家に招かれる者
まだ外は暗い。ちょっと胃がキリキリする。ストレス過多だ。俺も気分転換が必要だな。
今のうちに朝食を作ろう。公理さんは弱っている。さっきはラムをマグの1/3くらい飲んだらいつのまにが寝ていた。普段なら瓶の半分くらい飲まないと寝られないはずなのにな。ニコニコしているけどストレスは酷いはずだ。左半身に加えて右指も2本動かないんだから。
食べやすいもの。片手で食べられるもの。パンケーキとかナイフを使うのはダメ。朝までまだ少し時間がある。久しぶりに中華粥でも作るか。そろそろ米も大丈夫じゃないかな。
米を洗って少し乾燥させて、乾いたら胡麻油と塩をふる。いい胡麻油は香ばしいくて気持ちがいい。きちんと乾かせばうまく米が割れていい粥になる。切れ込みを入れた手羽元に塩砂糖をして馴染ませ、鍋に生姜、水と一緒に入れて強火で煮立てる。生姜の爽やかな香りが胡麻油の香りと混ざってキッチンに広がる。沸騰したら鳥手羽を具用に少し取り出して米をいれてあとは弱火。かき混ぜると粘つくからなるべく慎重に。難しくはないけれど手間と根気のいる作業。粘りが出てとろみが出ていく。柔らかな色。いい香り。
1時間ほどぼんやり鍋をながめていると窓の外が白くなってきた。
公理さんのマンションは西向きだから日の出自体は拝めないけど、ガラス張りの辻切ツインタワーが反射する日の出をぼんやりと映し出していた。
日の出は正直嫌いだ。新しい不幸が始まる時間だ。ううん、悪いことを考えるのはやめよう。深呼吸してリラックス。粥から立ち上るいい香りを吸い込む。
あとは食べる前に仕上げにほぐした鶏肉とエビやホタテを入れて一煮立ちさせて完成。睡眠の合計時間はそれなりに確保しているはずだが、まとめてとれないから少し体がだるい。疲労が蓄積されていく。ぼんやりソファで音楽を聞きながら本を読んで時間を潰していると公理さんの携帯が鳴った。発信者は柚。
少し迷って電話を取る。
「もしもし?」
「あれ? 公理さんじゃないんだ。藤友さんかな?」
「そう。公理さんは今いない。用件あるなら伝えるけど」
うーん、と電話口で少し悩む声がした。
「昨日ね、公理さんから藤友さんを呪いから外すのはできないかって聞かれたの。そういえば藤友さんは何回か覗きに来てくれてるけど公理さんの親戚ってだけでほとんど話したことはなかったし、まだ仲良くもないよね。だから、それもそうかなと思ったの」
公理さんが頼んだ? いやそれよりも。
『そういえば』『それもそうかな?』 柚の中で家に呼ぶ基準があるのか?
