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叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧版  作者: tempp
第4章 芸術家変死事件

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どうか幸せを

 もう少しで芝山君の絵が描きあがるという時に、知らない若者が現れた。

 芝山君以外でこんなに話したのは久しぶりだな。その若者は最初は薄ぼんやりした影のような姿をしていたが、私の悩みを聞いてくれた。何時間にもわたって。

 こんなに長く自分のことを話したのは母以来ではなかろうか。芝山君とも色々話をしたが、描いた絵のことばかりで私のことを話したことはほとんどなかったな。不思議なものだ。


 それから驚くべきことを聞いた。

 私はもう死んでいて、同じ1日を繰り返しているらしい。そういわれればそのような気もする。私が死んだ理由は、私が絵になりたくて自殺するからだそうだ。にわかには信じられない。自殺をして絵になるというのもピンとこない。その若者は自殺をしても絵にはなれないから止めにきたと言っていた。まあ、そうだろうな。


 私は他人の魂を食べて絵を描いている。自分の魂と一緒にその魂を絵に塗り込む。私はその絵の魂わ隣に感じながら、その魂の上に絵具を置いていく。そこに描かれたものこそがその魂の求めたものだと思って。

 けれどもその魂を全て塗り込めて絵が完成した瞬間、私の魂は追い出されてしまうんだ。多分その絵がその魂で満たされてしまうからだろう。その絵はその魂が求めたもので私が求めたものではない。私は見たまましか描けない。

 追い出されたとてその絵は私が書いたものだ。認められたいと思ってコンクールに出した。書き上がった絵は数々の賞を取った。

 だがそれはやはり私の魂ではなかった。


 若者と話をしていてわかった。

 私は結局絵を描いて父と母に褒められたかっただけなのだ。天井を見上げる。置いてあった目玉の代わりに、屋根裏には父と母に褒められた一枚の絵を置いた。そして私はその下で絵に見守られたまま絵を描いた。

 ただとうの昔に母は死に、父は去った。もう私を褒めてくれる者はない。誰も。たくさんの賞の選者も芝山君も褒めてくれるのは魂を塗り込んだ絵のほうで、弾き出された私ではないのだ。

 そう思うと、いっそ私自身も死んで絵になって、父母との思い出の絵の隣で眠りたい。そう思った。

 なるほど、そう思って私は自殺するんだな。この芝山君の絵が完成した時に。私に絵が描けなくなって、もうどうしようもなくなる時に。得心がいく。


 次に若者が現れた時、優しげな姿があった。30弱くらいだろうか。若々しく世界に愛されていると感じた。ついぞ私が感じたことがないものだった。

 だが若者は突然私の目の前で自らの右腕を切り落とし、驚くべき提案をした。


 自分の魂を食べて絵を描いて欲しい。


 若者は美容師と言っていた。腕は大事なものだろう。まさに若者の魂だ。なぜ私などのために?

 だがそんなことをして絵を描いても、結局最後に私は弾き出されてしまう。意味はない。そう説明すると、だから腕を交換すると言う。

 腕がないと描けないと言えば、もう死んでいるのだから願えば絵が書けると言う。試しにそう思って芝山君の絵に触れたら絵が完成した。だが私はやはり弾き出された。途方に暮れた。


 結局弾き出される。意味はない。だが若者は願いを叶えるという。困惑したが、そこまでいうのならと承知した。先ほど若者が使ったナイフを手に取り右腕を刈り取る。若者の右腕に比べるとおこがましいが、これが私の魂。

 若者と右腕同士を交換する。若者は私の右腕をその胸に置くと、右腕はするりと溶けて若者と同化した。私は若者と繋がったと感じた。私が他人の魂を食べたときに感じる感覚だ。私も若者の腕を胸に当てると、腕はするりと私の中に溶けた。

 この同化した感覚はいつもより強いが、それとていつもと異なる感じはない。やはり私は弾き出されるだろう。その予想される結果にため息が出る。だが折角頂いたものだ。この若者の大事な腕だ。心を込めて絵を描こう。


 この私の大切な絵の上に絵を描くのだな。

 思い出の小さなキャンパスを見やる。小さな水の入ったコップに紫陽花の花が一輪咲いている。もともと私の描いた絵だ。ここに塗り込めるならひょっとしたら私の魂も宿るのかもしれない、と思った。

 キャンバスに筆を置くと、キャンパスに若者の魂が移るのを感じた。


「あなたの魂が混ざらないのはあなた自身が呪われた絵具になっていないからだ。だから俺が俺の魂に呪いを混ぜよう。その上であなたも混ぜれば、あなたの魂は呪いとともに絵に残る」


 そう言われて思い起こした。確かに絵を書き上げたとき、他人の魂はその絵に飲み込まれた。私は飲み込まれなかった。今この若者の魂の方にも私の魂が混ざっている。この若者に私が捕まったまま絵に塗り込められれば、私の魂は絵の中に残るのだろうか。


「できた絵が素晴らしいものなら、あなたの願いが叶えられる。酷かったら叶えられない。才能がないと諦めな。いずれにしても書き終わったらこの家を出よう。俺以外、あんたの絵の具になれる奴は金輪際でない」


 そうだ。これが私の最後の絵。私は既に死んでいる。

 不思議な若者だ。

 私が私であるままに芸術になることを求められている。こんな風に求められたのは初めてかもしれない。私が絵を描くのはこれが最後だ。私は私の全てをこの絵に込めよう。この最後の絵に。


 私は遺された左腕で絵に触れる。

 若者を見ると、若者は左手で芝山君の絵に触れていた。そこからぞろりと黒いものがはい出てきて、若者を少しずつ浸食する。直感する。まずい、急がなければ若者が先に飲み込まれてしまう。一心に願う。私とこの若者の魂の絵。どんな絵になる? どんな絵がふさわしい?


