見るときは、見られるとき
「どした? 大丈夫?」
荒い息を整えるのに少し時間がかかる。
和室に広がっていたのはちょっと予想外の光景。幽霊屋敷というのは過去に誰かが死んでそれが奇麗に片付けられて、新しい人が住んでるものだよな?
だからあんなものがあるなんて思ってなかった。
その和室は全体的に暗かったけど襖にすき間が開いていた。リビングから4センチほどの細い光が和室に差し込み黄みをおびた温かな光が畳の目に沿って伸びていて、そして到達した六畳ほどの部屋の中央。そこには人の体があった。
女の人の死体。
死んでたよな? 恐らく。
ワンピースのような服を着て、臀部の盛り上がりからうつ伏せで、こちらを向いて目を見開いていた。
……和室の電気は消えてたからはっきりとはわからなかったがマネキンとかでは感じない生々しさがあった。
「多分死体があった。女の人だと思う。公理さんのほうはなにか見えた?」
「死体……? ん。俺の方は霊がうじゃうじゃ見えた。マジ、正気じゃない。死体俺もみたい。どうしたらいいんだろ」
公理さんは俺の後ろ側しか見えないんだよな。そうすると俺が後ろ向きに和室に入ればいいのかな? 背後に死体があるというのも落ち着かないな。それともあの死体自体もリアルな幽霊なんだろうか。いや、俺は霊が見えないからやはり死体なんだろう。
それを確かめるためにも、もう1度入ったほうが良さそうだ。今のところ不運の予兆はない。
仕方がない。
「後ろ向きで部屋に入るからそれで見て」
「わかった、あと、ハルの視線の見てる方向によって見える範囲が違ってくる。指示出すかもだけと、俺の声は気にしないで続けて」
「了解」
再び俺の手のひらの上に公理さんの手のひらがのせられる。これは互いの命綱。俺は前方を見張り、公理さんは後方を見張る。ヤバい時に呪いの家を緊急脱出する用。
意識をあの家に向ける。
和室の襖の前。襖に顔を差し込む。薄暗くてよく見えないが、やはり女は死体にしか見えない。あらかじめ予想していたからか先ほどのような驚きはない。袖のないワンピースに長い髪。浮かぶ苦悶の表情のまま固まっていた。
俺はリビングの方に向き直る。
その瞬間、公理さんの、ウッ、という声がして、手のひらが震えた。
「ハル、少ししゃがんで」
しゃがむよう意識を向けると、視点が下がった。俺は動いてないのにほんとにゲームみたいだな。正面には柚。相変わらずソファの上に寝転び、携帯をいじってる。
あれ? 変だな、なんか違和感がある。空気にチリチリとノイズが入る。俺の頭の中にもザァザァと異音が鳴り始める。なんだ? ヤバいのか? でも手のひらに動きはない。
その瞬間、背中にぺたりと手が置かれた。肩甲骨を撫でる……子供の手?
公理さんの手のひらがぴくりと震えてキュッと指先に力が入る。その瞬間、首筋の違和感が強まる。これは不幸の予兆。
「公理さん? ……おい公理さん?」
返事がない、おかしい。
肩にポンと手が置かれた。
手? 感触として、指が前。後ろから肩を掴まれた。掴んだ? フィルターを越えてきたのか? なんだ? だれだ? どういう状態だ?
