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叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧版  作者: tempp
第5章 カルト教団集団自殺事件

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オレンジの後遺症

「それはハルに言われたくない」


 公理さんが起きてから喧嘩になった。そして俺が公理さんに言ったことは基本的に俺に全部跳ね返ってきた。

 だが許せない。俺は俺のせいで人が不幸になることが許せない。それだけは駄目だ。絶対嫌だ。俺の不幸を他人に溢れさせるのは駄目だ。俺の呪いが他人を不幸にする。そんなことは絶対嫌だ。呪いに負けた気分になる。嫌だ。


「俺が心配すると俺の心労が増えるんだ」

「ハルぅ、それハルに言われたくない。俺もハルが心配なんだよ?」

「自分がするのと他人がするのは違うんだ」

「だよねぇ。完全同意」

「そうじゃない俺はどうせ」

「あーうるさいうるさい、ご飯食べたーい」


 ハァ、もう。糞ッ。腹立たしい。

 確かに切っ掛けは公理さんかもしれないが、家が俺に扉をつけた時点でこれはもう俺の問題だ。おそらく俺が既に呪われていたから家は俺に扉をつけた。呪われた原因は俺にある。これはもう俺の呪いだ。俺が、呪われた。

 それに家がなくても俺の不幸度合いはたいしてかわらねぇ。俺にはどっちみち不幸がやってくる。家は凶悪だが、相手が明確な分まだやりやすくすらある。


 確かに煽ろうと思って公理さんに責任とれと言ったことはあるけどな、間に受けやがって。勝手に気にして勝手にダメージ喰らうとか。勘弁してくれ。そんなつもりじゃなかったんだ。勝手に俺の隣で不幸になるな。無意識に唇を噛んでいた。口元に手を当てて滲む血を隠す。

 だが……確かにやっちまったことはもうどうしようもない。頭が痛い。どうしてこう。いや、気にしてもキリがない。糞が。


 扉から出てきた公理さんは左半身を失っていた。厳密にいうと左半身分の魄だ。魂魄の魄のほう。魂のうちの心を司る部分が魂、体を司る部分が魂。

 辛うじて、おそらく頭は影響を逃れた。だが公理さんの左半身、厳密にいうと左腕と左足、左目の機能が失われた。移動には松葉杖じゃ足りなくて、車椅子が必要だ。1人では自由に動けない。


 おそらく左半身の魄は家に囚われている。高い密度で呪いと混じったから『呪いの媒体』と分離しきれずに一緒に取り残されたんだろう。家の呪いを解けば戻る可能性がある、と思う。だが急がないと。神経は1度止まれば再び動かすのが難しくなる。時間がたてばたつほど。

 だから公理さんの体が、左半身が動かないことに魂が慣れる前に呪いを解かなければならない。

 俺のせいだ。俺が呑気に構えていたから。公理さんの精神が絵に侵食されていたことは認識していたのに。だから、俺のせいだ。


「言っとくがな、公理さんは自分が巻き込んだと思っているかもしれないがそれは俺にとってはあまり関係ない。俺は毎日少なくとも一定量の不運に巻き込まれる呪いにかかっている。今は公理さんの呪いでその不運分を解消しているだけで、そもそも家に呪われなくても危険は同じだ」

「あーあーあー聞こえなーい。俺の見えないところでやってー」


 子供かよ。うぜぇ。畜生。

 ぐう、駄目だ、冷静さを欠いている。落ち着け。飯作るか。一端頭を落ち着かせよう。うん、腹が減ったな。嫌がらせに角煮丼でも作るか。いや。


 冷蔵庫を開ける。エビとホタテ、野菜は色々。米はまだやめた方がいい……よな。俺が食べたいもの。

 人参、エビ、マイタケ、しめじ、青梗菜、玉ねぎは油通し。ホタテはさっと湯通し。それからごま油で炒め直して溶いた鶏ガラ顆粒とオイスターソースを一回し。ソースの焦げるいい香りが漂う。疲れた頭に少しだけ余裕が生まれる。

 それからええと、卵を割ってかき混ぜて、フライパンにバターを敷いて柔らかく焼いて。ふわりとバターの香りが漂う。いいバターは香りもいい。少しヨーグルトみたいな匂い。

 水分がない。適当に鍋に顆粒だしと醤油とあまったとき卵を突っ込っこむ。

 海鮮と野菜の中華風炒め、プレーンオムレツ。和風とき卵スープ。頭が混乱しているせいかジャンルがバラバラだ。でも晩飯にはこれだけあればいいだろ。あとは食後に果物でも切ろう。


