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叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧版  作者: tempp
第3章 大量不審死事件

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失われた太陽

 起きると酷い散らかりようでげんなりした。部屋が酒臭い。

 人んちだからいいけどこれ掃除どうするんだよ。床にワインボトルが中身を巻き散らかして転がっているし、昨日作ったつまみも散らばっている。張本人はソファですやすやだ。こういうところが駄目な大人感満載なんだよな。

 あーあ、なんだかな。仕方がない。片付けるか。


 手を動かすのは頭の整理にいい。

 橋屋の事件のことを思いおこす。貝田弘江は呪いの本体である『黒い幽霊』に会うまで、橋屋家の中に『呪いの媒体』は溢れず、直接的な不幸は訪れていなかった。つまり呪いは発動していなかった。『黒い幽霊』は小藤亜李沙らの幽霊だったのかな。貝田さん達は家を出る時、声が聞こえるとか聞こえないとか言っていた。だから厳密にいえば貝田弘江を呪ったのは小藤亜李沙らの声のような気もする。おそらく貝田弘江が橋屋家に訪問した時なんかに聞こえた呪いの声を通じて、呪いの本体である『黒い幽霊』に感染したんだと思う。


 だけど大量不審死事件のバイアスはおそらく事情が違う。俺が覗いた当初から、越谷泰斗はあの家ですでに何がしかの『黒い幽霊』に出会い、呪いはすでに発動し、家は『呪いの媒体』で満たされていた後だった。あの『呪いの媒体』は蝿だ。腐肉の中で交配し、新たな腐肉に卵を植え付ける。呪いは蝿の中で熟成し交雑して増殖し拡散していく。


 そしてその住処は越谷泰斗だ。夢で越谷泰斗があの家のドアを開けた時、多くの黒い粒が出てきて越谷泰斗に吸収されたように見えた。あの家の中で呪いは越谷泰斗を住処とする。越谷泰斗に呪いは帰る。やはり越谷泰斗が大量不審死事件の『呪いの依代』なんだろう。『黒い幽霊』と出会い『呪いの媒体』を溢れさせて悲劇を作り出す者。

 あの黒い粒こそが今回の『呪いの媒体』であり、その発動された呪いの効果として家に立ち入った者を自動的に襲う。自動かな、そこは保留。そういえば貝田弘江もあのまま自殺しなかったらそのままゾンビを量産していたのかな。


 2つの事件の違いは何だろう。貝田弘江は橋屋一家しか気にしていなかった。だから橋屋一家が全滅したとき、その達すべき目的が果たされて『呪いの媒体』が離れていったのだろうか。そうすれば越谷泰斗の目的を果たせばこの『呪いの媒体』も離れていくのかな。だが情報が足りない。保留。


 問題はここから。家は俺があの家に入ったから餌認定されたと言っていた。最初の夢で俺はあの家に入って『呪いの媒体』がいる場所で越谷泰斗と小藤亜李沙と話をした。だから俺は死体の山と同じく捕食対象と認識された、そういうことだろう。俺が北辻のあの家に向かった時、坂道で黒い粒は上方から流れて来た。俺が餌認定されていたから襲ってきたのかもしれない。あの場に存在した肉だったから。思い返せばあの北辻の坂道を上る人影は俺以外にもいたが、特に纏わりつかれてはいなかったもんな。

 夢の中で『呪いの媒体』は大きい塊に吸い寄せられるような動きをしていた。より大きな呪いがあれば回避できるのだろうか。そもそも坂で落ちてきたものは溢れたものなのだろうから関係ないのかもしれない。あれ? なんで溢れていたんだ? 夢の中では溢れていなかった。過去の夢で繰り返す現実とは違うのだろうか。わからない、保留。


 さて、気を取り直して対策の検討だ。

 越谷泰斗が今回の『呪いの依代』と仮定する。バイアスを消滅させるには越谷泰斗をあの家から出せばいいのかな。まずは越谷泰斗のくり返す毎日を止める。それがこの呪いを解く鍵にも思える。


 越谷泰斗は何を求めている? 何を行い、何をくり返している?