その瞬間に聞こえた狂ったような甲高い音。背中から聞こえる泣き叫ぶような音。その瞬間、首筋から耳元まで怖気が立ち昇り、産毛が総毛立つ。
急いで目を開けた瞬間、公理さんは俺のほうに倒れ込んできた。
公理さんは意識を失っていた。
◇◇◇
ふう、さっきと何か立場が逆だな。
公理さんはすぐに気がついたけど、顔色は真っ青だった。
「俺、酒飲んで寝ちゃだめかな?」
「ダメ、目ぇつぶってよびだすぞ? なんだかわからんが」
「やめて、マジでそれやめて、冗談でもやめて」
「肩掴まれた俺の身にもなってくれ」
「あ、感触あったんだ……」
公理さんは額に握った拳を当てて、うーん、と悩んで言う。
「怖いから泊まってってくれるなら……」
乙女かよ。情けなさそうな公理さんの顔。
でも俺がいたほうが扉があるから怖いんじゃないの? よくわかんない人だな。
仕方ない。寮の友人に電話して代理の帰寮報告を頼む。
「それで何が見えたの」
「うーん、何も見えなかった」
「何も?」
「幽霊としては」
「よくわかんねぇ、帰るぞ」
「待って待って、俺もなんて説明したらいいかわかんないんだって」
俺も肩に置かれた感触を思い浮かべる。
不運の予兆を呼び込む冷たく小さな子供のサイズの手。そういえば視点を下げていたから肩は子供の手が届く高さだったかな。
「あの和室にはぱっと見、幽霊的なものはいなかったけど家がいた。というか家なんだ、ちょっとうまく説明できない」
「最初にびびってたのはなんなんだ?」
「うーん、和室の中は何もないけど何かがぎっしり詰まってる感じがした。和室全体が幽霊みたいな。それでね、多分その詰まった何かが真ん中にいた人を食べてた、霊的にっていうか、エネルギー的にっていうか。それがなんとなくエネルギーの流れとしてわかった。だから真っ暗だったけどあそこにいたのは家、あの家の意思だと思う」
家。そういえば俺に憑いてるのも家なんだよな。
「それで最後に何を見た。俺の肩をつかんだのは何だ」
公理さんはしばらく考える。
「多分、家?」
また家か。
「なんていうかさ、よく見えなかったんだけど詰まってた家の意思が濃縮してどんどん濃くなっていった感じがしたんだ。ハルの肩越しに見えてる色が急に暗くなった。それで物凄い視線を感じて、気がついたら倒れてた」
物凄い視線と聞いて、俺は自分が気絶した時のことを思い浮かべる。あれは物凄い音だった。そしてさっきもそれに近かった。
「公理さんもドアに挟まってる?」
「そんな感じはしないけど……確認してくる」
公理さんはふらふらと洗面に向かう。すっかり冷め切ったポテトをつまむと少し萎びていた。
よくわからないな。そうすると、油断すると扉から家が出てくるのか? 家が出てくるというのもよくわからないが。
ただし今は不運の予兆は元に戻っている。何かトリガーがあるのだろうか?
「それで今も家の中は見えるのか?」
「今は扉は閉じてる。ハルが家に意識向けないと扉は開かないんじゃかな。ハルが家を見ている間は扉が透き通ってる」
「そういえばその扉自体には触れるのかな? 中の物もこちらから触れたりするんだろうか」
「げっ、触れってゆーの?」
「今はヤバい感じはしないから大丈夫だ。試さないなら帰るよ?」
公理さんは恐る恐る俺の肩の上の方を触るけど手はすり抜けた。目を閉じてリビングと繋げた状態で触ってもすり抜けるようで、公理さんの口からフゥというため息が漏れた。
さて、どうしたものかな。
呪いもあるけどまずは、この不可解な死体発生の原因の特定したほうがいいよな。
「それで、その友達のこと教えてくれる? 人殺すタイプの奴? あの女は死体だよな?」
「や、人殺すタイプってそんなのあるのかよ」
あるんだなこれが。シリアルキラーは実際いるからそういう名前がついてるんだよ。
「あの女の人は多分、歌菜っていう人だ。俺とその友達がよくいくクラブでたまに会う。なんであの家にいたかはわからないけど、友達とは仲良かった気がするから家に連れてきたのかもしれない」
「その友達が殺した可能性は?」
「ハル極端すぎ。でもあの家にいたんだもんな、普通はそう考えるか……。でも友達がやったとは思えない。友達ひょろかっただろ?」
