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叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧版  作者: tempp
第4章 芸術家変死事件

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思い出の手をつなぐ

 17時半。時間的にも今日はこれで最後だ。柚が帰宅する。

 公理さんは休憩のたびに喜友名晋司の情報を検索し、インプットしている。


 話を横で聞いていてわかったこと。喜友名晋司の絵画の基礎には両親を喜ばれせたという思いがあった。有名な賞をとって褒められたい。

 しかし父とは音信がなく母は死んでしまった。喜友名晋司の周りには他に何もなく誰もおらず、思い出の絵を描き続けた。

 この家に引っ越して他人の魂を塗り込めて絵を描き賞を得た。しかしそれは描きあがった時点で喜友名晋司から独立してしまう。喜友名晋司ではなくなってしまう。だから絵が賞を得ても喜友名晋司が褒められたとは感じられなかった。


 そういうものなのかな?

 公理さんに聞いたら普通は描いたものと画家は一致するから悩まないらしい。でも喜友名晋司の目的は自分が褒められることで、描いた絵では目的は達せられなかた。だから喜友名晋司は自身が褒められ、認められるために絵になろうとした。よくわからない理屈だ。

 だがそうするとお手上げだ。喜友名晋司の望みは自身である絵が褒められることだ。喜友名晋司が絵になるには自殺するしかない。自殺を止める方法がわからない。そもそも自殺しても絵にならないだろ。

 絵を描く以外に方法はないのか? 明日に持ち越して再度検討しなおす必要があるだろう。

 右手を組み目を閉じる。


◇◇◇


「こんばんは」

  こんばんは こんなに人と話したのは久しぶりだ

  それにこれほど私のことを尋ねられたのも初めてかもしれない


 公理さんは俺の手を握ったまま立ち上がる。そんな気配があった。


「公理さんどうした?」

「こんばんは」


 どういうことだ?

 公理さんの声が俺の正面に加えて俺の真横からも聞こえた。なのに俺の手を握る公理さんの気配は俺の正面にある。何が起こっている?


「やはり声は聞こえないか。ハル、通訳お願い」

「まて、公理さん何してる」

「絶対目を開けるな。魂を扉に入れた。俺しか解決できないって家に頼んだら入れてくれた。今目を開けたら俺は戻れない。あと時間がない」


 走る衝撃。扉に入れるだと!? 聞いてないぞ!?

 どれだけ危険なのか理解してるのか?

 そこは呪いの温床だ。あの絵は凶悪だ。あの絵の前に魂の姿で立つなんて考えられない。食われるぞ!?


「その『呪いの媒体』は公理さんが思うほど甘くない。すぐ戻れ!」

「戻らない。いつも無茶する仕返しだよ。時間がない。直訳で」


 強く握られた手は震えている。本気か!?

 声が喜友名晋司のほうに遠ざかる。公理さんの姿は見えない。本当に霊の状態で扉に入っているのか!?


「喜友名晋司、俺の姿が見えてる?」

  思ったより若いんだね

「さぁ絵を描こう。あなたの魂の絵を」

  さっきも言った通りだけど自分は絵に入れないんだよ

「そうだね、だから俺が来た」


 急に公理さんの右手から力が失せ、慌てて手を繋ぎなおす。それから伝えろと言われた言葉に戦慄する。なんだって!? 右手の力が失せた意味。それじゃあこの右手は。

 公理さん本気か、何を考えている!?


「俺の魂はこの右腕だ。俺はこれで俺の芸術を作ってる。あなたはこれを食べて絵を描いて」

  何故そんなことを

  それにそれでは結局あなたの絵になるだけだ

「大丈夫。あなたの右腕と交換しよう」

  右腕と?

「そうだ。あなたの魂だ。あなたはもう死んでいる。だから痛くない」

  しかし腕がなければ絵が描けない。

「大丈夫、あなたはもう死んでいる。願って触れれば絵が描ける。前にも試した」

  しかし……

「あなたの絵が描きたくないの? 俺が意識を保っているうちに書き上げれば、俺はあなたの望みを叶えるよ」

  …… わかった

「あなたのその絵の上に描くんだ」


 公理さんは既に右手の魂を切り落とした。ここで目を開けても右手は戻らないかも知れない。

 畜生! どうしたら!?

