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叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧版  作者: tempp
第5章 カルト教団集団自殺事件

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39/83

神の目

 こんな夢を見た。

 白い世界にぽつんと立っていた。見回しても何も見えない。

 なんとなく導かれるように坂道を登っていくと、一軒の家が見えた。真っ白な景色の中でその家だけに色があり、存在感を保っている。

 なんとなく門扉をくぐり庭に回る。その庭からはリビングが見えた。リビングでは複数の影のようなものがうろうろしていた。

 なんだか楽しそうだな。パーティでもしているみたいだ。フラフラと近寄ると窓にすき間が空いていて中に入ることができた。


  きょうはひっこしのおいわい

  たのしいわね

  ちゅうもんしたけーきがくるはずだ


 影達はわいわいと部屋を飾り付けるようなしぐさをしている。

 引っ越し祝いか。


「楽しそうですね」

  たのしいわ

  ぼくらはいっしょにすむことになったんだ

  わたしたちの『しあわせなまいほーむ』なの

  これまではたまにあうだけのひともおおかったもの


 そうか。『幸せなマイホーム』か。いいな。


「皆さんは家族じゃないんですか」

  かぞくだよ

  とてもなかよしだもの

  ぼくらはおたがいのこうふくをいのっている

  ぱーてぃをはじめましょう?

  そうだ いのろう

  かみのめよ かみのめよ われらをみまもりみちびきたまえ


 声は唱和し、不思議な暖かい一体感を感じた。

 そんな影達を見ていてふと気が付いた。そうか、これは過去の夢。この家で昔にあった過去の夢だ。

 そう思った瞬間、足元からバラバラと世界が崩れ落ちていく。家を残して全てが飲み込まれていく。

 あぁ、起きないと。


◇◇◇


 図書館に向かう。

 今日は少し陽が陰っている。春とはいえまだ寒い日もある。三寒四温という奴だな。公理さんのジャケットを借りて着込む。少し大きい。でもそれよりシルエットが違うことの方が気になるな。いつも着る服より腰の位置が少しずれる。脇の後方に空気の隙間ができている。

 公理さんのマンションから続く坂道からは辻切ツインタワーが見える。ガラス張りのツインタワーは雲から逃れた太陽を反射し、白く冷たく光っていた。

 半分のバイアスを消滅させた。この事件が終われば後2つと柚の件。バイアスが全て消滅した時、柚はどういう状態になるのか、そろそろそれも考えないといけない。公理さんの望みは柚をあの家から、不幸から出すことだから。柚はいま呪いの影響をどんな風にうけている?

 直接確認してもいい頃合いかもしれない。



『神目教 集団自殺』 該当:1852件

『神目教 集団自殺 眼球』 該当:212件


 有名な事件だ。あまり絞り切れないな。とりあえず1番古いものから確認しよう。


 通称カルト教団集団自殺事件。

 11月8日午前11時ごろ、辻切署生活安全課に周辺住民から相談があった。1週間ほど前から窓に人影があるがずっと動かない。何かおかしいのではないか、と。

 警察官が臨場しインターフォンを押したが応答がなく、庭に回ると2階の居室の窓が大きく開いており、カーテン越しに複数の人影が揺れているのが見えた。呼びかけても応答がない。庭に面した1階の窓も開いており、そこから呼びかけても返事がないためやむなく立ち入ると、2階で合計41人の信者が首を吊っている状態で発見され、しかもその遺体は一部を損壊していた。


 損壊の状況は公理さんが見た通りだろう。

 右目がえぐられている。こちらを向いていたのは2体だけだったが、いずれも目周辺以外の損傷はなかった。生きたまま目をくりぬいたなら防御創や多少の抵抗の痕はあるはずだ。なら首を吊って死んだ後にくり抜いたのだろう。おそらく請園恭生が。


 警察は行方の分からない教祖の請園恭生を重要参考人として指名手配した。ところが請園恭生自身、事件の前10年ほどは教団員以外と接触した形跡がなく、行方はようと知れなかった。


 事件発覚1週間ほど前から家に出入りが見られないということ以外、おかしな点はなかった。遺体は死後1週間程度が経過していた。つまり死の前日まで普通に生活しているように見えたということだ。

 加えて、請園恭生と神目教会自体は周辺住民から穏やかな団体として捉えられており周辺との諍い等もなかった。そのためこの事件は大きな驚きを世間にもたらした。事件後しばらくは大きく報道されたが、教団自体が小規模であり教えも外には広められていなかったことから外部への影響は乏しく、いつのまにか記憶から忘れ去られるようになった。

 最終的に、遺体に抵抗の痕跡が一切見られなかったことから自殺及び何者かによる死体損壊事件と見做された。

 41人を吊すならその重さを支えるだけの梁を通す必要がある。計画的なものだろう。突発的にはできない。妙なチグハグさ。意図のわからなさ。


 ……宗教がらみの事件は嫌いだ。

 大なり小なり自分の意識の外に絶対的価値観を置くという考えは許容できない。その時点で自分が歪む。魂がねじ曲げられる。虫唾が走る。ああ、嫌だ、嫌だな。これと最後の心中事件は気が重い。

 駄目だ、意識が負に傾く。忘れよう。どのみち呪いは解かなければならない。事件は発生しているわけだからな。

 さあ、検討しようか。俺達が生き残るために。


 目標設定のための事実確認。

 記事ではあたかも普通の人間が突然集団自殺したかのように書かれているが恐らく違う。宗教なのであればもともと宗教的洗脳による歪みはあったはずだ。問題はどのように呪いが干渉しているかだな。