「食え」

「あーんとかしてくんないの」

「ざけんな、右手は動くだろ」


 公理さんはこちらの様子をチラチラ見ながら飯を食う。妙な気の使い方しやがって。イラつきは少しは治ったが、まだ腹わたが煮え繰り返る。

 はぁ、もう本当にな。糞。


 だが第三夜を超えることができたのは公理さんのおかげだ。それは間違いない。正直なところ、俺にはどうしようもなかった。仮に俺が同じように呪いに飲まれても公理さんと同じようにはできない。無理だ。俺には芸術がわからない。公理さんと違って無縁だ。素養がない俺には感覚的なところは何を言っているのかさっぱりわからない。


 ……公理さんは喜友名晋司と魂を混ぜた上で呪いに飲まれた。理屈としてはわからなくもない。喜友名晋司は絵になりたい。だから喜友名晋司を絵にした。喜友名晋司自体が呪われれば絵に固着する可能性がある。

 だがそれだけでは結局は自殺と同じことだ。喜友名晋司を満足させなければ1日は超えられない。


 そこからの説明は更に意味がわからなかった。今の呪いは喜友名晋司がその希望に沿って作り上げたものだ。だからもともと喜友名晋司とは親和性がある。そこまではまだ何とかわかる。だがそこからがわからない。公理さんは自分を『呪いの媒体』にして喜友名晋司と呪いを混ぜ、そこに公理さんが解析した喜友名晋司の記憶と希望をのせたと言った。本当に何をいっているのかわからないし、何をどうしたらそうなるのかもわからないよ。

 極めつけはこれだよ。


「喜友名晋司と話していて描いているのが抽象画じゃないことがわかったんだ。見ているものを描いているだけ。なら喜友名晋司に自分が描きたい自分を見せて、それを描かせれば簡単だと思って」

「それで公理さんも呪いに閉じ込められたら元も子もないだろ」

「流石に自分が絵になるつもりはないよ。でも喜友名晋司が他の絵に魂が満ちた時に追い出されたように、喜友名晋司を全部詰めたら俺が追い出されると思ったんだ。同じところに2つの魂が収まるのは無理だと思うから。だから安全だと思ったし、実際うまくいったんだと思ってる。逃げ出すタイミングをちょっと失敗したけど」


 ちょっとじゃないだろ。

 だが公理さんが何を言っているのか心の底から欠片もわからない。俺では、無理だ。確かに無理だ。……そして俺には解決に至る道筋は未だに全く思い浮かばない。

 喜友名晋司が満足するには喜友名晋司を理解することが必要なんだろうな。

 あらかじめ相談してもらえれば他の方法が検討で来たかもしれない、いや、できないな。今説明されてもさっぱりわからないんだから。

 結局は公理さんしかどうしようもなかったんだろう。だが、他にやりようはあったはずだ。相談してもらえればもう1日かけて検証が出来たかもしれない。少しだけ混ぜて外に出た場合の損耗率とか……。いや、そこで下手に欠損が生まれたら間に合わなかった可能性がある。喜友名晋司が絵を描き終わったのは多分ギリギリだった。


 糞、胃が痛ぇ。

 全ては結果だ。もう過ぎ去った。回顧することに意味はない。無駄だ。無駄なことをする余裕はない。俺の頭は告げる。

 現状呪いを解くのに支障はない。夢の中では扉は閉じているから、そもそも公理さんは俺を起こすことしかできない。扉を覗いていてもこれまで通り立ち入らない限りは中を見ているだけだ。外出での調べ物は俺がしている。公理さんの左半身がなくても何も支障はない。


 ああ、そうだな、支障は、ない。だがそういうことじゃないんだ。こういう結論重視の自分の思考回路は大嫌いだよ。糞。

 過去は変えようがない。だが。同じことはもう二度と起こさない。もう公理さんは信用しない。公理さんは甘すぎる。無理だ。家の呪いは俺が解く。喜友名晋司の絵の影響は終了しただろうから、これ以上公理さんの精神の悪化はないと思いたい。