「でもごめん、たぶん無理。藤友さん、私が招待した時にいずれって答えたし、遊びに来てくれたでしょう? だから家は藤友さんが来るのを待ってるわ。見てるだけだと大丈夫だと思うけど、こっちには来ないでね。来なければ大丈夫だと思うから」
『だから』『来ないでね』
家が待ってる? 友達じゃないことが何らかの防波堤になりうるのだろうか。
「まってくれ、公理さんも招待を断っただろう?」
「だって公理さんは友達だし結局来てくれたでしょう? 帰った時に私はそう思ったもの」
まて、今のこの会話は恐ろしく重要だ。しっかりしろ俺の頭。柚の中の判断基準。生き残る可能性。友達は危険? 何を聞くべきか冷静に考えろ。
「聞いていいかな、九里手さんと家ってどういう関係?」
「うん? 家は家だよ、私が住んでる」
「昨日の夜に家に遊びに行った時、挨拶したけど最初無視したよね? まだ仲良くなってないから?」
「ああ、私も無視されたんだと思った。でも居たところがちょっと違ったんだね。せっかく来てくれたならおもてなししようと思って呼んだけど迷惑だった?」
「急に袖を掴まれたからちょっと驚いただけ。まだお友達じゃないと思ってたから」
「あ、そういえば失礼だったかな。ごめんね。せっかく来てもらったのにすぐに帰っちゃいそうだったから思わず。藤友さん、私と仲良くなってくれる?」
「……それはまだわからないな。俺はまだ九里手さんのことを全然知らないから。気が合えば友達になれるかもしれないし全然無理かもしれない」
この言い方ならまだ友達じゃない、セーフなはず。
「アハハそれもそうだね。うーん? じゃあどっか遊びに行く?」
「ちょっと今立て込んでるんだよ。予定が立ちそうなら連絡していいかな、LIMEのIDを送っとく」
「うん、私も仕事だからまたね」
「じゃあまたね」
冷や汗をかきながら電話を切り、LIMEのIDを送る。
考えろ、マストだ。突然降ってきた情報の分析。
直接的な死の危険性。よりましな選択の見極め。
家の呪いを解かないという選択肢はない。座して死を待つのと同義。NG。
扉の安全性。扉から覗く限りは安全だ、中に入らない限りは。柚のお墨付きが得られた。OK。
夢の安全性は未確定。『居たところがちょっと違った』。昨日の公理さんの推論どおり、過去の夢と現在はやはり若干時点が異なる。俺がいたのは現在ではなく過去の夢。俺は過去の夢で同じ過去にいる柚に挨拶した。その時俺は現在の柚は認識できていない。柚は過去の夢にいる俺に現在の時点から挨拶した。これは考察の基礎となる事実。
俺は過去から現在を認識できないが、柚は現在にいながら過去を観測できる、そして柚は過去の時点にいる俺を現在の時点に移動させることができる。これも基礎となる事実。
今回見た過去の夢は柚の構築途中のバイアスの中でのことだ。柚がいない異なる世界線のバイアスでも柚は超えて来られるのか。これは未確定。柚がどのバイアスでも超えて俺を現在に移動させられるなら、例えば請園共生のバイアスの中からでも現在に移動させられるのなら、二度と夢には入れない。食われる。少なくとも柚のいる時間帯は無理。未確定保留。
ここが確定されなければ夢には入らない。OK。
過去の夢への影響の調査の必要性、これは扉で家に聞こう。
次に検討すべきは俺たちに死をもたらす存在、呪いまたは家の性質について。
あの黒いものを家と仮定しよう。そうではないかもしれないが、安全として除外するよりは危険として織り込んだほうが不測の危機を減らせる。
今、家は敵なのか。柚の招いたかどうか、そして友達かどうかの認識が家に影響しているのか。
1番最初に扉を覗いた時、家は俺を無視して歌菜を食べていた。その後柚のいるリビングで家が後ろに立ったとき、認識はされていても襲われる感じはなかった。後で家から公理さんが誰かが気になったからと聞いた。あの時点で家は自律的な意思を有していたが、こちらを襲うそぶりはなかった。気にしていたのは公理さん。柚に招待された柚の友達。
けれどもさっきの家は明確に俺を食べようとしていた。少し食べられたし、公理さんが起こさなければ全部食べられていた。公理さんも食べられた。
夢の中で柚に会ったのはさっきが初めてだ。もともと夢に柚がいれは俺を襲う存在だったのか。不明。今後柚がいない時に夢を見た場合に俺は襲われるのか、不明。
さっきの会話を思い出せ。
