追いかけてくる呪い
「家、いるか」
「こんにちは、お兄さん」
俺は家に入り、速攻で柚の部屋に移動した。家の中の気配は明らかに以前と変化していた。呪いが俺を捕食対象と認識したからだろう。
「単刀直入に聞く。俺が夢に入ったらお前は俺を食べるのか?」
「あの、僕は……」
「怒らないから真実を言え。必要だから聞いている」
「えと、……ここ以外の部屋で柚ちゃんが家にいれば食べる、と思う」
「この間みたいなもともと柚のバイアス上の夢だけでなく例えばこの請園恭生のバイアス上の夢でも?」
戸惑うような空気のゆれ。
「僕には分からない。柚ちゃんがいると昔の夢でもダメかもしれない、大丈夫かもしれない」
「柚がいない時間の夢なら食べないのか?」
「ええと、柚ちゃんがいない時間で別のバイアスにいるなら多分」
柚がいると強い影響をうける?
越谷泰斗が帰宅した時『呪いの媒体』が越谷泰斗に集まっていったことを考えれば、それはなんとなく理解できる話だ。呪いが効果を発生するのは『呪いの依代』と『呪いの媒体』と『黒い幽霊』がこの家にいる時。寄り集まることで効果は強まる。
「お前と柚はどういう関係にあるんだ?」
「柚ちゃんは僕の声が聞こえない。僕はここの部屋以外にいると呪いの影響をうけて柚ちゃんの希望を拒否できないんだ」
「なんで拒否できない?」
「呪いが柚ちゃんに従ってるから。呪いは僕を包んでて、僕は自由に動けなくなるの」
家は自分の上に呪いのバイアスが積み重なっていると言っていた。呪いが入りこめないこの部屋以外では家は呪いに飲み込まれていて、自分の意思ではどうにもならない、ということかな。だから家は呪いの消滅を願っている。矛盾はない。この部屋にいる限り家は俺の味方。
家自身に害意がないことは理解した。俺も不運の呪いに飲み込まれている。逃れたい意思はあってもどうしようもない。そういうことはあるものだ。似たようなものか。
「この部屋にずっといるのじゃだめなのか」
「僕が意識とか姿を保つにはエネルギーがいるんだ。そのエネルギーは呪いから供給されていて、呪いがいないと僕は存在できない。だから呪いがないここに長くいることはできないの。だから知りたいことがあったら早めに聞いて」
「知りたいことはこのバイアスの『呪いの依代』が請園恭正かどうかだ。バイアスが構築されるには中心人物、『呪いの依代』の死が必要なのか?」
「僕は呪い自体じゃないから、細かいことはよくわからない。でも『呪いの依代』って1つ下のバイアスの呪いの力を引き出す人のことだよね? そうだね……途中までは多分そのおじさんだったけど、おじさんはこの家の外に出てから死んだみたい。どうして死んだかわからない。けれども、死んだから呪いはおじさんが次に大切にしていたものに移った。それは目」
「目? そういえば目を集めていたのかな」
「なんで目が大切なのか僕にはよくわからないよ」
まぁ、そうかもな。俺もわからないし。
それからずっと気になっていたこと。
「それからさっき言っていた『呪いが柚に従っている』というのがわからない。今までの呪いは全て1つ下のバイアスの呪い、俺の友達は『黒い幽霊』と言っていたが、『黒い幽霊』に表面の1番上のバイアスの『呪いの依代』が影響を受けていたように思う。柚は逆なのか? なぜ違う?」
「確かに柚ちゃんの呪いは他の人と違う。でも理由がわからないんだ。あの、お兄さん、これまで扉を覗いたとき、柚ちゃんの呪いはいなかったよね」
「そうだ。だが今は柚の呪いが追いかけてくる」
さっき家に入った時、そこには柚の呪いがいた。俺にとっては降り積もるような闇。俺の首を奪ったもの。公理さんにとってはちぎれた幽霊。おそらくあの家で呪いが殺した者たちの欠片。
一瞬目を開けようかと悩み、柚の言葉で思い止まった。覗いているだけなら大丈夫。けれども闇は俺に絡みつこうとしたから逃げてここまで走った。
「そう、おかしいんだ。本当は呪いの力を使うためには『呪いの依代』が1つ下のバイアスからお兄さんが言う『呪いの媒体』、呪いの力を引き出さないと呪いは効果を発揮できないはずなんだ。だって不幸を起こすためのエネルギーがない。この家では1つ下にあるバイアスの呪いの力、『呪いの媒体』を溢れさせて不幸を作り出している。『呪いの媒体』は上のバイアスで発生した不幸を食べて、新しく得たエネルギーと一緒に呪いの効果が終わると1つ下のバイアスに戻るんだ。そうやってエネルギーを還元してバイアスは力を保っている。だから呪いを解くためにはバイアスを消滅させていくことが必要で。でも柚ちゃんはわざわざそんなこと、1つ下のバイアスからエネルギーを得なくても独自に呪いの効果を発生させてる」
独自に?
