俺って役立たず感
ぼんやりと、目の前で寝てるハルを観察する。ハルが寝入ってもうすぐ1時間。夢を見始めるのはもう少し先だろうけどいつ急変するかわからないし。なんだかすごく落ち着かない。扉と繋がるの、やだな。だいたい気持ち悪いものうつるから。
ハルはどんな夢を見るのかな。多分ろくでもないんだろうな。夢の中でもあの家を調べてる。あぁ〜凄い罪悪感だ、ほんっと。はぁ。
そう思いつつもハルの用意してくれたプチトマトとズッキーニのマリネをフォークで突く。酸味がいい。美味しい。……気遣いを感じる。
ハルは妙に大人びてるから同年代くらいにしか感じないけど、まだ高2なんだよな。10歳くらい下なのか。いつも無表情だけど、寝てると表情がある。普段とのギャップのせいかもだけど、随分子供っぽく見える。いやそうじゃなくて、まだ、子供なんだな。
そういえばハルと一番最初にあった時も酔っ払ってた絡んだ。あれはまだハルが小学生の頃だよな? あの時もキレられたり怖がられたりもしなくて、迷惑そうな顔をするだけで、顔は可愛いのに可愛げのない変な子供だと思った。
……あのころから既に俺より大人っぽかった気がする。あの頃にはもう呪われてたんだよな。人生ヘルモード。
はぁ、罪悪感が酷い。しかも昼にあんな悪態をついちゃった。ほんっと、俺はダメな大人。何やってんだろ。
でもあれは……。
思い出してまた気持ち悪くなる。プチトマトをぱくり。酸味が胃に優しい。あぁ、ほんとに落ち込む。まじで。俺……1回もハルに責められてない。巻き込んだのは俺なのに。死ねよくらい言われても全然足りないのにかえって心配されてる。それなのになんで俺はハルを責めちゃったの? ほんと意味が分からない。うぅ、情けない。自己嫌悪。
辛い。もう酒飲みたい。……こういうとこがダメなんだろな。んん、でも。はぁ。
うん、でもこれはそもそも俺の問題で。ハルは全然関係なくて。本当に。だから俺がなんとかしなくちゃ、だめだよね。やっぱり。
決意して、ハルが借りてきた雑誌を恐る恐る手にとる。『スクープOK』? 変なタイトルだけどちょっと手が震える。俺、怖いの嫌い。楽しいことだけがいい。でも。
さっきカフェで見た写真のページを開く。
小藤亜李沙、この子は可愛い。越谷泰斗、この子カッコいい、もてそう。ふうん。だいたいみんな同年代かな。10代後半から20代前半くらい?
なんの集まりなんだろ。合コンとかかな。最近行ってないな、合コン。行きたいな。可愛い女の子とイチャイチャしたい。いや、そうじゃなくて。ちゃんと思い出さないと。
あ、でも、ゔ、ん、やっぱ新鮮さがバラバラだ。同じくらいの鮮度は2、3人?
じゃみんな別なのかな。デートとか。デートスポット?
あの家で? まじで?
最近の若い子はよくわかんない。とりあえず、休憩。
休憩に記事を読み進める。
死体がたくさん見つかった。まあ、ゾンビも死体か。へぇ、見つけたのは近所の人なのか。人んちなんて気になるもんなのかね?