柚の姿からは格闘技をやってるようには思えない。確かにその歌菜という女の人のほうが柚より大分大柄で、ガタイがよかった。
そうするとやったのは家なのか? 肩掴まれた俺はかなりヤバかったのかな。今更ながら冷や汗が出る。
歌菜の体には浮腫もないし畳に染みもなかった気がする。死斑は暗かったから正直わからない。最近温かい日が続いているし、特段冷やしてもいなさそうだ。少なくとも目に見える腐敗は始まっていないとすると死後そんなに経ってないんだろうか。
今のところ歌菜に死体ついてはこれ以上の分析は無理か。
次は歌菜の人物について。歌菜は自分の意思にあの家に来たのかな。
「あのあたりって人住んでるの?」
「住んでるらしいよ? ちょっと正気を疑うけど全然影響ない人も一定いる。丘の上で景色がいいのに安いから人気はあるみたい」
そうだな、見えなければ全く気にならない。
幽霊というのは特定の周波数帯の電波のようなものだ。周波数が合えば見えるし合えなければ見えない。合致しないなら外を通る範囲はそれで問題ないのかもしれない。
それで俺は基本的に全ての周波数帯を受信できない。公理さんはだいたい受信できる。俺も普段は気にならないが、あの家は全周波数に呪いを乗せた強電波を発信している気がする。それほどあの家の存在感はやばかった。そう考えると俺は幽霊自体じゃなくて呪いの方を受信したんだろうな。呪いは下手に慣れ過ぎてるから存在がわかる。
「その歌菜って人は勝手に他人の家に上がり込んだリする人か?」
「うーん、わりと常識人だったしそんなことはないと思うんだけど」
他人の家に無断で上がりこむのはハードルが高い。それなら柚が家に連れてきたのだろう。
今のところ考えられる可能性。
柚が歌菜を家に連れてきて柚が殺した、家が殺した、それ以外が殺した、自殺した。
現時点でこれ以上の推測は無理か。
そうすると次は解決方法の検討か。
目的は家の扉を外すこと。
これは何故俺についている? そして何故公理さんにはついていない?
俺にあって公理さんにないもの。あるいはその逆。公理さんは霊が見えるが俺は見えない。公理さんは叫びは聞こえなかったようだが、俺は聞こえた。だが、見えてるか聞こえてるかが家に判断できるのかは不明。公理さんは住人と面識があり、俺はない。普通は関係性が近いほうが呪われることが多い。この観点は無関係かな。それから2人ともあの家に行くのは初めて。
今のところ、有意差は見当たらない。保留。
家の目的の分析。
俺はあの家と繋がっている。
家は俺を引きずり込もうと思えば恐らく可能なんだろう。枠を超えてきた以上可能なはずだ。そうしないということは、家は引きずり込むこと自体は現時点では目的としていない。
家がこちらに出てくる可能性。それもいまは低いのかな。
だが、肩に手をかけた時、強い不幸の警鐘があった。あれはあの家に近づいたときと同じもの。
基本的に接触は危険。だが、家が接触してきたのは3回見た中で最後だけを最初の2回はなかった。何故接触してきた? 違いはなんだ?
公理さんが家そのものを観察していたかどうか、か?
見られるのを好んでいるパターン、好まないパターン。
ここもデータが足りない。現状ではわからないな。
対策の検討。
扉を開けて家を観察しなければ不運の予兆はないのであれば、俺があの家を見なければいい。だがその場合は現状維持だ。原因も目的もわからない以上、いつ悪い方向に展開するかわからない。
なら、当面はデータを集めるしかないだろう。穏当なところから始める。和室は死体が置いてある。公理さんは家が死体からエネルギーを吸い取っていると言っていた。不運は不運に集まりやすい。それは俺の経験則とも合致する。今、家は和室にいる。なるべくあの和室のように家の存在感が大きい場所を避けて観測するのがいいだろう。
「公理さん、やっぱ安全なところからもう1回トライしよう」
「無理無理無理! 少なくとも今日は勘弁して!? 明日、明日ならきっと、お願い」
仕方ないか。まあ、気絶するほどの恐怖、だったんだよな。
俺は不運に塗れてるせいか、いまいちそのへん慣れすぎてる気がする。考えにふけっている間に公理さんはワインを開けて飲んでいた。無理だな。飲むとかえってリスクが高い。これも対公理さんの経験則。
しかたがない、続きは明日だ。




