幸せなマイホーム、になりたかったあの日
こんにちは! 僕は木造2階建、築15年の家です。
僕のお父さんは建築家さん。大工さんが僕を立てている間もちょくちょく見に来てくれて、僕にいい家になるんだよ、住んでる家族がみんな幸せな笑顔であふれるような家に、って僕に話しかけた。
お父さん、わかった。僕はきっとその『幸せなマイホーム』になるね。住んでくれるみんなを幸せにしたい。
僕が建築されたあとはお父さんと会うことはなくなったけど、不動産屋さんが「暖かい木のにおいのする家」「家族と団らん」っていうキャッチコピーをつけてくれてたくさんの家族が見学にきた。それで位波さんという素敵な家族が僕を買ってくれたんだ。
サラリーマンのお父さんと専業主婦のお母さん、それから7歳の小学生の柚ちゃんっていう女の子と4歳の男の子の家族。これまでは団地に住んでて、夢のマイホームだってお父さんは言ってた。
みんな素敵で大好き! せっかく住んでくれるんだから、楽しい思い出を作ってほしいと思った。いつまでも楽しく暮らして欲しい。だって僕は『幸せなマイホーム』なんだから。
でも人生、ううん、家生ってうまくいかないよね。
位波さんのお父さんの帰りは遅くて、帰ってきた時はだいたい酔っ払っていて、お母さんを殴るようになった。誰のためにこの家を買ってやったんだ、とかローンが、とか言ってお母さんを殴る。お父さんがお母さんを殴るのは僕のせい。悲しい、ごめんなさい。
お母さんは一日中男の子と一緒だったけど、男の子が泣くとイライラして怒りだすようになって、昼は男の子にご飯をあげたらソファでずっとぼんやりすることが多くなって、男の子が泣いたら壁とかにいろんなものを投げつけたりするようになった。
お部屋がちょっとずつ汚くなっていて、それにお父さんが怒るようになって、お父さんは帰ってこなくなった。僕、自分で掃除できたらよかったのにな……。
柚ちゃんもお部屋に籠るようになった。リビングにいると、僕から見てもよくわからない理由でお母さんに怒られて叩かれるから。どうして?
2階の部屋で柚ちゃんは毎日しくしく泣いていた。泣かないで。でも、僕には何もできない、悲しい。
僕は人間じゃないからよくわからないけど、これはやっぱり『幸せなマイホーム』とはちがうよね……。僕を売る時に説明していた不動産屋さんの人が言ってたことと違うもの。笑顔なんて全然なかった。
でも僕は家だからどうしようもなかったんだ。何かしてあげられたらよかったんだけど。本当にそう思ってた。
あれは春の初めのある日。庭にある桜の木の芽が少し膨らんでいた頃。
男の子が死んじゃった。お母さんも死んじゃった。
お母さんは死ぬ前に優しい声で柚ちゃんを部屋に呼びに行ったけど、柚ちゃんは鍵を開けなかった。
その2日くらい前から、柚ちゃんは部屋に閉じこもって鍵をかけていた。おせんべいとかお菓子をいっぱい持って。お母さんはずいぶんいろんなことを言って柚ちゃんを部屋の外に出そうとしてたけど、柚ちゃんは鍵を開けなかった。
男の子とお母さんが死んじゃってから5日くらいだってからかな、柚ちゃんの学校の先生が僕の家に訪ねてきた。チャイムが鳴った。
柚ちゃんは急いでベランダに回って助けてって叫んだ。その声を聞いた先生は警察を連れてきて部屋に入って、柚ちゃんを連れ出した。僕の庭には桜の木が一本あって、それが満開に咲いていて、窓をあけた柚ちゃんの周りにピンクの花びらがたくさん舞っていた。
この家族が住み始めてから半年くらいで、僕の家には生きてる人は誰もいなくなってしまった。
さようなら、柚ちゃん。僕の家で幸せになれなくてごめん。
どうか幸せになって。
死んでる人は住んでいる。
2人の体は警察という人が持って行ったけど、死んだ瞬間に体から飛び出たお母さんと男の子は変わらず僕に住んでいて、死んじゃった前の日のおやつの時間から死んじゃった時まで、同じ日を繰り返している。どうせなら、引っ越してきた日を繰り返して欲しいのに。
2人が動いたり消費するエネルギーは、なぜか僕にたまっていった。2人は少しずつ小さくなってるから、そのうちいなくなるのかな。
僕の家に生きている人が居なくなってから半月くらい経った日。
内装屋さんがきて、僕の中をきれいにしていった。いろんな汚れとかは全部無くなった。
男の子とお母さんは相変わらず毎日お部屋を汚しているけど、その汚れはいつのまにか消えてなくなるから、多分お部屋はキレイになってるんだと思う。
不動産屋さんが新しい家族を連れてくるようになった。何人かの幸せな家族に僕を案内した。今度こそ、住む人に幸せになって欲しい。
新しく僕の家に住むようになった一家は瀧本さん。瀧本さんの家族は自営業のお父さんとお母さん、それから中学生のお姉さんが1人。
今度こそ幸せになって欲しい。なんたって、僕は『幸せなマイホーム』なはずなんだから。
不動産屋さんは、位波さんのご一家はサラリーマンだからローンの支払いが厳しくてあんなことになっちゃったけど、瀧本さんのご一家は裕福だから問題ないだろう、と言っていた。事故物件だから、安いけど即金で買ったからって。
よくわからないけど、大丈夫そう?
