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叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧版  作者: tempp
第3章 大量不審死事件

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19/83

あの人の鮮度

 急いで顔にかかっていた濡れタオルを剥ぎ捨てる。

 フぁッ、ハっ……はっ……。


「俺を殺す気か!」

「だってだって首とか冷やしても揺すっても全然起きなかったし! 他にどうすりゃよかったのさ!」


 公理さんにキレられた。ふぅ。まじ死ぬかと思った。かなり動揺した。まだ心臓がバクバクする。

 こんな直接的な死の危険はなかなかないぞ?

 はぁ。……まあ、生きてりゃいいか。なんか疲れたな。


 ゆっくり起き上がろうとすると少し眩暈がした。酸欠かな。息の根を止められるのと歯を折られるのとどちらがマシかな。家のこともヤバいが公理さんも別の意味でやばいな。早く解決しないと色々な意味で体がもたない。


 忘れないうちに情報の整理。

 俺は小藤亜李沙が死亡する少し前と念じて目を閉じた。

 惨劇の場所、あれはおそらく家の2階の正面の部屋だ。

 正面に影が折り重なっているのが見えたが、話をしていたのは2人だった。他は最後に少し会話に加わったが基本的にはこの2人。今回夢で知りたいと思い浮かべた過去が小藤亜李沙だったから他の人物の声は少し聞こえにくいのかもしれない。他の人物に焦点を当てればまた違う結果が出る可能性がある。『スクープOK』で小藤亜李沙以外にも写真は何枚かあった。何回か試してみるべきだろう。


 まずは得られた情報の確認だ。

 見えたのは薄い影と濃い影。薄い影から女の声がしたからそちらが小藤亜李沙だろう。濃い影は男の声だが人定は不明。濃い影のほうが今回の呪いの中心なのかな。ただ貝田弘江のような染み出すような悪意や害意は感じなかった。それよりあの雑音と砂嵐。あれが呪いを形作るもの、今回の『呪いの媒体』のように思える。あれが何か、なんとなく想像はつかなくもないがまだ情報が足りない、保留。

 小藤亜李沙は足がないから逃げられないと言っていた。折られたと言っていた。折られたから、逃げられない。

 男の方は応答がおかしかった。家を素晴らしいと言っていた。亜李沙の足は男が折ったのか。これも情報が足りないな。あれは小藤亜李沙が死ぬ少し前だ。あの後死んだのだろう。あの一緒にいた声の男に殺されたのだろうか。まだわからない。橋屋家の時は公理さんが一家が殺されるのを見ていた。今回はは何か見ていないだろうか。


 次に分析すべき点。

 俺が見た光景では床に影が積み重なっていた。公理さんは2F正面の部屋で床に積み重なった大量の死体と天井にぶらさがった大量の幽霊を見たという。天井にはなにもなかったように思う。そうすると天井は別口の可能性。

 それから前に公理さんに2階を見てもらったとき、腐ってるとは言っていなかった。多分腐ってたら公理さんその場で指摘してたと思うし多分気を失っていただろう。今は腐って見えるのかな。そうすると公理さんに見せるのはやはりやめておいた方がいいな。

 いちいち気絶されるのはまずい。特に夢の中にいるときに気絶されると俺は起きれなくてそのまま死ぬ可能性がある。さっきの夢は起きる間際はたまたま影の方を向いてたから公理さんはあの山を見てないだろう。しかし夢の中では記憶を持ちこせない。注意のしようがないな。振り向きそうなら目をそらしてもらうか……、いや、それでは危険が察知できない。保留。


 今検討できるのはこのくらいか。情報が少ないな。仕方ない。次に行こう。長期戦にするつもりはない。ようやく息も整ってきた。

 目を上げると心配そうに公理さんが俺を眺めていた。大丈夫だよ、ヤバいのは俺の方でなるべくなんとかするから。時計を見ると19時半。2時間ちょっと寝たかな。飯作って食ったらもう1回寝よう。


「夕飯作る。食べた後ちょっと休んでもう一回寝る予定」

「もうちょっとゆっくりしたら?」

「どっちみち寝るんだから同じだよ」

「もうすこしゆっくりしようよ、なんか疲れてそうだよ」


 なんかやけに絡むな。まあいい。

 スライスしたチキンをチキンスープで茹でてニョクマムと塩胡椒で味を整える。ニョクマムは好き嫌いが出る調味料だけど公理さんはアジア系は大丈夫だったはず。フォーを茹でてスライスした紫玉ねぎと芽ネギ、もやし、パクチーとミントをトッピングしてライムと砕いたピーナツを添える。この砕けたナッツの香りが好きだ。

