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叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧版  作者: tempp
第4章 芸術家変死事件

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オレンジ色の部屋

 公理さんは部屋中に絵が書かれていると言っていた。喜友名晋司は画家だからありえなくもないのかな。よくわからないが部屋中がオレンジ色に塗られているんだろうか。芸術は本当にわからない。

 そして俺も絵を見ていた。だが公理さんが見ていたという絵とはだいぶん違う。定規で引かれたような黒い四角。それが部屋の中心に浮かんでいた。長四角。120センチ×80センチくらいはあるかな。それがドンと部屋の中央に浮いていた。黒いキャンバスのような印象。

 モノクロで色はない。少し触れてみたが凹凸もなかった。ただの平面。厚みもない3次元の中に浮かぶ2次元。だが、俺が見ることができるということはこれは呪いの一部なのだろう。未だ活性化していないようにも思える。


「公理さんどうだ? 部屋は見れそうか?」

「大丈夫そうな気はする」

「わかった。これから振り向く。ヤバそうならすぐに目を開ける、いいな」


 振り返って階段を向く。公理さんの手は一瞬震えたあと、強く握られた。


「ちょっとクラッとしたけど大丈夫。目の前に喜友名晋司がいる。何かキャンバスに絵を描いていて、そのキャンバスから、うーん、なんだろう、絵具というか多分色がぽたぽた滴り落ちていて、それが部屋を染めて絵になってるんだと思う」


 ふぅん? よくわからないな。俺の見える黒い枠とは別口なのか。こちらはただ四角いだけで動きはない。ただ、絵の奥から妙な感じはする。


「どんな絵か知りたい。見ても大丈夫そう?」

「多分大丈夫……だと思うけど、俺が変だったら起きて」


 窓際に移動して絵を背後に振り向いた瞬間、公理さんの手は今までになく震え、その後痛いくらい強く握り返された。


「ダメだ、起きて」


 目を開けると公理さんは左手で目をこすり、唇を噛んで心臓の上に右手を置いて浅い呼吸を繰り返していた。


「ちょっと休憩しよう」


 顔が青い。貧血かもしれない。公理さんに極度の緊張が見られる。休憩が必要だ。リラックスできるもの。公理さんが好きなのは濃い目の青色。紺碧とか紺青とかその辺の色味のカップ。戸棚を漁ってカモミールティーを出す。この間買った焼メレンゲも開けよう。

 キッチンから戻ると公理さんはぐったりとソファに倒れていた。


「大丈夫か?」

「うぅ〜、この間のが最悪だと思ってたけど、こういう方向でダメージ受けるとは思わなかったよ」

「……どんな感じ?」

「うーん、自分が自分じゃなくなってく感じ。絵が自分の中にぞわぞわ入り込んできて何が何だかわからなくなっちゃう感じ」


 あぁ。……心当たりがなくはない。自分が揺らいで外縁がわからなくなるような気持ち悪さとそこに付け込む侵食。


「多少はコツがある。侵食部分で抵抗しようと固執するとわけがわからなくなって端からどんどん切り崩されていくんだよ。そういう時は1回意識を切り離して俯瞰して見るといい。落としてはいけない拠点を把握しろ。そこに防壁を築け。バックアップデータを作って多少の損耗は気にするな」

「ハルが何言ってるかわかんない」

「まぁ、そうだな、枝葉の侵食は諦めて捨てる。損切りだ。傷で済む範囲ならそのうち回復する」


 焼きメレンゲは食感がカシュカシュして空気を齧る気分になる。まるで空気を食むような議論だな。こういうのは慣れの問題もあるし。

 精神への影響は一度完全に遮断して離れて回復を待つのが正解だ。精神の歪みは完全に取りきらないと歪みが固定する可能性がある。けれども俺が呪われている以上、完全な分離は難しい。

 それに公理さんは最近やる気を出してる。俺だけ調べると言っても嫌がるんだろうな。それに俺は根本的に芸術がわからない。実際のところ俺だけじゃ無理だ。結局見ざるをえないなら同じこと。不可避で精神に影響を及ぼすものなら解決を急ぐのが正解だろう。色々な計算。


「それで何を見た」

「とりたてて、何も。でもなんていうか、部屋より抵抗が難しかったというか」

「俺にはキャンバスがある部分に黒い枠があって、その中全体が真っ黒に見えた。呪いの印象があるがこれまでほど確信が持てない。今の所、これまでの『呪いの媒体』のように溢れ出たりはしていない。あとは部屋の中は全体的に変な感じはしたけど、それほど強い呪いの印象はなかったな」

「俺にはその枠は見えなかった。キャンバスから呪いの感じはしたけど俺に見えたのはオレンジ色。サングラスのせいで色自体は見えなかったけど強くそう感じた。でもその色自体が『呪いの媒体』かというとちょっと印象が違って。呪いの存在感が漏れている感じ? ここにいるぞっていう。これって正しく芸術の在り方だよね、その存在で人の魂を汚染する」

「すまない。やっぱり俺には芸術はわかららないよ」


 芸術が何かはさておいて、呪いの姿がよくわからない。俺は黒い四角。公理さんはオレンジ色。

 貝田弘江の時も越谷泰斗の時も俺と公理さんは『黒い何か』という形で比較的似たようなものが見えていた気がする。だが今回は見ているもの自体が大きく異なるようだ。喜友名晋司のバイアスはこれまでと違いが大きいのかな。うーん。