 よし、愚痴はここまでだ。公理さんは目だ。それ以上の負担はかけさせない。損失を織り込もう。そもそも俺がそう言った。結果的に多少じゃなかったが反省を活かす。今ならまだ呪いを解けばリカバーできる可能性がある。

 表面上の仲直り。でも冷戦の勃発。


 頭を切り替えろ。まずは目標の設定。

 大目標は変わらず家の全ての呪いの解除。追加で公理さんの魄の奪還。

 小目標は集団自殺事件のバイアスの消滅。


 これまでの前提の修正。

 喜友名晋司の事件の『呪いの媒体』。俺には黒い四角しか見えなかったが公理さんには滴り落ちたオレンジ色に見えた。

 呪いの効果はおそらくその魂を絵に塗り込めること。公理さんは色を見ることによって絵に吸い込まれようとしていたし、おそらく俺の五感も見えないままに見つめることによって絵に吸い取られたんだろう。喜友名晋司に話しかける芝山彰夫は痛覚がなくなったようなことを言っていた。

 だからその効果は『呪いの依代』である喜友名晋司自身にも効果を及ぼし、喜友名晋司は自分で自分を解体し、うまくいかない一部が窓から転げ落ちたのかもしれない。あるいは呪いの効果によってばらばらに放り投げられたのかもな。そのへんは見ていない以上よくわからない。

 今回の『黒い幽霊』に相当するものは神目教の目玉だろう。でも途中で食べてなくなったんだよな?


「そう簡単にアレが消えて無くなるとは思えないよ。『呪いの媒体』自体は絵の中にいてそこから出入りしていたんでしょう? 喜友名晋司と絵は繋がっているように見えた。目玉である『黒い幽霊』のほうが喜友名晋司に同化したんじゃないかなぁ」

「どうかな。俺はどっちみち幽霊はみえないからな。まあ喜友名晋司は幽霊の目玉を物理的に食べたんだろうから、それで無くなるってものでもないのかもしれないな」


 公理さんと最後に見たものをすり合わせる。

 振り返った時、喜友名晋司のバイアスが消滅し、集団自殺事件のバイアスが表面化した。

 呪いは窓際で形を取った。あれは集団自殺事件の際に2階の窓際に吊られた死体。いや、違うな。以前公理さんが言っていたように2Fの天井一杯に死体が吊り下がっているんだ。干物みたいに。


 だいたいの死体は窓とは反対側を向いて釣り下がっていたが、中には窓を向いている者もいた。その者たちは右目がなかった。おそらく眼球はくりぬかれ、加工されて喜友名晋司が見つけた天井裏に置かれたのだろう。


 公理さんの見立てでは今回は越谷泰斗の時のように腐乱はしていなかったし、見た範囲での劣化は少ないようだ。裸足の足元がむくみ、死斑ができていた程度。季節にてらしてもおそらく死後2~3時間程度だろう。

 少しだけの時間経過。越谷泰斗の事件の時と同様に考えると、おそらく死体を作り出した人物がこの後比較的近い時刻で死亡して新しいバイアスが構築されたのかもしれない。そうすると死体を作り出したのは死体の見つかっていない教祖の請園恭正の可能性が高いかな。

 請園恭正は何故死体を作ったか。請園恭正がどう死んだのか。それが今回の呪いの基礎になる。

 詳しくは明日図書館で調べよう。


「それから念のため言っておく。2度と扉の中に入るな。以降勝手に入るようなら一緒に扉は開けない。1人で見る。リスクの管理は俺がする。公理さんは信用できない」

「信用……ごめん。そうだよね。でもそれは俺も同じで。ハルには相談して欲しいんだ。危険なら特に」

「……方針だ。とりあえず俺が今晩夢でアタックする」

「ちょっとまって。今日は人がくる」

「人?」

「そう、クラブで行方不明を探したでしょう? 彼女の1人が行方不明になった人。内倉侑平(うちくら ゆうへい)っていう。俺の知り合い。柚ともLIMEで繋がってる。その彼女は請園伽耶(うけぞの かや)っていう」

「彼女の1人? 請園って」

「そう、教祖の娘。教祖がどうなったか知ってるかもしれない。今回は教祖を見つけないと進まないでしょ? ……その、相談はしなかったけど、これは大丈夫だよね?」


 公理さんは少しだけ不安そうに俺を見た。

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