 対象を変化させて不幸を成す呪いか、対象に外的要因を加えて不幸を成す呪いか。似ているが、俺と公理さんが受けるリスクが少し違う。喜友名晋司は前者で人を絵に変え、越谷泰斗は後者で蝿に人を食わせた。貝田弘江はおそらくその中間か別パターンなんだろう。

 変質の場合は厄介だ。対象自体を変質させる。喜友名晋司は絵という媒体、ワンクッションがあった。宗教というのはそもそもが他者を侵食しその信仰自体を用いて魂や認識を塗り替えることを目的としている。そのダメージはより直接的で深刻になる可能性がある。公理さんはすでに呪いによって魄を奪われている。これ以上の損傷は回復の限界値を超える恐れがある。いや、すでに超えているのかも知れない。だから極力関与させない。


 雑誌をめくる。神目教会の信仰について。

 神の目があると信じ、それに恥じない生活をする。前に感じたとおり天道思想に似ている。シンボルマークは丸い縁の中に目のアイコン。眉の角度的に右目なんだろうか?

 これで三角だったらプロビデンスの目なんだろうけどそうなるとフリーメンソン臭がする。もともとはアレもキリスト教の三位一体のシンボルなんだよな。『教会』とついているからキリスト教系なのか?

 そう思って神目教会のホームページを探す。ホームページ自体はすでに削除されていたが魚拓が見つかった。Webに保存されたかつての残香。白を基調とした、シンプルを超えて素人感満載のページだ。なんでリンクバナーの枠を光らせたり過剰に凹凸をかけたりするんだろう。


 ホームページを覗いて困惑は深まった。

 請園恭生は若い頃密教の修行をしていた。その中でコーランを読みふけり着想を得て、精霊信仰に目覚めて山籠りをする。そして神の啓示を受けて布教を続け、神の家たる請園恭生のアパートで週に何日か集まり賛美歌を歌ったり読経をあげたりしながら質素に穏やかに過ごす。

 ページの最後は、『信仰は自由です』と〆められていた。


 なんだこれ、ギャグなのか? どこの団体からドロップキックされてもおかしくないぞ?

 いや、まあ、信仰は自由だしな……。だが請園恭生の人物像がさっぱりわからない。ここまでイカレてると変質なのか後押しなのかも判断がつかないな。……。そもそもこいつは何を布教しているんだ? わからん。布教という限りには何かを広めているんじゃないのか?


 何かひどくお手上げ感だ。仕方ない、また聞くしかない、内倉さんに。

 昨日は請園伽耶と請園恭生の関係を中心に聞いたから信仰についてはあまり聞いていない。何か知っているといいが。またあの軽い調子で下ネタを延々と聞かされるのは辟易するけど仕方がない。

 昨日は俺のつまみをいたく気に入ってたから釣れるかな。交換したLIMEを開く。


藤友晴希:昨日お話を伺った藤友です。追加で伺いたいことがあり連絡しました。お越しいただけるなら軽食でも作って待ってます。 13:26


◇◇◇


次はツインタワーのカルセアメンタで情報収集。


「こんにちは」

「あら、こんにちは。あなたは確か……藤友さん?」

「覚えていて頂けたんですね。嬉しい。1度しか来てないのに」

「公理さんのご親戚なら大歓迎ですよ。履いて頂いて嬉しいです。今日は何かお探しですか?」

「このお勧め頂いた靴がとても気に入ったので、他にどんなのがあるか見せてもらいに来たんです。ちょっと高いから自分じゃなかなか買えないけどバイト代たまったらと思って」


 店内を一回りするフリをして柚の様子を伺う。

 やはり扉には気が付いているが接触しようとはしない。興味があるのは扉だけで、俺の顔を見ようともしていない。こちらは認識されていないのだろうか?


「そういえばお引っ越しされたと伺いました。公理さんは誘われたけど行けなくて残念だって」

「あら、でも昨晩いらしたでしょう」

「……そうなんですか?」

「ふふ、変なことをおっしゃいますね。藤友さんもしょっちゅう覗いているじゃないですか」


 柚は先ほどと同じ表情でにこやかに微笑んでいる。俺も張り付いた笑顔を深める。来た甲斐があった。


「ご迷惑でしたか?」

「そうねぇ、公理さんは一度ご招待したのだけど、藤友さんはまだお招きしてないな。いらっしゃいますか? 見てるだけじゃつまらないでしょう?」

「ええ、いずれ是非に。その際は追い出したりはしないでくださいね」

「わかったわ。あの時は突然でびっくりしちゃったの」


 俺は扉に挟まっている。だから厳密にはあの家には入っていない。だが覗いてることと公理さんが家に入ったことを認識されている。

 昨夜あの2階正面の部屋に柚はいなかったはずだが、柚はその事実を知っている。柚は不在時の家の状況を読み取っている。遠隔なのかリアルタイムかどうかはわからないが、それならば基本的に全ての動きを知られていると考えた方が無難だろう。

 俺は夢では明確に家に入っている。そちらは認識されていないのだろうか。過去を描いた家の夢だから条件が違うのかもしれない。


「ところでご自宅で変わったことをされていますね?」

「あら、そうかしら? 私は何もしていないの。片付けをするだけ」

「もしお嫌なら、やめたりしないものですか?」

「そうねぇ、でもあれは家がやっていることなの。だから私に言われても困る」


 家が?


「そうですか。お手間取らせて申し訳ありません。お金が貯まったらまた来ます」


 辞そうとする最中に声がかかる。


「あ、そうだ。この間公理さんが来られた時忘れ物をされたでしょう? お預かりしてるからいつでも取りにいらしてと伝えて頂けます?」

「……勿論です。ありがとうございます」

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