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叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧版  作者: tempp
第5章 カルト教団集団自殺事件

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あなたの松果体

 今は午後1時すぎ。恐らく41人が自殺する直前の時間帯だ。

 黒いもやに包まれた人の形をしたものが集まりざわめいている。あのもやが『呪いの媒体』かな。夢では口からもやを吐いていた気がする。まだ自殺はしていない。俺は振り返る。


「公理さん、何か見えるか?」

「ううん、人がたくさんいる。穏やかな感じはするかな。これから自殺するとは思えない。でもそれぞれ黒い影で全員が繋がっている。『黒い幽霊』なのかな。それから……柚の呪いが溢れてきた。こっちは信者じゃなくてハルをターゲットにしてて信者に影響は少なそう」

「嫌な話だな、そういえば窓はどうだ? 前に呪いを窓から感じた」

「うーん、特に何も。鳩が何羽か止まってるくらい。あれ? 1羽に黒い影が繋がっている。あれ? なにかおかしい。なんだこれ。鳩じゃない? 『黒い幽霊』だ。でも小さい。鳩の形をした人?」


  待ってくれ もう一度考えよう

  先生、どうしてですか 素晴らしい考えだと思いますのに

  私も先日まではそう思っていた だが今となっては何かに惑わされていたのだ 他のものが見えなくなっていた

  目なのですから他のものは見えなくても良いのではありませんか

「目というのはなんのことなんだ?」


 俺は背を向けながら問いかける。足元にゆったりと呪いが降り積もってゆく。これまでよりそのスピードが速い。柚の呪いと請園恭正の『呪いの媒体』の重畳。首筋の予兆で危険度が計れない以上、耳が死んだ時点で撤退すべきだ。下手をすると逃げ遅れる。怖い。死の危険がわからない。


  目ですか? 目は目でしょう 大事なのは神を感じることです

  そうそう だから


「目をくり抜くのか? それに何か意味がある?」

  そうだ 意味なんてない やめよう

  それはやってみないとわからないではないですか

  神に近づくのです

  私もそう思っていた だがよく考えるとそんなことが起こるはずがない それに死んでしまうんだぞ?

  先生がおっしゃってたことですよ? 先生が読まれていた本に書かれてました


「なんの本なんだ?」

  方法序説

  それから情念論

  死者の書

  私たちは肉体を捨て去るのです

  だからっ あれはあくまで論理の話だ 論理の流れでそのような帰結が導かれただけで実際にそうなるわけではないっ


 請園恭正は泣きそうな声になっている。何か哀れだな。

 方法叙説? デカルトか? それは宗教ではなくて哲学の話だろ。論理の流れ。本当に哲学の話か。なんで哲学の話で集団自殺するんだ?


 流れていたはずの音楽が聞こえなくなった。ここまでだ。

 俺はゆっくり目を開けた。公理さんが何か喋っている。手で遮ると公理さんはますます焦った表情を見せた。大丈夫と頷く。アイコンタクトはあまり上手くいかないな。公理さんが挙動不審だ。しばらく待つ。5分ほどで音が戻ってきた。


「大丈夫だ。治った」

「よかった、本当に」

「情念論だって」

「何それ?」

「デカルト。哲学」


 情念論。魂の座。松果体。朝検索していたページを思い出す。

 ちょっとまてデカルト……? まじで? まじか。誰だこんなでたらめなことを考えたのは。でたらめすぎる。 

 哲学書を読んで祈ったって構やしないがなんでそんな結論になるんだ。

 クリエイトされた信仰。スパゲッティモンスターと同じ。信じるのは自由。それにしたって頭がおかしいだろ。それが、この呪いの影響なのか。


「哲学ってことは宗教じゃないの?」

「デカルトは神の存在を前提に論を組み立てているから宗教といえば宗教だな。だから目をくり抜いたんだろ。目というか脳?」

「うん? なんでそんな話になるの」


 デカルトは神から分け与えられた思考をつかさどる精神と、その延長である個人が持つ肉体があると考える。心身二元論というやつだ。『我思う故に我あり』という理屈から人の精神は真理。そこで精神とそれ以外のものは明確に区別される。

 ここからは現代人には飛躍としか思えないが、人間は「神」を観念する存在だから全知全能の「神」の存在も証明される。それによって自分たちが数学・科学的に明晰に理解できる事物も全て真理である。なぜなら全知全能の「神」は全てを作り、「神」によって作り出された物質世界が存在することが証明されるから。まあ正直飛躍はおいておいて神を前提とする哲学となるとこんなもんだ。