 よくわからないことを言っていた。

 芸術の道具を運んでいる。世界に太陽がない。昇らないといけない。あの家は世界の始まり。

 道具と言っていたのは人だろう、中是秋名だ。小藤亜李沙もなのかな。足を折られたと言っていた。他の影もだ。そうすると、あそこにいた影は全員逃げられないよう越谷泰斗に足を折られたのか。

 あの部屋、というのがますますぞっとしない。

 

 その人は死んだ、永遠に残る。


 うーん。よくわからないな。

 チラリと時計を見る。8時。公理さんはまだ起きないよな。あの家で芸術家というと喜友名晋司か。直前の死者でもある。少しだけ調べにいくか。



 明るい日が差し込む図書館の窓際の席で喜友名晋司の薄い画集を開く。

 俺はあまり芸術には詳しくない。喜友名晋司の名前も小さい頃に死亡事件がニュースで報道されたときに耳にしたくらいだ。

 前書きに目を通す。喜友名晋司は長い間芽が出ず、そして出た瞬間に亡くなった画家だ。彗星のように画壇に現れたと評されているが落ちてしまったらダメだろ。隕石だ。

 作品数はそもそも少ない。なるほど、少なければ貴重だろう。もしあの家に作品が隠れているならお宝だ。越谷泰斗はそういう噂でも巻いて人を集めたのかな? ただ、家はお宝はないと言っていたし、あれば遺族か誰かが持ち出しているだろう。本当に無いんだろうな。


 絵の正直な感想は……よくわからないな。

 抽象画というのだろうか、キャンバス全体に色が塗られているが、何を描いているのかはわからない。本当にわからない。その中でかろうじて太陽を思わせる作品は何点かあった。

 『過去(かこ)』、全体的に藍色で右上部分だけオレンジ色が滲んでいる。日の出前とか日没後だろうか?

焦熱(しょうねつ)』、上4分の3程度がオレンジ色、下の残りが黒い。タイトルからすると熱で焦げているのかな? 神津四季(こうづしき)展で特別賞。

『落日の悲歌』、全体的にオレンジ色で、よく見ると真ん中の方に少し赤っぽい円があるような。太陽なのかなぁ? 月展(げってん)入選。

 ……何がいいのか全然わからない。うーん。

 とりあえず一冊借りていこう。


◇◇◇


 公理さんの部屋の鍵をガチャリと開けた途端、ベッドから飛び起きる音がした。


「ハル待って!」

「……帰って来たとこだよ」

「……そっか」


 元気ないな。今日は元気を出してもらわないと困る。危険が少ない昼の間に1回家の状況を見ておかないと対策が立てられない。大丈夫かな。昨日も頑張ってもらったしあまり負担はかけたくない。


「もう少し寝る?」

「大丈夫、起きる。11時半か」

「昼飯は食える? 梅入り素麺の予定」

「ちょっと食べたい」


 普通量を茹でよう。なんだかんだ公理さんは結構食う。俺よりガタイもいいしな。素麺は考えをまとめる間も無く茹で上がった。手軽でいい。


「梅さっぱりして美味しい。そんで何考えてるか教えて欲しい」

「ん?」

「俺も一緒に考えるから」

「うーん、まだ纏まってはないんだけど」


 今回の『呪いの媒体』は黒い粒。実体を持たなくても蝿だった。膝をついた時俺の体をよじ登って来て俺をかじった。あれは意思あるものだ。橋屋家の『呪いの媒体』はぼたぼた落ちてきて溜まるだけだったがあれは明確に襲って来た。

 あれ? でも坂道で見た流れ落ちるような闇はまた別のものなのか? そういえば初めて家に向かった時から既にあった。大量不審死事件のバイアスが表面化する前から。


 俺が昨日の夜に見たのは、呪われる前に俺が北辻の坂を上った時に落ちてきた闇のような『呪いの媒体』と大量不審死事件の黒い粒の『呪いの媒体』が混じったものだった。でも橋屋事件では最後にぼたぼたした粘度の高い液体のような『呪いの媒体』があふれるまで、室内には『呪いの媒体』は存在していなかったような気がする。