 さっきから小声で公理さんの説得を試みているけど全く聞く耳を持たれない。

 何を考えている? どうなるか結果を理解してやっているのか!?


 しばらくすると突然新しい小さな黒い枠が生み出された。

 そのすぐ脇から、ハル、きちんと直訳しろよ?

 という声が響く。その言葉から溢れる狂気。


「正気か!? 無茶だ、おかしい。一度撤退だ」

「ハル、ちゃんと訳してくれないと無駄になっちゃう。俺もう右腕切っちゃったし絵になった。黒い四角が見えるでしょう? お願いだから俺の右腕を無駄にしないで。これは俺にとってもとても大切なもの」


 そんなことは重々わかってる。公理さんは美容師だ。利き腕がなければ仕事ができない。そんなことは百も承知だ。


「公理さん、命のほうが大事だ。戻れ。他に方法を考える」

「俺にとっては腕のほうが大事だよ。ハルにも命より大事なものがあるでしょう? だから邪魔しないで。大丈夫。これは俺ができること」


 糞っ。何故こんなことに。震える声が言葉を成す。


「あなたの魂が混ざらないのはあなた自身が呪われた絵具になっていないから。だから俺が俺の魂に呪いを混ぜよう。その上であなたも混ぜれば、あなたの魂の一部は呪いとともに絵に残る。できた絵が素晴らしいものなら、あなたの願いが叶えられる。酷かったら叶えられない。その場合は才能がないと諦めな。いずれにしても書き終わったらこの家を出よう。俺以外、あんたの絵の具になれる奴は金輪際いない」


 俺は公理さんだけに聞こえる小さい声で公理さんを必死に止める。説得は無駄だと直感的にわかる。だが嫌だ。それはおかしい。許せない。戻れ、公理さん。お願いだ。俺は何も見えない、公理さんが何をしているかわからない。畜生、どうなってる。俺に何かできることは!?

 無意識に噛み締めた唇に痛みが走る。味覚を伴わない空虚な血が口に溢れた。


「ハル、大丈夫だ。俺はこの夜を超える。無理と思うまで目は開けるな。あとで説明するから窓の近くで待機して」


 公理さんは既に呪いに混ぜられた。もう、この事態は俺には手が出しようがない。糞っ。なんでこんなことになってる。俺の、俺のせいだ。俺が越谷泰斗の時に魂を混ぜるなんて発想をしてしまったから。どうしたら。後悔、無力感、自分に対する怒りで繋いだ手が震える。

 小さな四角の隣に置かれた大きな黒い四角から『呪いの媒体』が漏れ出始める。芝山彰夫。気が気でないまま震える足で窓際に退避する。公理さんの指示通り、いつでも撤退できるように。何故だ。何故事前に相談してくれなかった。

 しばらくすると小さな黒い四角の中が塗り込められた。そこから黒い『呪いの媒体』があふれて人の形を成す。

 何がどうなっているんだ? 何故不安の予兆がない? この黒い『呪いの媒体』は何だ? 芝山彰夫か? 大丈夫なのか? 危険じゃないのか? 危険だろ!?

 公理さんの右腕の力は失ったままだ。公理さんの声も聞こえない。

 小さな四角から出た黒い『呪いの媒体』が俺のいる窓際に近寄ってくる。無理だ、目を開けるべきか!? しかし公理さんは。公理さんはどうなってる!? どこにいる!?


「ハル、外に出て。俺も出る」


 目の前の『呪いの媒体』から公理さんの声がした。この呪いは公理さんなのか!?

 その『呪いの媒体』は俺の脇を通り抜けて窓際で霧散した。声を追いかけて俺も急ぎベランダに出る。


「喜友名晋司は空に昇った。次の呪いを観測しよう」


 大丈夫なのか!? そうだ、大丈夫なら急がなければ。俺は急ぎ部屋の中を見回す。その瞬間、部屋の中に取り残された黒い四角はどろりと溶けて床に散らばり、そして窓際に立ち上る。そうするとこれは。


「公理さんすぐ戻れ」

「もう戻ってる、無理」


 目の前から声が聞こえてパタリと人が倒れる音がした。

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