表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧版  作者: tempp
第3章 大量不審死事件

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/83

再生の光

 越谷泰斗の死亡が1日の巻き戻り。それが0時35分。

 現在時刻は0時ジャスト。

 公理さんと再び手を組む。第二夜を超えるために。俺はそっと目を閉じた。


 現在地が1階リビングなことだけ確認して急いで窓から外に出る。

 リビングには明かりがついていた。振り返ると今日は柚がソファに座っていた。柚にはこの家の惨劇は見えていないんだろう。公理さんが言うところの蛆が落下するテーブルで何か飲んでいる。


「公理さん、影響はあるか?」

「黒い粒が扉からこちらに少し出てきたけど量はそんなでもないかな。うぇ、気持ち悪い。でも俺の方には来ない。やっぱ呪いはハルにだけ興味をもってるように見える」

「今は齧られてるような感覚はないな。だが気合入れろよ? 俺が死んだら多分そっち行く」

「マジ勘弁」


 俺はこの家に入れない。

 橋屋家しか興味がなかった前回の呪いと違って俺は呪い自体に捕食対象と認識されている。粒は先程より濃いがまだ活性化はしていない。おそらくまだ越谷泰斗は帰宅していない。俺が昨日眠りについたのも0時ごろ。あと30分遅かったら俺は死んでたかもな。


 家から聞いた小藤亜李沙の末期を思う。小藤亜李沙は体内から虫に食われて死んだ。侵入されないようサングラスやマスクでも装備すべきかと思ったが、扉を超えてくるとしたらそれはおそらく呪い自体で実体じゃない。物理的な対策は意味はない気がする。

 庭から1階リビングにいるであろう小藤亜李沙に呼びかける。


「準備はどうだ?」

  大丈夫 なんとかする


 今回の作戦は小藤亜李沙にかかっている。俺は呪いが活性化したらこの家には入れない。だから21時頃までここで小藤亜李沙と方針を打ち合わせていた。詰められるだけ詰めた。小藤亜李沙は強い人だ。きっと大丈夫。あとは、なるようになれ。

 駄目なら、そして俺が生きていれば明日もう一度トライすればいい。


◇◇◇


 私はうすぼんやりとした影に別れを告げて2階を目指す。もうすぐ泰斗が帰宅する。

 ここは呪いの家。そう、呪われた家。でも喜友名晋司に呪われた家じゃない。越谷泰斗に呪われた家だ。

 私はもう死んでいる。だからもう大丈夫。なにも恐れることはない。足が折れることも虫に食われることもない。

 だから一歩を踏み出せる。


 目を閉じて待っていると、玄関が開く音がした。ぶわりと部屋中の空気が、呪いが活性化する。ヴヴヴと音を立てて黒い粒が跳ね回る。来る。


「亜李沙、ただいま」


 そんな優しげな声が目の前の闇の塊から聞こえる。これが今の越谷泰斗。私の彼氏。その表面には黒い蠅が這いまわり、人の皮膚はほとんど見えない。たまに鎖骨のタトゥーが見えるくらい。

 どうしてこの状況で平常としていられるんだろう。いいえ、おそらく最初から正気は失われていたのね。私たちが付き合い始める前から泰斗は太陽が全てだった。そして私は泰斗の太陽。泰斗の全て。


「泰斗、太陽は描かれたわ。でもあと少しだけたりないの」

「太陽?」


 一瞬息を飲む音がして、泰斗は急いでキャンバスに駆け寄る。

 影の人は言っていた。太陽は描かれたが越谷泰斗の望む太陽とは少しずれるだろうと。なぜなら魂の受け皿は人によって異なるから。

 私の太陽と泰斗の太陽は異なる。だからそれを補完する必要がある。その方法はおぞましい。けれどもやるしかない。

 大丈夫、私はもう死んでいる。


 泰斗は震える指でキャンバスをつかみ、凝視する。真っ暗で表情はわからない。ヴヴヴと表面が揺れている。上ずった声が響く。


「喜友名先生はずっと絵が描けなかった。亜李沙、君はどうやったの?」

「描き方を聞いて私が描いたの。だから私なら描ける。でも少し足りないんでしょう? 私ならその絵を完成できる」


 泰斗は興奮して私に駆け寄り私をギュッと抱きしめる。ヴヴヴと黒い粒が私の体を這いまわる。

 大丈夫、私はもう死んでいる。


「そうだ、足りない、ほんの少しだけ。これは失われた太陽とは少し違うんだ。これでも世界は照らされるだろう。だけど俺が望んだ太陽と少し違う。でもこれでいいのかな」


 少し悩むような泰斗の声。

 影の人の言葉を思い出す。

 泰斗を、そして私たちを呪いから解放するには泰斗が呪いから解き放たれる必要がある。中途半端では失敗する可能性がある。万全を期さなければならない。あの影も頭がおかしい。でも他に方法はない。

 ゴクリと喉がなる。


「泰斗、完成を目指しましょう。私は太陽。あなたの太陽。あなたの望む太陽を教えて。でもその前に。ここには私の太陽と異なるものがたくさんある。よくないの。だから1階に行きましょう?」