 そうするとあの流れる闇は橋屋事件の『呪いの媒体』ではない。性質も違うように思える。考えられるのは……柚か。越谷泰斗も『呪いの媒体』をまき散らしながら死体を量産している。柚は越谷泰斗と同様、既に『呪いの媒体』を撒き散らす存在なのだろうか。

 でもそうなると何かがおかしい気がする。柚はなんなんだ? 何か根本的に前提が間違っているのだろうか? とりあえず保留。

 今考えるべきは大量不審死事件の『呪いの媒体』について。


「そういえば昨日帰って来た時は体の半分くらいが真っ黒だったけど、寝てる間に扉の中に消えてったよ」

「呪い自体は扉を通れるのかな」

「そうかもね、家も一度超えてこようとしていたから」


 家は呪われてる。そもそも家は呪いについて、降り積もるバイアスと言っていた。そういえば家は歌菜の死体を食っていたんだっけ。柚の部屋以外ではおかしくなるとも言っていた。1階の和室で会った時は呪われた状態なのかも知れない。まあ、柚の件は保留だ。

 今は大量不審死事件の呪いについて考えよう。越谷泰斗をあの家から引っ張り出す方法。


「ところで公理さんは芸術詳しい?」

「全然ってことはないけどそんなには」

「喜友名晋司の絵ってどうなの」

「あぁ。抽象画か」


 机に借りて来た画集を広げる。


「これは何を書いているものなんだ?」

「うーん、何に見える?」

「何にも見えない。強いて言うならオレンジ色」

「うん、じゃあそれで合ってる」

「うん?」

「そうだなぁ。抽象画というは何かの形を表そうとしているものじゃないんだよ」


 公理さんは画集を何枚かめくって『過去』を開く。目が少し優しくなった。


「この絵はわりと好きかな。底の方がひんやりと冷たいけど、何か失ったようなもの寂しさと失ったものの温もりを感じる気がするね」

「よくわかんねぇ」

「それでいい。抽象画っていうのは形にならないものを描いてるんだよ。だからわからない絵はわからなくていい。見て何か感じるところがあれば、たとえそれが画家の意図と大きく異なっていたとしてもその人にとって意味がある絵となる。不思議だね」

「うーん、じゃあこの中で太陽が失われてしまって、取り戻さないといけない気持ちになる絵ってあるか?」


 うーん、と唸りながら公理さんはペラペラとページをめくる。最後までめくって迷わずその中から一枚を指した。


「これかな?」


『落日の悲歌』。

 オレンジ色に塗り込められた絵がそこにあった。俺にはばっちり太陽があるように見えるんだけどな。ただまぁタイトルも落日か。よくわからないな。


「これのどこが『太陽が失われた』になるんだ?」

「感覚の問題だからなぁ。説明しづらいよ。なんていうか、すでに失われたから赤い輪郭しか思い出せないんだ」

「さっぱりわからない。けどこれで越谷泰斗が釣れるかな」

「そこは見る人によって違うからわからないなぁ」


 とりあえず確認すべきことの確認をしよう。

 俺たちは何のくり返し止めないといけないのか。

 あの家の2階の正面の部屋。それぞれの死者が個別に毎日を繰り返しているのか否か。否の場合はどの時点の毎日が繰り返されているのか。

 あとは『呪いの依代』と思われる越谷泰斗を釣り出す方法だが、今のところ見当がつかないな。入って調べるしかない。


「扉はまだ破れてる?」

「少しヒビが入ってるけど、向こうは見えそうだ」


 準備と呼吸を整えて公理さんと手を組み交わし、俺はゆっくり目を閉じた。


◇◇◇


 その若者は私の前に絵具を持って来た。

 筆を色に浸したが、何故かその色は筆に移らない。妙なこともあるものだ。何度やっても絵の具を変えても色はつかず、キャンバスは白いままだった。おかしなことだ。


 私はそれでも筆を持つ。画家なのだから。

 そして若者はまた言う。


『太陽を描いてください』

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