「そういえば喜友名晋司が描いていた絵はどんな印象? 小藤亜李沙には色々言ってただろ」

「キャンバスについてはわからない。こういうのはその姿を直接見ないとダメなんだよ。でもそうだな、キャンバスから溢れた部屋の印象でよければ。例えれば」


 荒れた赤土が露出した地面に倒れ伏し、耳をつけて音を聞いている。

 深い深い地面の底から様々なざわめきを感じる。

 世界は地面の上と下で明確にくっきり分かれていて、俺がいる地上にはもはや動くものは死に絶えて何もいなくなってしまった。地面の下から聞こえる温かな営みに焦がれる。でも俺は地面の下に行くことはできない。地面を叩いても赤土が跳ねるだけだ。酷い孤独。世界から切り離されたような悲しみ。

 再び地面に耳をつけて音を聞き祈る。

 マグマの胎動。生命の躍動。その全てが俺を呼んでいる。


「そこで俺は地面の下に行く方法に気がつくんだ。多分あの絵に飲み込まれればあのオレンジ色のすき間から地面の底に行ける、そんな気がした」

「わけわかんねぇ」

「まぁ、そうだろうね。でも俺にはそう感じた。ハルに絵が見えたとしても同じようには感じないと思う。俺は多分喜友名晋司と魂の相性がいいんだと思う。おそらく越谷泰斗も」


◇◇◇


 喜友名先生は本当に変わった人だ。話が通じない。

 俺は今日も菓子折を手土産に憂鬱な足取りで喜友名邸を目指す。


 俺は芝山彰夫というペンネームで『美術Note』という雑誌の記者をしている。今月号の特集は月展のその後。月展の入選者数人のその後の活躍を追う。他の画家の取材はすでに終えていて、残りは喜友名晋司だけだ。だが、一向に進まない。アポはすぐに取れる。だいたい家にいる。訪れるのは画商くらいだろう。もはや勝手知ったるもので、インターフォンで声をかけたら勝手に上がり込み、勝手に自分で茶を入れる。


 最近少し戦法を変えた。何を言ってるかわからない発言を日本語に翻訳しようとするから無理なんだ。とりあえず全部頷いて気持ちよく喋らせて、その内容をまとめて記事にすればいい。どうせ喜友名晋司はできあがった記事なんぞに興味は持たない。


「喜友名先生の新作のモチーフはなんです?」

「うん、君はなんだと思うかね?」


 さっぱりわからない。描き途中の抽象画なんてわかるわけないだろ。そう思いながらも適当に捻りだす。


「ええと、なんとなく波っぽいでしょうか?」

「そうだな、波というのもいいな。波はどこからくるのだろう? 山の上からは来ないよな?」


 全部が全部こんな感じだ。日本語を喋って欲しい。

 他の画家なら絵に込める思いや背景なんかを黙っていてもべらべら話してくれることが多い。芸術家という生き物は本来自己顕示欲が強い。世界を変えるウィルスを絵で創造する生き物だ。そのプロダクトの説明をしたがる。より感染効果を高めるために。

 喜友名晋司の奇妙なところはそれだ。描いてる途中、本人は何を描いているのかよくわかっていないようにしか見えないんだ。

 抽象画なのにそんなことがありえるんだろうか。抽象画というのは感情や思いを込めるものだ。喜友名晋司は確かに魂を込めている、という。だがどんな魂を込めているのか、本人にはわからない。


 そもそもこの画家の絵はおかしかった。抽象画は好みが分かれる。

 偉大な芸術家、例えばダリやピカソなんかは、よくわからないなりにも大抵の人がなんとなく凄い絵だな、面白いな、と思うような絵を描く。もちろん理解できない人も一定いる。それは当然のことだ。

 次に一般的には理解されてなくとも、特定の人には強いプレッシャーを与える画家、というのがいる。とても有名な画家の例で恐縮だが、ポロックやカンディンスキーなんかはパッと見はただの線や四角だ。これを素晴らしいと感じるかどうかは、美術眼というのがあるかどうかはさておき、その絵の世界観に共感できるかどうかという個人個人の心の容器の具合によっている。だから、その画家の1つの絵を自分の心の容器に入れられるのであれば、同じ画家の絵は大体心の容器に入る。


 だが、喜友名晋司は違う。ぱっと見似たような絵を描くが、絵自体によって入れるための心の容器の形が大きく異なる。それはもう、同じ画家が描く絵の中で良し悪しがあるというレベルでは全くない。

 例えば俺は『漆紺の偽城(しっこんのぎじょう)』という絵には心に穴が開くほどの衝撃を受けたが、月展で入選した『落日の悲歌』はなにがいいのかさっぱりわからなかった。学生の描いたオリジナリティのない駄作にしか思えなかった。喜友名晋司の絵は両方を駄作と感じる者も傑作と感じる者もいる。

 その落差は本当に訳が分からなくて、喜友名晋司は複数人で絵を描いているのでは、という噂もまことしやかに流れた。けれども喜友名晋司は確かに俺の目の前で絵を描いている。

 わかる。8割方完成している紺色のキャンバス。これは傑作だ。なぜだ。なぜあんな、自分がなにを描いているのかもわからない状態でこんなに魂を鷲掴みにするような作品が描ける。

 本当に意味がわからなかった。


 しかし、最近その理由がわかった。

 恐ろしい。これは記事には書けない。しかし。その時の俺はすでに喜友名晋司の絵に魅入られた後だった。

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