窓際のピクニック
世の中とは。夜の道のようなものである。
早いうちはワイワイ賑やかだし良く見えるのだ。だが時間が経ってくるとだんだん人が少なくなり、何も見えなくなってくる。そう、何も見えなくなってしまう。
そしてあちこちにガチンガチンとぶつかり、川に落ちたり木に足を引っ掛けて転んだりする。
そして暗い夜道で迷ってしまうのだ。
私も同じように、ここがどこだかわからなくなってしまっていた。持っていたものもどこかに落としてしまった。
途方に暮れていたところで私は幸運にもお菓子の家にたどり着いた。私は飛びついた。
その家には瓶につまったお菓子があった。たくさんのお菓子が入っている。ぱくぱくと食べていると、不思議なことが起こった。力が湧いてくる。新しい世界が見えてくる。お菓子は世界を照らした。しばらくお菓子を食べていたら、お菓子はなくなってしまった。悲しくなった。
そうすると知り合いが言った。新しいお菓子を用意します。
私は新しいお菓子を探してもらう。この家にふさわしい甘い甘いお菓子を。
◇◇◇
帰ると公理さんはまだ寝ていた。
昼はどうするかな。昨夜は小藤亜李沙と直前まで打ち合わせをしていたから晩飯はカップ麺で済ませた。それから俺は倒れてしまったから公理さんもまともなものは食べてないだろう。朝はポテチとか芋けんぴとかの菓子の袋が散らかってたし。芋けんぴってワインと合うのか? 朝床に転がっていた何本かの瓶を思い浮かべる。飲まないからわからないな。
昨日は随分公理さんにも負担をかけた。次の事件は喜友名晋司だ。俺に芸術はわからん。ますます公理さんの協力がいる。うまい飯をたくさん作っとこう。うーん、米はまだ無理だろうからブルスケッタとかピンチョスとかひと口サイズのをたくさん作るか。華やかだし、ピクニックっぽい感じで。
公理さんが眠るソファの向こうの空は優しく明るい。街並みからのぞく若葉の色からも春の気配が漂っていた。
◇◇◇
うー頭痛い、と思って起きると旨そうな匂いが漂ってた。
ハルまじ天使。いやでも悪魔。うーん。
ハルならうちに住んでもいいかも。むしろ住んでくれないかな。
2人で全面ガラスの窓際にテーブルを運んで景色を眺めながらのランチ。煌く春の光が差込む。辻切の高層ビル街はキラキラと光を反射していて、その向こうには標高の高い籠屋山の緑が横たわっている。これまであんまり昼に景色を眺めることってなかったな。思ったよりもいい景色。なんだかピクニック気分。自然とにこにこしてきちゃう感じ。
目の前にはご馳走が並んでる。カラフルなお皿に妖精みたいなピンチョスがたくさん並んでる。
メインはサワークリームの入った少し酸味のあるクリームスープ。痛んだ胃にも優しい。それからスモークサーモンとクリームチーズ、パセリを和えたトマトマリネの2種類のブルスケッタ。それから炙ったベーコンとウズラの卵、黄パプリカと緑オリーブ、表面だけ炙った生マグロのキューブとアボカドのバルサミコがけ、椎茸のマリネの4種をそれぞれカラフルなピックでさしたピンチョス。どれもかわいくて美味しい。ハルは芸術はわからないとかいってたけど、十分奇麗だよ。
それにフライドオニオンをトッピングしたグリーンサラダ。めっちゃカラフルだ。それがデニム地の紺のランチョンマットに並んでる。パーティみたい。ちょっとウキウキした。
これ外でもなかなか食べられないクオリティだぞ。囲って専属シェフで雇いたい。でもハルは大人になったら俺より稼ぐんだろうな。すでにできる大人感あるもん。
そう思ってハルを見たら、丁度窓からふわふわと絹みたい降りてきている光に当たって、なんか現実感がなかった。んー、エルフっぽい。でも弓持ってガチで戦う方の。視線が鋭く姿勢が正しい。戦士長の風格。本当は170歳とかじゃないの? で、オレンジを剥いてる。
「それで今も扉割れてる?」
温かい日差しを受けるハルからその後ろの扉に目を移す。ハルは呪いの家に直結してるどこにもドアに挟まれている。春の陽を拒むような暗いその扉。その表面は冬に池の氷を踏み割ったようにチリヂリに割れていて、その上からまた新しい氷が貼ったみたいになっていた。ここだけ冬だ。ハルは冬と春の間に挟まっている。そんな戦士長から恭しくオレンジを受け取る。
