優雅な朝食
明日は久しぶりの調査の日だ。とはいえいつもと変わらない。
いつもと同じように事前に健康診断をしてみんなで祈る。そういえばいつもと違うことが1つだけあった。でもささいなことだ。いつもより少しだけ神に近づこうとみんなと相談して決めていた。
私は今日もみんなと本を読んでいる。お互い読んでいる本の内容について話し合う。なんだか楽しいな。『幸せのマイホーム』だ。
「先生、いよいよ明日ですね」
「そうだね、神様というのは世界をどのように見ているのだろう、楽しみだな」
「あら、先生が手続きをされるのではありませんの?」
「え?」
「だって、皆さん参加されるのでしょう?」
そうか、みんな参加すると誰もいなくなってしまう。どうするかについてはよく考えていなかったな。私も一緒に飛んでいこうと思っていたのだが駄目なのか。私が代表者だからな、そうだよな。残念だな。私は一緒にはいくことはできないのか。私は行かない。
そう思った瞬間、私の中で何かがぷつりと切れた。本当にぷつりと。
飛んでいく? 何の話だ。あれ、私は何をしようとしていたんだ?
見慣れたみんなの顔を見回す。いつも通りにこにこ笑っている。うん? 明日? 明日私たちは……。えっ?
その瞬間、何が何だかわからなくなった。私は、私たちは何をしようと……? みんな何を言っている。そんなことがあるはずないじゃないか。えっ。だが私も一瞬前にはそう考えていた。えっ明日? 何故? 何故そう思ったんだ? 何故そんなことを。
馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しすぎて何がなんだかわからない。ちょっとまって、みんな本気なのか? みんなニコニコ笑っている。えっ本当に?
「みんなあの、明日のことなんだけど」
「とても楽しみです、先生」
「一緒に空を飛んでいきましょう」
◇◇◇
「ちょうど美味いもん食べたいと思ってたんだよぅ。なんか超疲れた。まじ嬉しい。藤友君癒し系」
中華粥をすする内倉さん。
太客の家で枕して、さっき客の出勤に合わせて出たけどその客のSのMに付き合ってくたびれ果てているらしい。シャツからはみ出た手首や首に真っ赤な跡が覗いている。
「まじないわ〜。俺縛ったまますやすや目の前で寝てるんだぜ? せめてほどけよってゆ。でもお金持ちだからいいの、許すの」
「なんでそこまでして金集めてるんですか?」
「えぇ〜世の中お金じゃん! 1番効率よくお金稼げるならありじゃない? 藤友君もてそうだし一緒にどう? 3P絶対かせげる、まじ」
「刺される未来しか見えない」
まじで。
でも内倉さんの生き様は下には下があると思えてなんだか安心する。なんだこの癒し系。
「えっと、RAは正直心当たりない。ごめんね。でも検査してたとこが横文字の名前の団体だったような? 短いかどうかは覚えてないな」
「検査は病院でしてたんじゃないの?」
「なんか神津にあるオフィスビルみたいなとこに行ってたみたいだよ。そういや待ち時間がないのが良いって言ってた。前日に好きな時間に行って良いし、終わった後はすぐ最初に見てくれるんだって」
自前施設か。ますます第三者機関の存在が伺われる。
「それで伽耶ちゃんの検査だっけ。うーん、血液検査とか心電図とかそういうの? めっちゃいろんな検査をしてたみたいだよ?」
「心理テストとかMRIとかは?」
「そういえばやってたってきいたよ。頭おかしいと思われてるみたいで嫌だけどみんなやってるから仕方ないとか。あと変な機械通ったって言ってるからMRIなんだろうね?」
「伽耶さんは異常がなかったんでしょう? 他の人は?」
「他の人も特に変化はなさそうだったらしいけど。そういやもともと高血圧の人がいて良くも悪くもなってなかったらしくて、伽耶ちゃんはよくならないなら宗教意味ないじゃん、って言ってた」
内倉さんの前の茶碗に烏龍茶を継ぎ足す。ふわりと温かい香りが広がる。