 そうしているうちに、私と繋がる若者から不思議な感情が染み渡ってきた。懐かしい、とても懐かしい空気。思い出。

 若者は私が描いている若者の絵に右肘をかけている。芝山君の絵と若者と私の絵と私が繋がる。とても不思議な感覚だ。私は誰かと繋がっている。

 なんとなく母さんを思い出す。父さんと昔手を繋いだことがある。若者に先ほど話した、1回だけ一緒に遊園地に行った時のこと。その時父さんと母さんと手を繋いだ。


 何だろうこれは。私は絵に自分と若者の魂を塗り込める。そのたびに色々なことが思い起こされた。こんなことはこれまでなかった。魂と一緒に私を塗り込むのではなく、私自身を描いているような感触。

 不思議だ。自然と涙があふれた。

 若者はもう左半分を芝山君の絵に飲み込まれている。若者が全て絵に飲み込まれたら、私はまたぷつりと追い出されてしまう気がする。それは嫌だ。

 郷愁。恋慕。焦燥。後悔。思慕。藍色。黄緑色。オレンジ。空色。紺青色。いつもの色に今までにない色が混ざる。これは私の色だろうか、それともあの若者の色だろうか。最後の一滴。それを願って絵に触れる。


 完成した。


 完成した絵を見ると、そこには父さんと母さんの面影があった。私の頬に涙が伝う。偉いわね。頑張ったわね。そう言って欲しいと思っていた。だが絵は何も言わずただ私を見つめ返していた。それだけでよかった。

 そこには不格好な私がいた。私は私を褒めてもらいたかった。でもその『私』を私自身がよくわからなくなっていたのだ。魂を混ぜすぎて、そして手放しすぎたからかもしれない。誰かにこれが私だと認めてほしかったのかもしれない。

 父も母もいない。それなら私が私を認めよう。


 この絵は私だ。目の前の絵の中の私。この私は私である。私は確かに絵の中にいた。それを肯定して、納得した。私は再び私を取り戻した。

 絵から呪いがするりと染み出す。これはあの若者だ。いつしかあの若者は姿を消していた。絵に飲まれたのか? いや。黒い姿の中で若者の右目だけがしっかりと意思を持ち、私を見て頷いた。強い意志の光。

 それだけでわかった。この若者も私を肯定してくれた。良いも悪いもない。私は私の絵が描けた。


 若者は黒く染まった手で私の手を取る。私は頷いた。満足した。私の魂は満ちた。

 若者に促され、ベランダに出る。そうすると、その瞬間体がふわりと軽くなった。若者がベランダに出る瞬間、若者から呪いが剥がれ落ち、きらきらと砕けた。

 ふと、気になった。ベランダに出る前に砕け堕ちた呪いの中に、若者の混ざってしまった部分が含まれていた気がする。大丈夫だろうか。

 若者は手で早く空に昇るよう私を促す。もう一度絵を見る。不格好な私の絵を。私はこの絵と一緒に天に登る。この絵に残った芝山君も一緒に連れて行く。

 若者よ、さようなら。ありがとう。若者達の行く末に幸がありますように。


◇◇◇


 ああ、また酷いもの見ちゃったよ。

 意識が薄っすらしていく中で、さっき見たものがまぶたに浮かぶ。あれ、首吊りだよね、次の事件の。ううー、俺、グロ嫌い。ラブがいい。

 まあ越谷泰斗の時よりは全然マシだけど。お願いだから走馬灯みたいにリフレインしないで。違うことを考えよう。


 喜友名晋司のこと。あの人は最後に納得できたみたい。よかった。

 あの人はハルじゃ無理だった。それは確信している。話を聞いて、孤独な人だと思った。生い立ちもあるだろうし人付き合いも苦手なんだろうな。だから多分いつも自分がよくわからなくて母親から褒めてもらうことで安心していた。

 自己肯定感のなさってやつなのかな。呪いのせいでさらにわけがわからなくなって削れていて、ヒョロヒョロした棒で棒倒しして、その最後のひとかきみたいに倒れそうになっていた。

 だからあの人を満足させるにはちゃんの棒を固定しないと駄目だと思った。あの人があの人であることを自分で認めないとダメだと思ったんだ。だから俺は呪いの中であの人から聞いた思いや思い出を絵の中にたくさん散りばめて基礎にした。あの人がここなら大丈夫だって安心していられるように。


 これはハルじゃ絶対無理。芸術云々の話じゃなくてさ。ハルは歴戦すぎて守られる民とか新兵の気持ちなんてわからないでしょう?

 ハルが強くならなければ生きて来れなかったのも、それが望んだ結果でないことも知ってる。でもだから、弱くても生きていける人の気持ちはハルにはわからない。ぬるま湯でも溺死する人はいるんだ。良い悪いじゃなくてさ。

 だから喜友名晋司はハルじゃ全然理解できない。だからハルじゃ解決できなくて、俺じゃないと解決は無理だった。それは確信してる。


 だからハル、俺は後悔してない。

 だから俺が起きた時、気にしないで。お願い。でもハルは優しいから無理かな。

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