パサと音がしたので隣を見ると、ハルが寝返りを打って静かに寝息を立てていた。
……。ハル、ごめん。ほんとに。
やっぱ思い出してみよう。雑誌の写真のページに戻る。
ん……ゔ……んんん。俺。頑張る。
ええと、あの顔は、……この人、グ、ぅ、それからこの人。
ハアッ。気持ち悪い。やばい、口の中がなんだか酸っぱくなってきた。あとわかるのは、ええと……。
んん、他いない? もういないよね。ここまで。ちょ、ちょっともう無理。ギブ。
雑誌を放り出してソファに倒れる。……あ、でもハルの扉見とかないと。慌てて起き上がる。まだ大丈夫かな。
ハルは凄いなぁ。姿は見えてはいないんだろうけど声は聞こえてるんだよな。そうすると、叫び声とか、多分恨み言とか、そういうのって聞こえてるのかな。聞こえるだけもかえって怖いかも。全然見えないのも怖いよね、多分。……臭いもか。それは嫌だな。めちゃくちゃ臭そう。
そういえば橋屋家ではどういう話をしてたんだろう。橋屋家のみんなは何かを真剣に相談してるみたいだった。……昨日の件、俺、全然理解してないや。まじ落ち込む。なんなの俺。
手元のボウルに入った濡れタオルを見る。これもハルが自分で用意した。あぁ、俺役立たず感。何やってんだろ。本当に。でもあの光景を思い出すと体が動かなくなる。ゾンビとか無理。虫とかもっと無理。
……でも、だから、俺の代わりに今ハルが見に行ってて。俺が嫌だから。嫌って言ったから。罪悪感が酷い。あぁもう。酒飲みたい。
あ、ん、ハルの後ろの扉がぼんやりして来た。夢を見始めたんだな。曇りガラスっぽい感じ。これがもっと透明になって来て嫌な感じがして来たら起こさないといけない。いつも5分くらいでそうなる。
……いつもは起こすのに必死、っていう言い訳をしてたけど、今日はよく見ておこう。うん。そうする。
◇◇◇
うん? ここはどこだ。少しうす暗い。なんだかあたまがぼんやりする。なんか、すごく臭い。鼻腔に張り付くような粘るような臭い。うっかり生ゴミ捨てるのを忘れて1週間ぶりくらいに帰ってきたときの匂い。
ちゃんと捨てないと虫が湧くぞ。
どこかからヒソヒソする音がする。ザラザラとノイズがかった妙な音。ざわざわとしたざわめき。空気がゆるく震えている。
「お兄さんこんばんは」
どこかで聞いたことがあるような子供のような声がした。
「こんばんは。生ゴミは捨てないと駄目だぞ」
「そうだね、それからいろいろ思い出そうとしないでね? 魔法が解けるから」
魔法?
振り向くと、人影があった。向かい合う薄い人影と黒くて濃い影。2人ともざらざらしている。そういえば、ざらざらしているのはこの部屋中だ。なんだか砂嵐というか、ノイズを感じる。
どうして
ひつようなんだ
そのひとはしんでる
えいえんにのこる
「ここはどこだ?」
おばけやしき
せかいのはじまり
お化け屋敷? 最近聞いたことがあるような。よく見ると2人の奥にもいくつかの影が折り重なっていた。何をやっているんだ?
「ここでパーティでもやってるのか?」
たすけて
そう、ぱーてぃだね
耳を澄ますとザラザラとした不愉快な音が強まった。なんだ? 視界にもノイズが入る。
「お兄さん、あまり気にしないほうがいい」
「そう?」
子供の声のする方に気を向けると、ノイズは少し薄らいだ。変な場所だ。見回す。広い部屋。でも何もない。なんか薄汚れている気がしてきた。変な匂いは部屋全体から漂っている気がする。嫌だな。
いえにかえりたい
ここはすばらしい
「帰ればいいじゃないか」
かえれないの あしがない
かえれないよう あしがない
そうだ おられた
うごけない
そとにだして
たすけて
じわじわといろいろな方向から発せられる声が重なる。まるでハウリングしているようだ。
なんだ? これ。気持ち悪い。ぐわんぐわんと反響する音に押されてジリジリした雑音が増してゆく。部屋に黒い砂嵐が増えていく。視界がだんだん黒くなっていく。それからなんだか近づいて来たような。首筋のざわめきが強まり、額の傷が僅かに痛んだ。危険?
「やばい。お兄さん、起きて、これは夢だ、早く起きて。とりあえずこの部屋を出て」
「夢?」
そういえば頭がぼんやりする。とりあえず反対方向、階段を振り向く。
「はやく起きて! 外の友達の人! 早く起こして!」
グッ。急に息が出来なくなる。
ッツ?! なんだ?
その瞬間世界がバリバリと崩壊を始めひび割れていった。