 黒い粒が這いまわる手を引き、イーゼルとキャンバスを持って階段を下る。1階のリビング。窓のすぐそば。庭に影。

 庭にむかって頷いて決意する。ここは虫に食まれ朽ちてゆき永劫を巡る地獄の家。私はここを出る。

 庭を背にしてイーゼルを立てかけキャンバスを置く。背から照らされる微かな月明かりがオレンジ色に染められたキャンパスを照らす。

 私はあの積みあがった腐肉と同じもの。この黒い粒に宿る魂と同じもの。周囲の黒い粒を見渡す。


「泰斗、聞かせて、あなたの太陽を」

「俺の……?」


 私の後ろに立つ泰斗を振り返り、その首に腕を回して口づける。口の中に、鼻の中にヴヴヴと小さな粒が忍び込む。泰斗が私の背中にゆっくりと腕を回し、月夜に踊るように優しく私を抱き寄せる。

 私とあなたは同じもの。ここで死んだただの肉。あなたが最初に餌を与えて、最後はあなたも餌になった。蠅を通じて私たちの魂は巡っている。だから。私とあなたの魂を混ぜましょう。この蠅を通して。蠅よ、めぐる魂達よ。泰斗の集めた太陽の欠片たちよ。私を食べればいい。私のすべてを食べて、その全ての魂を私に乗り移らせろ。大丈夫。私はもう死んでいる。だから耐えられる。

 小さなノイズがどんどん私に集まってくる。私たちは1つの黒い塊になる。そして私の中に泰斗と全ての魂が満ちた。その瞬間、そっとキャンパスに手を触れる。その瞬間、溢れるオレンジ色の中心に輪を書くような赤が走った。絵が完成した。

 今だ。


 キャンバスの端を持って泰斗ごと庭に飛び出した。泰斗とともに。そして私に纏わりつく16人分の魂とともに。

 地獄の家を抜けた。その瞬間、全てが軽くなった。呪いは剥がれていくのを感じた。その瞬間、世界は正常を取り戻した。私が求めてやまなかった清涼な空気。

 庭に出た瞬間小さな風を感じ、優しい月明かりが私たちを照らしたのを感じて地面に倒れこんだ。悪いものは扉を出るときに全て家の中に置いてきた。


 私は芝生に転がる泰斗に微笑みかける。泰斗と私を包む粒はふわりとばらけて、蛍のようにキラキラしながら少しずつ月に向かって上昇した。天に昇っていくのだろう。

 泰斗の隣に寝転んで2人で書きあがった太陽の絵を見る。オレンジ色の中に赤い輪が浮かんでいる。

 そうか、この太陽は。そうだったのか。この絵の意味がわかった。私たちだけがわかる、私たちだけの太陽の絵。私と泰斗の魂は混ぜられた。


「泰斗、この絵に名前をつけましょう」

「そうだね、ええとそうだなぁ……」

『『再生の光(さいせいのひかり)』』


 同時に出た声に笑い声も重なる。

 それから小さくキスをした。


「行きましょうか」

「そうだね、行こうか」


 最後に私たちは影の人の方を振り返り、小さく手を振って2人でこの場所を去った。


◇◇◇


「公理さん、どうなってる?」

「1階に降りてきた。順調そうだ。ぐぇぇ。まじか、意味がわからねえ。ハルまじでクレイジー、ハイパークレイジーサイコ」

「うるさいな、他に方法ないだろ、なんか思いつくのかよ? そういえばうるさいって字は5月の蠅って書くんだぞ?」

「やめて、今その豆知識いらない」


 幽霊が見えない俺の目には黒い塊が膨張して縮小したようにしか見えない。そして部屋中、もとい家中に溢れていた黒い粒はその塊に全て集約されていく。呪いの被害者でもあり『呪いの媒体』でもある蠅。

 しばらく待つと黒い塊になった影が2つ窓を通して外に出た。そして黒い粒はまるでフィルターに阻まれるように窓のところにぶつかって室内に飛び散った。


「完成したっぽい絵を持ってる。よかった。蠅はキラキラして空に消えてった」

「どうだ? 呪いは解けたか?」

「待って。2人はまだいる。ん。……あ。キラキラした。消えた」


 そうか。ようやくほっと、暖かい息をつく。このバイアスの構成要素、全ての魂を2人が纏って外に出て天に昇った。

 さて、次だ。俺は次のバイアスの呪いの姿を見定めるためにリビングに目を移した。そしてその人は目を細くすがめた。


 柚。


 柚は不審げな目でこちらを見やった後、一瞬大きく目を瞬いた。その瞬間、柚の視線が俺に貫通する。その視線によって俺と柚の間を隔てていた何か、薄い卵の内殻がパリンと破られたような、そんな感覚がした。

 柚は明るいリビングでソファに座ったままこちらに向き直り、俺の目をまっすぐに見た。強力な目線。目が、合っている。これは気のせい……ではないのだろう。

 柚は立ち上がり、そのままリビングの窓をガラリとあける。そして庭に置いてあるサンダルに足を引っ掛け一歩一歩近づいてくる。やはり俺を見ている。。


「あなたは誰?」


 明確に俺の目を見て話しかけられた。そのわずかに暗い目に困惑が浮かんでいる。


「ここは私の家。私の『幸せなマイホーム』」

「俺は」

「出てって」


 返事をする間もなく、テレビのスイッチを切るように俺の意識は反転した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