それで、瀧本さんたちは僕の家で生活を始めた。
瀧本さんのお父さんとお母さんが帰ってくるのは遅いけど、帰ってきて仲良く家族で今日あったことを話したり、一緒にテレビを見てたりして、楽しそうに過ごしていた。友達のこととか、テレビの感想とか。
よかった。これがきっと、『幸せなマイホーム』に違いない。
でも、しばらく経って変化が起こった。
位波さんのお母さんが死んじゃった日を繰り返すのをやめて、瀧本さんの一家を観察するようになった。
位波さんのお母さんは、ここは私の家だ、出て行け、といい始めた。でも、瀧本さんのご一家は位波さんの声が聞こえないみたい。位波さんが亡くなってるからかな。
確かに位波さんは最初から住んでいるよね。このまま位波さんと瀧本さんのご一家が一緒に仲良くくらせないのかな、と僕は思った。
瀧本さんのお姉さんは朝は学校に行って、夕方に帰ってきて、柚ちゃんの部屋で漫画を描いていた。絵が上手ですごい。
柚ちゃんの部屋には位波さんのお母さんは入れないみたいだったけど、男の子の方は壁をすり抜けて入れていた。透き通ってるのに、入れる人と入れない人がいるのって、なんだか変なの。
男の子は瀧本さんのお姉さんの漫画を見て、すごーいって褒めて、久しぶりに笑顔になった。よかった。位波さんのお母さんも笑ってくれるといいんだけど。
そのうちお姉さんは男の子がいるのに気がついた。お姉さんは最初はびっくりしてたけど、男の子はニコニコしながらすごくたくさんお姉さんの漫画を褒めたから、お姉さんと男の子は仲良くなった。男の子は元気になって、リビングだけじゃなくて夜中におうちを走り回るようになった。よかった、楽しそう。そう思った。
でも、やっぱりうまくいかなかった……。
瀧本さんのお父さんとお母さんは、男の子が走る音を気持ち悪いって言い出した。2人は男の子が見えないからかも。お姉さんは瀧本さんのお父さんとお母さんに、男の子は悪い子じゃないんだよって説明した。でも、そうすると瀧本さんのお父さんとお母さんとお姉さんはだんだん仲が悪くなっちゃって、喧嘩するようになってきちゃってた。
その後、色々あって、結局瀧本さんの家族3人はみんな死んじゃった。
また、生きてる人はいなくなったけど、死んでる人は増えた。死んじゃった瀧本さん一家と位波さん一家はお互いが見えないみたい。
2組の家族は、別々に、それぞれの死んじゃった日を繰り返し始めた。瀧本さん一家のエネルギーは位波さん一家に流れ込んで、それがまた僕に溜まっていく。滝本さんの一家は少しずつ小さくなっていったけど、エネルギーを受け取っている位波さんの一家は消えるのが止まった。
不動産屋さんがまた来て、僕をキレイにする。
「部長、ここやばいんじゃないすか? 一年ちょっとで5人でしょう?」
「うるせぇな、売れりゃいいんだよ、売れりゃ」
それからも僕の家には色々な人が住み、そしていなくなった。
死んじゃった人たちは増えたけど、やっぱり笑顔の人たちはいない。
みんな笑顔にならないのかな。
僕は『幸せなマイホーム』じゃないのかな。
すごく悲しい。僕は誰も幸せにできない。どうしたらいいんだろう。
悲しくて悲しくて、気がついたら僕は泣いていた。
それからまた時間が経って、若い女の人が僕の家を借りた。
もう、誰も住まないで。僕は誰も幸せにできない。
みんな不幸になって死んじゃう。
僕はこの家の死んじゃった人たちを止められない。
だから住まないで。お願い。
ぼくは玄関をくぐる女の人を祈りながら見た。
「なんだろ、なんか懐かしい、この家」
女の人はぼんやりと玄関を見回す。
あれ? この声。それからこの懐かしい感じ。
ひょっとして……ひょっとして?
女の人は玄関に座って、玄関脇の廊下の壁に頭と右肩を持たれかけた。
壁を伝わって、トクトクと生きてる人の暖かい音がする。
それでその人は、目を閉じて独り言を呟いた。
「呪いの家って聞いたけど、あんまりそんな感じがしないな。……私は久里手柚。しばらくよろしくね」
やっぱり柚ちゃんだ! 苗字は違ってるみたいだけど柚ちゃんだ!
柚ちゃん生きてた! 嬉しい!
でもここにいちゃだめだ! 早く出ていって!
お願い!
誰か! 助けて!