柚の呪いが家に来る者を殺してそのエネルギーを吸い取っているから? もともと1つ下のバイアスから『呪いの媒体』を呼び出して使用していたのではないのか?
そうすると柚は新しいバイアスの構築の途中なんじゃなくて、全く新しい形態の呪いを独自に展開しているのか? そうすると柚の呪いは他から借りてきた『呪いの媒体』ではなく呪いそのもの?
「あの、お兄さんは気が付いているかな。扉から見えてるのは本当は現実の柚ちゃんの家じゃないんだ」
俺は思い出す。俺のいる位置。家具がダブる意味。公理さんは2つの家具がはっきり見えていた。幽霊が保持している情報と考えるには、家具は普通に多くが設置されすぎている。
現実を無視して、扉の中では閉じ込められた過去が1日を繰り返されていた。その中で俺が行っている行為。
「それはなんとなく認識している。俺が見ているのは1番上にあるバイアスの中で繰り返される1日。柚が過ごす現実の1つ下。だから1番上のバイアスの中の出来事で、俺は1番上のバイアスの中からその構成するものを全て除去することでバイアスを消滅させている」
「そう。だから本来そのバイアスにあるものしか見えないはずなんだ。現実の柚ちゃんは見えないはずなんだ」
「うん? だが柚はずっと見えていたぞ。公理さん、俺の友達も1番上のバイアスの家具と柚の現実の家具がダブって見えたと言っていた」
「僕もバイアスの外の現実にいる柚ちゃんが見えるのは何か変だなと思ってたけど、現実は現実として存在するから一緒に見えているのかなと思ってた。扉をつけるなんて初めてだから。だから柚ちゃんから見えないように、念のためお兄さんと柚ちゃんの間にカーテンをかけたんだ。結局破れちゃったけど。本当は世界が違うはずだから干渉しないと思ってたんだよ」
確かにそのカーテンが作動している間は柚は俺を認識していなかった。
「だが今の柚は俺がこのバイアスを覗いていることを知っているぞ」
「そうなんだよね。それは呪いがなにかの形で柚に情報を教えてるだけだと思ってたんだ。だから柚ちゃんも柚ちゃんの呪いもこのバイアスの外にあると思ってたの。でも今は柚ちゃん自身の呪いがこのバイアスに潜り込んでいる。もともと入る意味はないんだ。だってこのバイアスは既に閉じていてくり返すだけで新しいエネルギーなんか生まれない。呪いの影響を及ぼす対象自体がないしエネルギーを回収する対象がいない。その、お兄さん以外」
「でも実際はこの扉の前に柚の呪いがいる」
「柚ちゃんの呪い1つ下からじゃなくて、むしろ1つ上の柚ちゃんの現実からお兄さんをおいかけてやってきたんだと思う」
捕食対処たる俺が他のバイアスに現れたから柚子の呪いもバイアスを超えて追ってきた。柚または柚の呪いはバイアスを超えて移動できるのか。現状は柚の呪いと請園恭正の『呪いの媒体』の挟み撃ちだ。対策を打とうにも、家自身も何故こんなことになっているのかわからない。
バイアスを超えて追ってきた柚の呪い。柚の言う通り、現在のところ家の中に魂魄を移さない限り食べられることはないだろう。食われることはないだろうけど喜友名晋司の絵のように一時的に魂魄を浸食される可能性はある。侵食されすぎると動けなくなる。正直リビングからここまで移動するのにもまとわりつかれた。額の予兆はまだないが、首筋の魄があればさぞザワめいていただろう。
「家、俺の扉をこの部屋の扉に付け替えられないか?」
「この部屋に?」
「そう、正直この部屋に来るまでに柚の呪いに少し襲われている。今はまだ影響は少ないが今後どうなるかわからない。少しでも安全性を高めたい」
「ちょっと待って。でもこれで力を使い切る」
その瞬間、強い目眩がして思わず目を開けた。
「ハル、大丈夫?」
「頭が痛い。それより扉は変わったか?」
「そういわれるとさっきより少し細くなったような。でも扉のフレームってよく見てるわけじゃないからどこの部屋の扉かはわからない」
「とりあえず入ってみる」
「大丈夫? 少し休んだ方がよくない?」
再び目を閉じる。
「大丈夫。柚の部屋だ。公理さん、とりあえず5分たったら教えてくれ。起きないようなら無理やり起こせ。事前に説明したように正面の部屋を見る。請園恭生のバイアスの『呪いの依代』がいるかどうか、いるなら何かを確認してほしい」
「わかった」
俺は意を決して廊下に出ずに柚の部屋から直接壁を抜けて2階の正面の部屋に出る。