 デカルトは思考する人間の精神は「神」がわけた神の欠片であると考えて、その延長にすぎない肉体は精神とは異なる交わらないものと考えていた。けれども精神と肉体は実際には連動する。どんな高度なことを考えていても痛けりゃ頭は痛みにもってかれるからな。これを解決しようと作られたのが情念という概念。

 情念が行き来して精神と肉体をつなぐ。そのための最も重要な場所が松果体。脳の中心にある小さな機能。松果体を取り出せばどうなるか。精神と肉体は連結されず、純粋な精神が残る、自らの神性だけが取り出せる、とでも考えたのか? 馬鹿な。


「そんなことがありうるの?」

「まさか。松果体にそんな機能はないよ。睡眠ホルモンを出す器官だよ。それに脳の奥をくり抜くんだぞ? 単純に死ぬ」

「なんでそんな馬鹿馬鹿しい……呪いが認識を歪めたのか」


 普通は馬鹿馬鹿しすぎてそんなことは思わない。おそらく呪いがその認識を狂わせた。請園恭生1人が土壇場で呪いが解けたのは何故なんだろうな。


「呪いの目的を達成するためじゃないかな。1人残らないとその松果体っていうのが取り出せない」

「呪われたままくり抜くんじゃだめなのか?」

「うーん、『呪いの媒体』っていうのは『呪いの依代』の目的を達成するために呪いの効果を発生させるものなんだよね? だから貝田弘江は橋屋家を皆殺しにしたときに呪いが解けた」

「それはそうなのかもしれないな」

「呪いにかかったままだと一緒に死んで誰もくり抜けないから呪いが解けた? 多分解けた時点で呪いが解けても信者が全員自殺することが確定していて、請園恭正が正気に戻っても松果体をくり抜くタイプの人だったとか」

「素でくり抜くとか一番イカレてるぞ」


 だが正直そこはわからない、保留。

 もともと請園恭正は行動がおかしい。ないとはいいきれないのかな。


「目玉をくり抜く理屈はわからなくもないが、いやさっぱりわからないけどさ、これどうしたらいいんだろう。さっぱりわからん。何がくり返されるのを止めればいいんだろう。請園恭生は出て行って呪いから外れたようだし」

「教団員の自殺を止めるんじゃだめなの?」

「宗教というのは強固な刷り込みだ。教祖ですら止められないのにそう簡単にいくとは思えないな……。さっき公理さんが言った通り呪い自身ですら覆らないと認識されたのなら無理だろう。それに教団員が死んだ後も1日が続いている。1日の起点を切らないと意味はない気がする」


 1日の起点は自殺の時点より随分先だ。これまでのバイアスでは『呪いの依代』の死という明確な起点があった。だからこのバイアスでもその時点で1日をくり返すような何かが発生したはずだ。


「でも請園恭生は出て行ったんでしょう?」

「家は請園恭生が死んで呪いが他のもの、目に移ったと言っていた。呪いを繰り返しているものは別だと思う」

「目、かぁ。そういえば目はホルマリンかなんかに漬けられていたんだよね」

「おそらくな。だが目だとするとこの呪いのバイアスが構築された切っ掛けがわからない。教団員が死んだ時に目も死ぬだろ? 目だけで生きているはずはない。これまでの傾向だと『呪いの依代』の死が原因で1日を繰り返しているとしか思えない」

「請園恭生がどこかで死んだタイミングってことじゃないの?」

「どうだろう? 家は請園恭生の死をどうやって知ったのかな。柚も家の中の情報は帰宅しなければ知ることはできない。家も外に出られないと言っていた。そして請園恭生は家が関与できない場所で死亡した」

「うーん。誰かが知らせに来た?」


 知らせに来られる者、第三者機関。

 そうかそれだ。請園恭生が行くところはおそらくそこしかない。そこで請園恭生は状況を報告して自殺したか殺された。第三者機関は請園恭生の死を纏ってここにきた。俺でも死んで10年経ったあの石から呪いを感じたんだ。死んだ直後に関与するものが訪れれば、家はその死を感知できるような気はする。


 第三者機関はここに何をしに来た? この家は第三者機関の実験場だ。おそらく第三者機関に関する資料が残されていた。ならばそれを回収しに来たはずだ。なにせ41人もの集団自殺だ。警察に見つかるとまずい。そこで1日をくり返すべく何かがあった? だが死体は信者のものしか発見されていない。

わからない。何があったか確認しなければ。

 くり返すとすれば18時以降、柚の帰宅の前に終わらせられればいいが。

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