが、もともと公理さんは自分のプライベートスペースに人が居座るのは好きじゃないタイプのはずだ。まあ俺もそうだしな。いろいろな面でストレスが溜まっているだろう。

 だから、言えないな。俺も左手の薬指と小指を持ってかれたことは。


◇◇◇


 最近とても調子が悪いの。意識がぷちぷちと途切れてしまう。

 外でパートをしているときは全然そんなことはないのだけど。

 何故かしら。ふと気が付いたら、時間がとんでいる。

 私の家族。主人とあつり。2人の私を見る目がどこかおかしいような気がするの。

 私は……。


 『ここは私の幸せなマイホームだ』


 そう。そうなのよ。


 『だからお前は出ていけ』


 どうして? ここは私の幸せなマイホームなのに。

 なんだか変。家で家事をしているとき、ふと視線を感じる。

 振り向いても誰もいない。

 そういえばこの間、主人が変なことを言っていた。天井で子供が走る音がする。そんな音したかしら。あつりと主人はその音で喧嘩をしている。せっかくの『幸せなマイホーム』なのにそんな喧嘩をしちゃだめ。でも私の口から出た言葉はそれとはちょっと違ったような。

 私は何を言ったのかしら。それもなんだか思い出せない。

 私は……私は……。

 あれ? 誰だったかしら。

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