フルスケールの検査なら結果が出るのに時間がかかりそうだよな。PBの書き込みを見ると、請園伽倻が最後に検査をしたのは引っ越しした直後だろう。それに引っ越した直後には呪いの影響は出ていないだろう。何かの変化があるならその後だ。請園伽耶の書き込みだと儀式の前後で検査するとあった。そういえば集団自殺があったのは引っ越しから半月後ほど。
「集団自殺があるあたりでは呼ばれなかったの?」
「そいや呼ばれたって聞いた。でもなんかその時の教祖様の様子がおかしかったらどうしようか悩んだけど、直前で教祖様から来なくていいって言われたから行かなかったって」
「おかしいってどんなふうに?」
「なんか言ってることがいつもよりおかしかったって。神の目が、とか一体になる、とか訳のわからないことしか言わなかったみたい。来なくていいって言われてほっとしたって」
伽耶ちゃんは行かなくて正解だったかもな。殺されていたかもしれない。ごそごそとベッドから音がする。
「うぅん、おはよう。あれ? うっちー? なんで?」
「公理んおはよー、ねぇねぇ夕方まで泊めて? 俺も眠いん」
「うう、仕方ないなぁ、ちゃんとお風呂入ってからにしてよ?」
「はいはいん♪」
公理さんに肩を貸してベッドから椅子に移動させる。その様子に風呂に向かいかけた内倉さんが振り返った。
「公理ん大丈夫なん?」
「うーん、どうだろう? うっちーが協力してくれてるからなんとかなるかも?」
「ねぇね、それ伽耶ちゃんと関係してるの?」
「うーん、伽耶ちゃんはあんまり関係なくて、どちらかというと請園恭生がなんなのか、なんだよね」
公理さんが、説明したものかと俺を見る。うーん。
「信じてもらわなくてもいいが、俺と公理さんは請園恭生が死んだ家に呪われている。だから請園恭生のことを調べてるんだ」
「家?」
「そう、今柚が住んでいる家。多分伽耶ちゃんもそこで死んだ」
「呪いってほんとのこと?」
「本当だけど、信じなくてもいいよ」
内倉さんは困惑している。まあ普通は信じない。
「えっと、一応信じる。伽耶ちゃんもあの家すごい気持ち悪くて、誰かから見られている気がするって言ってた」
「見られてる?」
「そ、他の人は感じてなかったらしいんだけど、窓のほうとか家の外から視線を感じるんだって」
視線……俺も感じた。貝田弘江が橋屋家を覗いていた時のように誰かが見ているのだろうか?
「それは気のせいの可能性はあるのか? 内倉さんの気を引くためとか」
「本当に気のせいかどうかはわからないけど、伽耶ちゃんはそういう嘘がつけるほど器用じゃないな。むしろ思ったまま言いすぎるタイプかな。何かが見てたかどうかはわからないけど、気持ち悪かったのは本当だと思うよ」
「それはどういう視線だったんだ? 単数なのか複数なのか? それからその視線は請園恭生のものとは違うということでいいのかな」
「教祖様は一緒に部屋にいただろうから流石に教祖様のじゃないと思うよ。うーん、気持ち悪いとしか聞いてないな、あまり興味なかったからわざわざつっこんでないや。でもただ見てるだけみたいに言ってた。そんなに詳しく聞いてないよ、ごめん」
「大丈夫、本当に助かる」
貝田弘江は外部にいても呪いの影響を受けて変質した。何か外部に今回の『呪いの依代』になるものがあるのだろうか?
夢で見た過去では請園恭生は他の信者の自殺を止めようと説得しようとしていた。これは呪いが解けた時の貝田弘江の姿に似ているような気はする。外にいたもの。可能性としては何らかの第三者機関? ただあの家の外は庭だ。人が庭にいれば気づくような気はする。監視カメラとか? ありえはするのかな。
「最後、伽耶ちゃんはそんな気持ち悪がってたのに柚の家に行ったの?」
「まあ、教祖様住んでいたときからもう十年以上経ってるしね。それに教祖様はお金くれるからいってたけど、柚は話聞いてくれるからいったんでしょ? それは行くよ」