 並行してぶつ切りにした大正エビと残ったねぎをライスペーパーで巻いてレンチン蒸し器で蒸す。本当は専門の腸粉の米粉で作りたいんだよな。もちもちした食感がとてもいいから。こっちもニョクマムと蜂蜜、生姜でタレを作ってパクチーとミントをトッピング。たくさん千切ったから手にパクチーの香りが移った。ほんとはフライドオニオンも合うんだけどな。あとは野菜を切る。フォーガーとエビの腸粉もどきととサラダ。

こんなもんか。

 皿に盛って運んだら公理さんはぐったりソファに転がっていた。


「公理さん、できたぞ。つまみは起きてから作る」

「いただきます」

「元気なさそうだけど大丈夫?」

「うん、俺もなんかしないとと思って」

「苦手なとこで無理しなくていいよ」


 本当に。変なとこでメンタルにダメージ受けて倒れたら元も子もない。できることは俺の方でやっとく。そのほうが効率がいい。

 公理さんは酔っ払ってないと妙に真面目なとこがある。


 とりあえず次の奴だ。対象の特定。

 食べながら雑誌をめくる。写真8人のうち男は3人。あの男の声はこの中の誰かなんだろうか。わからないな。今も生きているのかもしれない。それなら確実に死んでいる者を狙うのが良いだろう。それに仮に死んでいたとしてもあの黒い男が小藤亜李沙と同時に死んだとしたら小藤亜李沙と同じ映像になるんだろう。危険を冒して同じ映像を見ても仕方がない。

 次に見るのは女だな。あの場には小藤亜李沙と男以外は既に死んだ者しかいなかった。無駄が省ける。


 ……そういえば呪いは層になっている。層と層の境目はなんだろう。

 家は以前、1番上は橋屋のバイアスと言った。それから柚は人を殺し続けているのにまだ『柚の呪い』のバイアスは構築されていない。今の1番上のバイアスは『大量不審死事件』。この事件も大量に死んでいるのに個別に呪いのバイアスにはならず十何人かで1つのバイアスを構成している。バイアスを構築する要因は何だ?


「あの、ハル」

「うん? なんだ?」

「この人とこの人、それからこの2人は多分だいたい同じ時に死んでる。あとこの人は他の人より古い」

「……なんでわかる?」

「がんばって思い出した。その、痛み方が同じくらいだった。1番古いのは顔は全然わからないけど、このネックレスしてたと思う、あの、ヒントになった?」

「まじ最高。小藤亜李沙と他のグループは痛み方はだいぶ違った?」

「ゔ……ん、他は少なくとも目が痛んでた。あとはおんなじような変な色をしてた人のセット。小藤亜李沙は目は1人だけ普通だった」


 思い出してくれたのか。本当にありがたい。俺には影の見分けがつかない。これで目処が立ちやすい。あんな嫌がってたのにな、悪いな。

 1番新しく死んだのが小藤亜李沙だ。小藤亜李沙とあの家で一緒にいた男。あの男は死んでいるなら腐敗していないはず。最初に見たリビングで公理さんは新鮮な男は見ていない。そうすると生きているのか。いや、全ての死人があの場に現れなかった可能性もある。


「それからさっき夢の中で小藤亜李沙と一緒にいた人はこの人だった」


 越谷泰斗?

 ますます顔色が悪い。扉の中も見たのか。見てくれたのか。あんなに嫌がっていたのに。すまないな。


「なんでわかる? どんな風に見えた」

「多分ハルが小藤亜李沙を見てた時、すぐ目の前、真後ろにこの人がいて……黒い蝿がたくさん表面を動いていた。それでこのタトゥーがチラッと見えた、ごめん、ちょっと休憩」


 公理さんは青い顔をしてソファにごろんと寝転がり、俺はその上に毛布をかけた。ありがたい。やはり視覚情報は圧倒的だ。

 鎖骨を地平線か水平線に見立てた夕焼けまたは朝焼けのタトゥー。それから蝿。俺には黒い粒にしか見えなかったが公理さんには明確に蝿に見えてるんだな。確定か。俺にも影の姿で見えていたということはこの時点で越谷泰斗は生きているわけだよな。それで蝿塗れ? 意味がわからない。狂ってるのか? そういえば夢の中でも言動がやばかった。……つくづく公理さんには気持ち悪いものを見せてしまって申し訳ない。

 それにても嫌だな。夢の中ってマスクとか水中眼鏡持ち込めないよな? 夢だからガスマスクとか想像するとポップしないかな。そもそも夢じゃ記憶がないから思い浮かべられないものな。俺には黒いノイズにしか見えないし。夢がない。


 次のターゲットは中是秋名(なかこれ あきな)。他より古いと公理さんが指摘した女性。20代前半くらいかな。赤っぽい髪の内巻きのロングヘア。眼鏡をかけてて若草色のノースリーブを着ている。首回りに太陽のマークが連なる個性的なネックレスを身につけている。

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