柚の話振りでは、俺は柚に招待されて会いに行った。その時点で俺は客として認識されて捕食対象になった。『だから家は』という言葉は、直接訪れなければ家の捕食対象になっていなかったということを示す。つまりまた下手を踏んだ。
公理さんは招待されたが断わった。その時点では家の客ではなかった。しかし喜友名晋司の絵を描くために家に入ったことで招待を受け入れたことになり家の客になった。だがその時点では家は襲って来なかった。家に呪いと一緒に剥がれた魄を置いてきたが、公理さんは積極的に家に襲われてはいない。公理さんは絵という『呪いの媒体』兼効果に緩やかに侵食されていただけだ。けれどもさっきの夢では俺と同じく積極的に食われた。
公理さんが家に入ったのは18時頃。まだ柚は帰宅していない。柚が家に帰って公理さんが家に入った、つまり客になったと柚が認識して以降、公理さんは家に捕食対象と認識され、置いてきた部分を食われたのではないか。その帰結。柚は家に帰るまで、家の中で起きたことは把握できない。
対象を殺し食べているのは家。その対象を選定しているのは柚。そんな構造が見える。あたかも柚が呪いの上位のように見える。一方、一度選定されたら柚側では対象から外せない。家からはどうなのだろう。いや、もし家側で外せるなら昨夜公理さんが相談した時に外していたと思う。柚と家の支配関係、それが知りたい。客に認定されていない者は家に入っても襲われないのたろうか。
家について今検討できるのはそのくらいかな? やはり柚がいないより安全と思われる時間帯に家に入って家と話さなければ仕方ないだろう。
真っ黒な地図に少しだけ道が描かれた。
あとは請園恭生の件だな。こちらはどのみち解決してバイアスを消滅させなければならない。だが夢に入って過去を見れないとお手上げだ。手がかりは何もない。
手がかり……石。机の上に放置されたリングを見る。目のふちの形をした金属フレームの真ん中に設置された人造ダイヤ。その目の縁から金のラインが伸びて指輪になっている。神目。
色々な角度からながめていると目の内側に彫り込みがあった。RA? イニシャルにしても思い浮かぶ者はない。ロイヤルアカデミー? 関節性リューマチ?
ダメ元で情報源に当たるか。
藤友晴樹:内倉さんこんにちは。昨日はありがとうございました。追加でお伺いしたいのですが、神目教会の関係でRAという言葉を聞いたことはありますか。それから伽耶さんがうけた健康診断の内容でご存知のことがあればお伺いしたいです 9:01
forU♥:オッケ! おなかすいた! 今から行っていい? 9:03
あれ? すげ返信はやい。
◇◇◇
神様というのはどこにいるのかな。
請園先生のお話では、信じるところにいるという。だからなんの本を読んでもいいんだって。
信じるところ。天国でしょうか? そう言うと先生は、天国かもしれないね、と言った。
こことは違う次元でしょうか? そう言うと先生は、そうかもしれないね、と言った。
神様ってなんなでしょう? と聞いたら先生は、君が神様だと思ったものが神様でいいんだよ、と言った。
そんなこと言われてもよくわかりません、そういうと先生は、わからないならわからないでいいんじゃないのかな、と言った。私も随分長い時間がかかったから、と。
それから先生の読んでいるご本のお話をしてもらった。
その本ではみんなの中に神様がいるんだって。それでその神様の目で私たちは世界を見ている。
先生に神様はみんなの頭の中にいるんですか? と聞いてみると先生は、そうかもしれないね、と言った。
頭の中の神様。なんだか小人みたい。
神様は体のほうにはいないんですか、と聞いてみると先生は、それはよくわからないけれど、この本では松果体というところが神様がいる頭と体を繋いでいると書いてあるよ、と言った。
その時窓で鳩の鳴き声が聞こえた。
先生、あの鳩の頭の中にも神様はいるんですか? と聞いてみると先生は、この本では神様は人の頭だけにおられると書いてあるね、と言った。
動物に神様がいらっしゃらないのは可哀想じゃないでしょうか? と聞いてみると先生は、そういわれるとそうだねぇ、と言った。
動物にも神様がいるともっと世界は平和そうですね、と言うと先生は、それはいい考えだね、と言った。
神様に会うにはどうしたらいいんでしょう、と聞いてみると先生は、一緒に考えてみようか、と言った。