「見えないこともないけどまだ結構ヒビは入ってるかな」
「覗くのは時間を置いてからがいいかな」
「わかんないけどまた割れたらまずいような気がする。見えなくなるだけとかならまだましだけど、割れて穴が開いて向こうと繋がりっぱなしはぞっとしない」
ピンチョスを摘むハル。顔色は悪くない。よく寝たからかな。体調は悪くなさそうだけど大丈夫かな。昨日急に倒れて扉も割れたけど何があったんだろ。
「昨日友達と目が合った」
「ん?」
「目が合って弾き飛ばされて気絶した。なんとなく最初に家に呪われた時みたいな衝撃があった」
「えっ? こっちが見えるの?」
「どのレベルで見えるかはわからないけど存在を認識はしてると思う」
柚……。俺は家と反対側を向いていたからな。
「公理さんは友達が好きなのか?」
「うーん、好きと言えば好きだけど、恋愛とはちょっと違うかな」
柚のことはこの間ハルに話したくらいのことしか知らないや。
あとは夢のことかな。俺はものすごく夢見が悪い。怖くて寝られない。だから寝るときは酒が欠かせないんだ。夢を見ないように。それでも見ることはあるけど、酔って寝た時は覚えてないことが多い。
前にたまたま何かで柚と夢の話をした。
柚は強い。俺みたいに酒に逃げることはなくて、毎晩酷い夢を見ていると苦しそうに言っていた。柚の夢ははっきり覚えてないことも多いらしいけど、そのイメージは自分の夢とは違ってひどく具体的みたいだ。俺みたいにゾンビやら吸血鬼やらファンタジーなものに追い回されるわけじゃなくて、すごくリアルに普通の人が人を殺していたりするらしい。それはそれで嫌。だから同じ不眠仲間で少し気になって。
柚が好きと言えば好きだけど、方向性としては戦友とかそんな感じかな。恋愛とは少し違うみたいな。距離感がちょうどいい。
距離感といえばハルも凄く居心地がいい。絶妙な距離感で、こっちに変に踏み込んでこない。この距離感はちょっと独特で、知り合い以上友達未満。とても都合がいい感じ。俺はこの都合の良さに甘えてる。
これまで本気でハルに関わろうとはしてなかった気がする。ちょうどいい距離感で都合がいいときだけ付き合って。今もその距離感でいてくれる。俺がフラッといなくなって呪いの中を見れなくなっても、多分怒らずに諦めそう。
でも俺は俺の手でハルを不幸にしてしまった。家に呪わせた。なのに卑怯にもこの期に及んでこの距離感に留まりたがっている。本当に卑怯で、無責任。駄目だよな。
「昨日クラブに行ったら俺の知り合いが2人行方不明になってたのがわかった。リクって人とナギって人。柚が殺したのかな」
「さあな。まだわからないだろ。たまたま連絡取れないところにいるだけかもしれないしな」
そうだなぁ。でも柚なんだろうな。2人とも柚と仲が良かったから。あの2人は柚を狙ってた気がする。ナンパ目って奴かな? 多分家に招かれたらついていくだろうな。
……俺は多分ハルが1人でなんでもできると思い込みたがってる。俺の手伝いなんていらないと思い込もうとしてる。でも昨日見た寝顔はエルフの戦士長じゃなくて本当に子供だった。
俺、大人なのに。
「扉の中を見れないとなるとどうしたものかな」
「無茶は駄目だよ。また直接見に行ったりしないよね?」
「まあ呪いは見えるしヤバくなったら逃げるという手もある」
「ダメダメ、気が付いたら死んでたとか俺、後悔しちゃう。扉も夕方くらいまでは回復しそうにないし、ゆっくり寝たら?」
それも捨てがたいけど、と言った後、ハルはイイ笑顔で笑った。
「じゃあ友達に会いに行こうか」
ハルは俺をあまり当てにしていない。それはなんとなく、この距離感でわかってる。ハルは全部自分で解決しようとしている。この俺にとってとても都合のいい距離感のままで。ほっといたら解決してくれそうな大人の表情。イイ笑顔。でも本当は子供が無理に無理を重ねてる。それだけ。本当は昔から気がついていた気がする。
俺も俺にできる何かをしよう。せめて。




